贅沢と騒動のはざまで
アルバイトが終わり、蒼華は久しぶりに自由な時間を手に入れた。これまで連日のように続いた忙しさから解放された今、彼女は何をしようかと考えながら街を歩いていた。普通の生活に戻ったとはいえ、どこか物足りなさを感じていた。せっかくの自由な時間だし、少し贅沢をしようと決め、馴染みのカフェに立ち寄った。
「こんなにゆっくりできるの、久しぶりだな…」蒼華はカフェの窓際の席に腰を下ろし、メニューを眺めながら微笑んだ。普段なら注文しないような、ちょっと高級なスイーツセットを頼んでみることにした。
注文が運ばれてくると、目の前には色とりどりのスイーツが並んでいた。蒼華はその華やかさに心を躍らせながら、一口一口をゆっくりと味わっていった。バニラビーンズが香る濃厚なプリン、ふわふわのシフォンケーキ、そして季節のフルーツがたっぷりと載ったタルト…どれも美味しくて、彼女はしばし日常の喧騒を忘れ、贅沢な時間を楽しんだ。
「たまには、こういう贅沢もいいものだな…」蒼華は満足げに呟き、カップに残った紅茶を飲み干した。カフェを出ると、彼女はぶらぶらと街を歩きながら、気ままにショッピングを楽しんだ。新しい服を見たり、アクセサリーを手に取ってみたり、普段は気にしないような小物もじっくりと見て回った。
一方その頃、如月地所の所有するショッピングモールでは、梅田が苦悩の表情を浮かべていた。数日前から立て続けに発生している失踪事件に頭を抱え、何とか解決の糸口を見つけようと奔走していたのだ。事件はただの失踪ではなく、不可解な現象が絡んでいるらしく、とうとう新たに設立された超常現象を専門に扱う公的機関、SPP（Supernatural Phenomena Police）の協力を仰ぐことになった。
「これじゃまるでホラー映画のようね…」梅田はため息をつきながら、SPPの調査員たちと一緒にモール内を歩き回っていた。彼らはモールの各所をくまなく調べ、特殊な機材を使って怪異の痕跡を探していたが、いまだ決定的な手がかりは掴めていなかった。
「梅田さん、ここでも何か異常なエネルギーを検出しました。」SPPの調査員の一人が、持ち運び用の機器を見ながら報告した。
「そう…でも、一体どこから来るのかしら？」梅田はその報告を聞きながら、頭を悩ませていた。モールの中では不審な失踪事件が立て続けに起こり、その原因が何かしらの霊的なものだということはほぼ確実だった。しかし、その元凶が一体何なのか、まだ明確な答えが出ていなかったのだ。
「原因が特定できない以上、これ以上の捜査は困難です。」調査員のリーダーが慎重に言葉を選んで報告する。「現時点ではモール全体に警戒を強化しつつ、引き続き調査を進めるしかないですね。」
「わかりました。」梅田は頷き、重苦しい雰囲気の中で彼らと共にモールを後にした。
その後、梅田は頭を冷やそうと近くの居酒屋に向かうことにした。彼の脳裏には、SPPの調査の進展の無さに対する焦りと苛立ちが渦巻いていた。日頃のストレスが限界に達していた梅田は、気心の知れた仲間たちを呼んで、居酒屋での飲み会を計画することにした。
「こういう時こそ、気分転換が必要よね。」梅田は自分に言い聞かせるように呟きながら、スマートフォンで仲間たちに連絡を取った。すぐに轟や他の同僚たちからの返信が届き、皆が梅田の誘いに快く応じてくれることがわかった。
「よし、これでストレス発散だわ！」梅田は笑みを浮かべ、指定した居酒屋へと足を運んだ。
一方、如月地所では、轟が梅田の代わりに日常業務をこなしていた。梅田がモールの事件にかかりきりになっている間、彼が抱えている案件を代わりに処理する役割を担っていたのだ。轟は、梅田の業務をこなしながらも、彼自身も何やら不穏な気配を感じていた。
「梅田さんがいないと、なんだか仕事が進まないな…」轟は独り言を呟きながら、書類に目を通した。彼の机の上には、次々と処理しなければならない案件が山積みになっており、その一つ一つに目を通していくのはなかなか骨の折れる作業だった。
「でも、こんな時だからこそ、俺が頑張らなきゃな…」轟は自分を奮い立たせ、梅田の代わりに仕事をこなす決意を新たにした。
夜が更け、梅田とその仲間たちは居酒屋で楽しい時間を過ごしていた。皆で美味しい料理を囲み、笑い声が絶えない宴会が繰り広げられていた。梅田も、日頃のストレスから解放され、仲間たちと共にお酒を楽しんでいた。
「やっぱり、こうやって仲間と飲むのが一番のストレス解消よね！」梅田はグラスを高く掲げ、皆に向けて笑顔を向けた。
「そうだね、梅田さん。いつも頑張ってるんだから、たまにはこうやって息抜きしないと。」轟も賛同し、乾杯の音頭を取った。
「そうそう！頑張りすぎは禁物よ！」他の同僚たちも笑いながら同調し、宴会はますます盛り上がっていった。
梅田は、自分が大切にしている仲間たちと共に過ごすこの時間を、心から楽しんでいた。彼は、仕事のことを一旦忘れて、ただ純粋に笑い合い、食べて飲んで過ごすひとときに幸せを感じていた。
しかし、頭の片隅では、まだモールでの事件が気になっている自分もいた。「本当に、あの失踪事件はどうなるのかしら…」梅田は一瞬だけ真剣な表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、再び仲間たちとの会話に加わった。
こうして、蒼華が贅沢なひとときを楽しんでいる一方で、梅田たちはそれぞれの場所で仕事に奮闘しながらも、時にはこうしてリラックスした時間を過ごしていた。やがて夜も更け、宴会が終わる頃には、梅田もすっかり気持ちが軽くなっていた。
数日が経ち新しく始めたアルバイトのスーパーのレジカウンターで、蒼華は手際よく次々と商品をスキャンしていく。静かな時間が流れる中、彼女は特に何の問題もなく仕事をこなしていた。このレジのアルバイトも、いよいよ日常の一部として馴染んできた。
「次のお客様、どうぞ。」蒼華は穏やかな声で次の客を迎えた。日々の生活に少し疲れた様子の中年女性がカートを押して、レジにやって来た。
「こんにちは、いらっしゃいませ。」蒼華はいつものように微笑みながら、カートに積まれた品々をレジに通し始めた。すると、女性がふと顔を上げ、蒼華をじっと見つめた。
「あれ、あなた…もしかして、明美の友達の…？」
「え…？」蒼華は驚いて女性の顔を見つめ返した。「明美ちゃんのお母さん、ですよね？」
「ええ、そうよ。やっぱりあなた、明美の友達の蒼華さんね。」女性は小さく笑みを浮かべ、蒼華をじっと見つめた。
「はい、そうです。ご無沙汰しています。」蒼華は軽く会釈しながら、袋詰めを続けた。しかし、女性の表情にはどこか陰りがあり、蒼華はそれが気になっていた。
「…どうかしましたか？」蒼華は思い切って尋ねてみた。
「実はね…」女性は急に顔を曇らせ、声を落とした。「うちの明美と、その彼氏の吉崎君が、最近行方不明になったのよ。」
「えっ…！？」蒼華の心臓が一瞬止まったように感じた。「それって、いつのことですか？」
「ちょうど3日前ね。如月地所のショッピングモールに行ったきり、帰ってこないの。」女性の声は震えており、その目には深い不安が滲んでいた。「警察にも届け出たけど、まだ何の手がかりもなくて…。本当にどうしようかしら。」
蒼華の胸の中に、冷たいものが広がっていくのを感じた。吉崎と明美の二人が失踪したと聞いて、ただならぬ事態であることを直感した。
「如月地所のショッピングモールで、ですか…」蒼華は繰り返すように呟いた。その名前を聞くと、自然と梅田や轟の顔が浮かんだ。これは単なる偶然ではないのかもしれない。
「何か知ってることがあったら、教えてくれないかしら？」女性は切羽詰まった様子で、蒼華に縋るように問いかけた。
「ごめんなさい、私も今初めて聞いたんです。」蒼華は申し訳なさそうに頭を下げた。「でも、何か分かったらすぐに連絡しますね。」
「ありがとう…本当に助かるわ。」女性は深く頭を下げ、そのままお会計を済ませてスーパーを出ていった。
レジの作業を続けながらも、蒼華の心は動揺していた。親しい友人である明美と、その恋人である吉崎が失踪したという話に、ただならぬ不安が彼女の中に広がっていった。これは、何か普通ではないことが起きているのではないかという予感が胸を締めつける。
「やっぱり、梅田さんに聞いてみるしかないわね…」蒼華は心の中でそう決意し、仕事が終わったらすぐに梅田に連絡を取ることを心に決めた。
アルバイトを終えた蒼華は、慌ててスマートフォンを取り出し、梅田に連絡を入れた。いつもなら軽い挨拶で始まるところだが、今日ばかりは緊張感が漂っていた。
「もしもし、梅田さん？今お時間ありますか？」
「おっ、蒼華ちゃん？どうしたの、今日はなんだか真剣な声ね。」梅田の声が電話の向こうから聞こえてきたが、彼の軽快な口調にはいつもの冗談めいた調子が含まれていない。何かを察知したのだろう。
「実は…今日スーパーで、明美ちゃんのお母さんに偶然会ったんです。彼女が言うには、明美ちゃんと吉崎君が、如月地所のショッピングモールで失踪したって…」
「な、何ですって！？」梅田の声が一気に険しくなった。「それ、本当の話なの？」
「はい、彼女はとても心配していました。」蒼華は、梅田の反応にさらに不安を感じた。「梅田さん、何か知ってるんですか？」
「実はね、蒼華ちゃん…そのショッピングモール、今ちょっと厄介なことになってるのよ。」梅田はしばらくの沈黙の後、重い口調で言った。「詳しいことはまだ言えないけど、今SPPと一緒に調査をしてるところなの。」
「SPPって…あの、新しく出来た超常現象専門の公的機関の…？」蒼華は耳を疑った。「そんなに大変なことが…」
「ええ、残念だけど、かなり厄介な状況よ。蒼華ちゃん、今のところは安全な場所にいて、無理に動かないでね。私たちで何とかするから。」梅田の声には、普段の軽妙さはなく、真剣さが滲んでいた。
「でも、明美ちゃんと吉崎君は…！」蒼華は切迫した気持ちで訴えた。
「大丈夫、私たちが必ず彼らを見つけるわ。」梅田は落ち着いた声で約束した。「だから、蒼華ちゃんは心配しないで、私たちに任せて。」
電話を切った後、蒼華は複雑な感情に包まれていた。何もできない自分がもどかしく、でも信頼するしかない状況に、ただ祈ることしかできなかった。
一方、梅田は電話を切ると、再び深いため息をついた。失踪事件の解決には、まだ多くの困難が待ち受けていることを痛感しつつも、何とか蒼華に心配をかけないようにと心を砕いていた。蒼華の話を聞いて、事件がさらに複雑化していることを実感し、ますます事態の収束に向けた努力が必要だと感じていた。
梅田は、引き続きSPPとの調査を進めながら、何とか明美と吉崎を見つけ出すために奔走することを誓った。そして、蒼華には少しでも安心してもらうため、彼女を巻き込まないように心を砕くのだった。
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