タモちゃんとオオババ様
事件が解決してから一週間が経った。蒼華の日常は再び平穏を取り戻しつつあった。梅田と轟もそれぞれの仕事に戻り、事件の後処理はSPPに任せている。とはいえ、まだ完全に終わったわけではなく、引き続き調査は続いているようだ。
蒼華は一見普通の生活を送っていたが、その内心は少し不安だった。自分が巻き込まれた異常な出来事が、再び起こるのではないかと考えてしまうことがある。しかし、その不安もどこか現実味を欠いており、いつもどこかぼんやりとした感覚に囚われていた。
ある日、蒼華はいつものようにアルバイト先のスーパーに向かっていた。店内に入ると、店長が申し訳なさそうな顔をして彼女を呼び寄せた。
「蒼華さん、ちょっといいかしら？」
「はい、何でしょうか？」
蒼華は不安を抱えながらも、店長の前に立った。店長は目を泳がせながら、言葉を選んでいるようだった。
「実は…最近お客さんが減ってしまって、経費削減をしなければならなくなったの。だから、申し訳ないけど、今回でお仕事を終わりにさせてもらうことになったのよ。」
蒼華はショックを受けた。確かに最近は店が少し寂れてきているのを感じていたが、まさか自分が解雇されるとは思ってもみなかった。
「そ、そうですか…分かりました。お世話になりました。」蒼華は精一杯の笑顔を浮かべて店長にお礼を言い、店を後にした。
心にぽっかりと穴が開いたような感覚を抱えながら、蒼華は家へと向かう。失業のショックもあって、足取りは重く、気分もどんよりとしていた。
「はあ…また仕事探さなきゃ…」
そんな彼女が歩いていると、突然、ポケットの中で携帯電話が鳴り出した。画面を見ると、梅田さんからの着信だった。
「もしもし、梅田さん？」
「やっほー、蒼華ちゃん！元気かしら？あ、元気じゃないって顔してるんじゃない？今どこにいるの？」
梅田さんの陽気な声に、蒼華は少しだけ元気を取り戻した。「今、家に帰るところです。でも、ちょっと元気ないかも…実は、アルバイトをクビになっちゃって…」
「ええっ、それは大変じゃないの！でも、ちょうどいいタイミングかもね。実はね、あの事件があったショッピングモールが再開するんだけど、そこが人手不足で困ってるのよ。でね、どうかしら？またバイトしてみない？」
蒼華は一瞬驚いたが、すぐに梅田さんの言葉に納得した。あのショッピングモールは事件の影響で閉鎖されていたが、ようやく再開することになったのだろう。それなら、仕事も見つかりそうだし、悪くない話かもしれない。
「ええ、ぜひお願いします！でも…また変なことが起こったりしませんよね？」
「まあ、それは私たちが全力でサポートするから大丈夫よ！安心して！」
梅田さんの言葉に、蒼華は少しだけホッとした。やはり、彼女には人を安心させる何かがある。蒼華はもう一度気を取り直して、家に帰ることにした。
次の日、蒼華はショッピングモールへと向かった。再開準備が進んでいる中、モール内はバタバタとした雰囲気だったが、梅田さんがすぐに駆け寄ってきて、彼女を案内してくれた。
「はい、これが蒼華ちゃんの制服よ。着替えて早速働いてもらうわね！」
「わ、ありがとうございます！でも、本当に大丈夫なんでしょうか…？」
「もちろんよ！何かあったら、すぐに駆けつけるから安心して！私たちがついてるわ！」
蒼華は少し不安そうだったが、梅田さんの言葉に勇気をもらい、制服に着替えた。久しぶりのバイトに緊張しつつも、蒼華は頑張って働くことに決めた。
働き始めてしばらく経つと、蒼華は少しずつモールの雰囲気にも慣れてきた。客足も増え始め、店内は活気に満ちていた。蒼華も忙しさに追われながらも、充実感を感じていた。
そんな中、蒼華がふと目を向けると、梅田さんが店の入口で何かを持って立っているのが見えた。彼女は何やら大きな箱を抱えており、ニコニコと微笑んでいた。
「梅田さん、どうしたんですか？」
「実はね、蒼華ちゃん！これ、再開祝いに持ってきたのよ！みんなで一緒に食べようと思ってね！」
蒼華は驚きつつも、梅田さんの心遣いに感謝した。「本当にありがとうございます！でも、これ何ですか？」
「ふふふ、これはね、特製のケーキなのよ！中にはサプライズが詰まってるの。まあ、食べてみれば分かるわよ！」
蒼華は不安と期待が入り混じった表情でケーキを受け取り、みんなに配ることにした。さっそくケーキを切り分けて一口食べてみると、中からはなんと小さな花火が飛び出した。
「きゃっ！何これ！？びっくりした！」
「ふふふ、びっくりサプライズよ！これでみんなが喜んでくれると思ってね！」
梅田さんのいたずら心に、蒼華は思わず笑ってしまった。結局、ケーキはみんなに大好評で、モール内は笑い声に包まれた。
こうして、蒼華の新たなバイト生活は始まった。事件のことはまだ完全には解決していないが、少なくとも今は、蒼華の心は少しだけ軽くなったように感じた。
蒼華がショッピングモールでのアルバイトを始めてから、数日が経過していた。蒼華はすっかりモールでの仕事にも慣れ、レジ打ちや接客をそつなくこなしていた。しかし、彼女が今日も仕事を終えようとしていたその時、店の入口付近で見覚えのある小さな姿を見つけた。
「タモちゃん？」
驚いたことに、そこにいたのは尻尾の生えたタモちゃんだった。彼女はいつもの元気いっぱいの姿とは違い、何かに困った様子でモールの隅に立っていた。蒼華はすぐに彼女の元駆け寄った。
「タモちゃん、どうしたの？何かあったの？」
タモちゃんは心なしか怯えた表情で蒼華を見上げ、震える声で言った。「蒼華ちゃん、お願いがあります…。一緒にタカマガハラに来て欲しいんです…！」
「タカマガハラに？それってどうして？」
蒼華は不安そうにタモちゃんを見つめたが、タモちゃんは深刻そうな表情で話を続けた。「実は…オオババ様が怪我をしてしまったんです。それで、蒼華ちゃんに助けて欲しいって…」
「オオババ様？怪我？何があったの？」
蒼華はますます混乱し、タモちゃんの説明を求めた。すると、タモちゃんは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「実は、オオババ様が滑って転んで、足を怪我しちゃったんです…それで、今ちょっと動けなくて…。でも、あの方はすごく頑固で、他の誰にも助けを頼まないって言い張ってて…。でも蒼華ちゃんならって、お願いしたいんです！」
「ええっ！？それで私に来て欲しいの？」
蒼華は目を丸くしたが、タモちゃんの真剣な顔つきを見て、事態がただ事ではないことを悟った。
「うん、そうなんです。オオババ様は蒼華さんのことを前から知っていて、あなたなら助けてくれるって信じてるみたいなんです。」
蒼華は急に自分がそんなに信頼されていることに驚いたが、タモちゃんの頼みを断るわけにはいかないと考えた。彼女は深呼吸をし、覚悟を決めたように頷いた。
「分かったわ、タモちゃん。じゃあ、すぐにタカマガハラに行こう。どうやって行けばいいの？」
タモちゃんはホッとしたように笑顔を見せ、尻尾をピンと立てた。「ありがとうございます、蒼華さん！それじゃあ、すぐにここから行ける方法を教えますね！」
タモちゃんは急いでモールのバックヤードに蒼華を連れて行き、周囲に誰もいないことを確認すると、突然ポケットから小さな鏡のようなものを取り出した。
「この鏡はタカマガハラとこの世界を繋ぐ門なんです。これを通れば、すぐにオオババ様のところに行けますよ！」
蒼華は驚きながらも、その鏡を見つめた。「そんな便利なものがあるのね…。じゃあ、行きましょうか！」
タモちゃんは鏡を持ち、蒼華の手を引いてその中に飛び込んだ。次の瞬間、二人はタカマガハラの美しい自然に囲まれた場所に立っていた。
「やっぱりタカマガハラ…すごいところね…！」
蒼華はその神秘的な景色に圧倒されながらも、目の前に広がる光景に感嘆した。そこには見たこともないような生き物たちが飛び回り、色とりどりの花が咲き誇っていた。そんな中、タモちゃんはすぐに方向を確認し、蒼華をオオババ様の住む場所へと案内した。
到着したのは、小さな山小屋のような建物だった。タモちゃんがドアを軽くノックすると、中から低い声が聞こえてきた。
「お入り。」
タモちゃんは少し緊張しながらドアを開け、蒼華と一緒に中に入った。そこには、年老いた女性…いや、どこか神々しい雰囲気を纏ったオオババ様が座っていた。彼女は片足を布で巻いており、その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「オオババ様、蒼華さんを連れてきました！」
タモちゃんがそう言うと、オオババ様は目を細め、蒼華をじっと見つめた。
「おぬしが蒼華か…なるほど、見たところただの人間ではないな。」
蒼華はその言葉に少し戸惑ったが、オオババ様が何か特別な存在であることは感じ取った。彼女は一礼し、慎重に言葉を選んで話しかけた。
「オオババ様、お怪我をされたと聞いています。私に何かお手伝いできることがあれば、ぜひお申し付けください。」
オオババ様は深い溜め息をつきながら、蒼華を見つめた。「ふん、怪我をしてしまったのは事実だが、これも運命の一部だろう。しかし、お前のような存在がここに来るとは…やはり何か意味があるのかもしれん。」
蒼華はその言葉の意味を測りかねたが、とにかくオオババ様の怪我を治すことが最優先だと考えた。そこで、彼女は周囲を見回し、タモちゃんに問いかけた。
「タモちゃん、このあたりに薬草とか治療に使えるものはある？」
タモちゃんは驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔で答えた。「あります！この辺りにはたくさんの薬草が生えてますよ！一緒に探しに行きましょう！」
二人はオオババ様の許しを得て、すぐに薬草探しを始めた。タカマガハラには驚くほど豊かな自然が広がっており、様々な種類の薬草が簡単に見つかった。タモちゃんが詳しく薬草の使い方を教えてくれたおかげで、蒼華はオオババ様に適した治療法をすぐに思いつくことができた。
小屋に戻ると、蒼華は手早く薬草を調合し、オオババ様の足に丁寧に塗布した。すると、オオババ様の顔には少しずつ安堵の表情が浮かんでいった。
「ふむ、これはなかなか効き目があるな。蒼華、お前はただの人間ではないとは思っていたが、これほどの技量を持っているとは…」
蒼華は微笑みながら頭を下げた。「ありがとうございます、オオババ様。でも、これもタモちゃんが助けてくれたおかげです。」
タモちゃんは照れくさそうに笑い、尻尾をふりふりさせながら蒼華を見つめた。「蒼華ちゃん、本当にありがとうございます！これでオオババ様も元気になれると思います！」
その後、オオババ様は徐々に回復し、歩けるようになるまで元気を取り戻していった。蒼華とタモちゃんはホッと胸を撫で下ろし、再び現実世界に戻るための準備を始めた。
「蒼華、今回は本当に世話になったな。お前には感謝している。」
オオババ様がそう言って微笑むと、蒼華は深々と頭を下げた。「いえ、こちらこそお力になれて光栄です。」
タモちゃんは再び鏡を取り出し、現実世界への門を開いた。「蒼華ちゃん、これでまたモールに戻れますよ！」
蒼華はタモちゃんに感謝の気持ちを伝え、再び鏡の中へと飛び込んだ。次の瞬間、彼女は元のモールのバックヤードに戻っていた。
「ああ、またこっちの世界に戻ってきたのね…でも、なんだかあの出来事が夢みたい。」
蒼華はそう言いながら、周囲を見回した。しかし、タモちゃんが隣に立っているのを見て、やはり現実の出来事だったのだと実感した。
「蒼華ちゃん、本当にありがとうございました！また何かあったらお願いしてもいいですか？」
タモちゃんはにこやかに笑いながらそう言った。蒼華は笑顔で頷き、彼女を見送った。
「もちろん、またいつでも呼んでね。」
こうして、蒼華は再び日常へと戻っていった。タカマガハラでの冒険は終わったが、またいつか不思議な出来事が彼女のもとに訪れるのかもしれない。蒼華はそれを楽しみにしながら、今日も新しいアルバイトに励むのであった。
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