お礼も兼ねた食事会
蒼華がショッピングモールでの仕事を続けているある日、いつものようにレジで接客をしていると、ふと見覚えのある二人がこちらに近づいてきた。なんと、そこにいたのは明美ちゃんと吉崎君だった。蒼華は驚きつつも、二人が元気そうな姿を見て心から安心した。
「明美ちゃん、吉崎君！お二人とも元気そうでよかった！」
蒼華は満面の笑みで二人に声をかけた。すると、明美ちゃんが少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、蒼華に感謝の言葉を伝えた。
「蒼華ちゃん、先日は本当にありがとう。私たちが無事に戻れたのも、蒼華ちゃんのおかげだよ。」
吉崎君も真剣な表情で蒼華に頭を下げた。「蒼華、あの時は本当に助かった。もし君がいなかったら、僕たちはどうなっていたか…」
二人の感謝の言葉に蒼華は少し照れながらも、心の中で温かい気持ちが広がった。
「そんな、大げさですよ。でも、お二人が無事で本当に良かったです。」
蒼華は控えめに答えたが、二人はそれでも感謝の気持ちを抑えられない様子だった。明美ちゃんがふと何かを思い出したように、蒼華に向かって提案を持ちかけた。
「そうだ！蒼華ちゃん、もしよかったら今度一緒に食事に行きません？お礼も兼ねて…」
蒼華はその提案に驚いたが、二人の熱心な誘いを断るわけにはいかないと思い、頷いた。
「ええ、もちろん喜んで。いつがいいかしら？」
吉崎君がスケジュールを確認しながら言った。「今週末の夜はどう？おいしいレストランを見つけたので、そこに行きましょう！」
蒼華はその提案に同意し、三人で週末の食事会を楽しみにすることに決めた。仕事が終わった後も、蒼華は二人との食事会のことを考えて胸を躍らせていた。
一方その頃、タカマガハラでは、オオババ様が重々しい雰囲気の中、テンシ様の御前に呼び出されていた。オオババ様はタカマガハラでも屈指の長老であり、普段は高貴な姿勢を崩さないが、テンシ様の前ではさすがに緊張を隠せなかった。
「オオババよ、最近の蒼華という者について、どう思うか？」
テンシ様は優雅な姿勢でオオババ様を見つめながら問いかけた。その声にはどこか不安の色が感じられた。オオババ様はその質問に少し考え込み、慎重に答えた。
「蒼華という娘…彼女は確かに異質な力を持っております。しかし、その力を悪用することなく、むしろ善良な心で周囲を助けている様子でございます。」
テンシ様はその答えを聞いて微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻り、次の質問を投げかけた。
「その力、現実を改変する力を持つ者として、彼女の存在は我々にとって脅威となるか否か…それが問題だ。」
オオババ様は再び考え込んだが、今度は少し迷いながら答えた。「確かに、彼女の力は危険性を孕んでいるかもしれません。しかし、現状では脅威とは言えぬでしょう。彼女自身がその力を完全に理解していないようですし…」
「そうか…しかし、その力が暴走した場合、我々の世界に甚大な影響を及ぼすことは避けられぬ。それゆえ、もう一人の存在についても話さねばならぬ。」
テンシ様は厳しい目つきでオオババ様を見つめ、その言葉の重みを感じさせた。オオババ様はその意味をすぐに理解し、口を開いた。
「テンマ様のことですね…。テンマ様は現実を安定させるために永遠の眠りについておられますが、もし蒼華の力が彼に影響を与えるようなことがあれば、事態は一変するかもしれません。」
テンシ様は静かに頷き、ため息をついた。「そうだ。テンマが眠りから覚めることがあれば、この世界そのものが危機に晒される。蒼華がその引き金を引かぬよう、我々も慎重に見守らねばならぬ。」
オオババ様はその言葉に深く同意し、これからの動向に注目することを誓った。「はい、テンシ様。私も全力で蒼華を見守り、必要とあらば対処いたします。」
テンシ様は満足げに頷き、話題を少し軽くしたように口元に微笑を浮かべた。「だが、忘れてはならぬ、オオババよ。彼女が持つ現実改変の力は、決して悪しきものばかりではない。我々がその力を正しく導けば、むしろこの世界の安定に寄与することもできるはずだ。」
オオババ様はその言葉に驚きを隠せなかったが、すぐに納得し、微笑んで答えた。「おっしゃる通りでございます、テンシ様。彼女が正しい道を歩むよう、我々も助力を惜しまぬ覚悟でおります。」
テンシ様は満足げに微笑み、最後にこう言った。「それで良い。蒼華の力が我々の世界にとってどのような意味を持つのか…それを見極めるのは、我々の使命でもある。」
オオババ様は深く頭を下げ、その場を後にした。彼女は心の中で、蒼華という存在がこの世界に何をもたらすのかを考えながら、今後の動向に細心の注意を払う決意を固めていた。
そして、テンシ様もまた、蒼華という存在に対して興味を抱きつつ、その力がもたらす可能性と危険性について考えていた。テンマ様の存在を守るため、彼女の力を見極めることが、今後の大きな課題となるだろう。
テンシ様とオオババ様が思案を巡らせる中、蒼華はただ日常を過ごし、今度の食事会のことだけを楽しみにしていた。彼女は自分の持つ力の真実に気づくことなく、ただ日常を大切に生きていく。だが、その日常の裏側で、彼女を巡る運命が静かに動き始めていることを、彼女はまだ知らなかった。
レストランのテーブルに並べられた料理が、蒼華、明美ちゃん、そして吉崎君の前に所狭しと並べられていた。明美ちゃんは、彼女にとっては特別なこの食事会を心から楽しんでいる様子だったが、どこかそわそわした様子で、時折蒼華をチラリと見ては微笑んでいた。
「ねえ、蒼華ちゃん。轟君とはどんな関係なの？」
明美ちゃんがふと口にした質問に、蒼華は箸を落としそうになった。蒼華は少し頬を赤らめながら、どう答えたものか迷った。
「え、えっと…特別な関係とかじゃないよ。轟君はただの知り合い…かな？うん、そう。」
「でも、蒼華ちゃんと轟君、すごくお似合いだと思うんだけどなあ。ね、吉崎君もそう思うでしょ？」
明美ちゃんは吉崎君に同意を求め、彼も少し困ったように微笑んで頷いた。「うん、蒼華と轟君、なんかいい雰囲気だよね。あ、もちろん無理に押し付けるわけじゃないけど。」
蒼華はその言葉にさらに顔を赤くし、手を振って否定した。「違うの！ほんとに、ただの知り合いってだけで…ああ、なんだか変な汗が出てきたよ…」
蒼華の顔が真っ赤になっている様子を見て、明美ちゃんと吉崎君はお互いに微笑みながら、「ふふっ」と笑い合った。
「まあまあ、蒼華ちゃん。焦らなくても大丈夫だよ。私たちはただ、あなたが幸せになってほしいと思っているだけだから。」
明美ちゃんがそう言いながら、蒼華に優しい笑顔を向けた瞬間、突然、一人の見知らぬ女性がテーブルに近づいてきた。彼女は長い黒髪をなびかせ、鋭い目つきで蒼華をじっと見つめていた。
「…あなたが、妻良蒼華さんですね？」
女性は低い声で名前を確認すると、蒼華は不意打ちを食らったように驚いた。突然のことに動揺しながらも、蒼華は「はい、そうですけど…」と答えた。しかし、次の瞬間、周囲の空間が一瞬にして歪んだ。
「え…？」
蒼華が声を発する間もなく、空間がぐにゃりとねじれ、その女性の手によって強引に引き込まれるようにして、蒼華はその場から消え去った。明美ちゃんと吉崎君は驚きの声を上げるが、彼らの声も遠くに感じられ、蒼華の意識は闇の中に沈んでいった。
意識が戻った時、蒼華は見知らぬ暗い空間に立っていた。周囲はどこか異質で、現実感が薄れたような不思議な雰囲気が漂っている。蒼華は戸惑いながら、周囲を見回した。すると、目の前に立つ一人の女性が、冷たい目で蒼華を見つめていた。
「ここは…どこ？」
蒼華が恐る恐る尋ねると、女性は静かに答えた。「ここは、タカマガハラの地下、トコヤミの領域だ。私はミツルギ、そして…あなたに会わせたい方がいる。」
ミツルギと名乗る女性は、無言で蒼華を導くように歩き出し、蒼華もそれに従わざるを得なかった。やがて、彼らは広い部屋にたどり着いた。部屋の中央には、まるで眠っているかのような少年が横たわっていた。
「彼が…テンマ様。彼は、この世界を現実として保つために永遠の眠りについている。しかし、その力は日々弱まりつつある。」
ミツルギはテンマ様を見つめながら、低く呟いた。「テンマ様を守るために、あなたの力が必要なの。だから、ごめんなさい…」
そう言うと、ミツルギは懐から二つの勾玉を取り出し、それを蒼華に見せた。蒼華はそれを見て、何かが起こるのではないかという予感に身を固くした。
「な、何をするつもりなの？」
ミツルギは勾玉を掲げ、その瞬間、二人はまばゆい光に包まれた。光が消えた時、蒼華は自分の体に違和感を覚えた。何かが違う…いや、何もかもが違うのだ。
「え…？私…どうして…」
蒼華が戸惑いながら自分の手を見つめると、その手は自分のものではなく、ミツルギのものだった。蒼華は驚愕し、そしてすぐに状況を理解した。
「これは…心と体が入れ替わったの？」
「さて、これで準備は整ったわ。」
ミツルギは蒼華の心が自分の体に入ったのを確認すると、冷たい表情を浮かべた。「あなたには、もう用はないわ。これからは私が、テンマ様の力を引き継ぎ、世界の現実を安定させる役目を果たすことになるの。」
蒼華は驚きと恐怖に駆られながら、反論する余裕もなく、再び光に包まれた。次に気がついたとき、彼女は再びレストランの中に立っていた。しかし、彼女の姿は依然としてミツルギのものだった。
「えっ…戻されたの？」蒼華は自分の姿を確認しながら、混乱のあまり頭を抱えた。
そのとき、明美ちゃんと吉崎君が不安そうに駆け寄ってきた。「蒼華ちゃんはどこ？急に消えて、また現れて…何をしたの？」
蒼華は何とか言葉を絞り出そうとしたが、明美ちゃんたちからの鋭い視線に圧倒されて、言葉が出なかった。
「どういうことなの？」明美ちゃんはさらに詰め寄り、彼女の目には疑念が浮かんでいた。
「私…違うんです…説明が…」蒼華は言葉に詰まりながらも、どうにか誤解を解こうと必死だった。しかし、今の自分の姿は完全にミツルギであり、説明が難しいことに気づいた。
その時、店内にSPPの捜査官たちが到着した。彼らは騒ぎを聞きつけて駆けつけたようで、店内の様子を鋭く観察しながら、蒼華に向かって歩み寄った。
「この人物が…何か異常なことをした可能性があります。」吉崎君が不安げに言うと、捜査官たちは一斉に蒼華に注意を向けた。
「あなた、そこで何をしている？」一人の捜査官が冷たい目で問いかけ、蒼華は動揺しながらも何とか説明しようとしたが、うまく言葉が出ない。
「私は…違うんです！私は妻良蒼華で…でも、今は…」
「言い訳はやめて、ついてきてもらおうか。」捜査官は彼女の言葉を遮り、強引に腕を掴んで連行しようとした。
「待って、待って！違うんです、本当に！」蒼華は必死に抵抗したが、ミツルギの体ではどうすることもできず、あっけなくSPPの捜査官たちによって拘束されてしまった。
レストランを出るとき、明美ちゃんと吉崎君は心配そうに見守っていたが、彼らも何が起こっているのか理解できていない様子だった。
「蒼華ちゃんが何処に居るのか教えて…」明美ちゃんが最後に言った言葉が、蒼華の心に刺さった。しかし、今の彼女にはどうすることもできなかった。
SPPの車に押し込まれ、彼女はただ静かにため息をついた。この状況をどう切り抜ければいいのか、彼女には全くわからなかった。ただ一つ確かなことは、彼女は今、かつてないほどのピンチに陥っているということだった。
「どうしよう…このままじゃ、もう二度と元に戻れないかもしれない…」蒼華は心の中で自分にそう問いかけながら、闇の中へと連行されていった。
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