鳴り砂怪道
今日は景色というよりも音が楽しい場所に来た。
鳴り砂怪道と呼ばれる土地で、名前の通り歩くと音が鳴る。
キュッキュッ……モキュ。
「聖人。ここ、ここがいい。いい音がする」
鳴り砂怪道は道というよりもだだ広い砂原に見える。色も素敵で、エメラルドグリーンにネイビーブルーとパープルを混ぜたような色合いで、踏むたびに色が変わる。
元々はもう少し狭い、それこそ街道くらいの広さだったらしい。それが徐々に侵食され、今では見渡す限りの艶やかな砂原。
人も生き物も通らないこの地を、クセラはピョンピョンと跳ね、鳴る音を楽しんでいる。そんな中、僕はクセラの魔法の空飛ぶ木船に乗って、クセラの様子を見守っていた。
なぜなら。
バクッ……!
「うぉ、危機一髪!」
この地は不気味な怪魚が生息する地だから。
キュ、キュという音はまだいい。モキュと鳴ると、高確率で怪魚がその人をも飲み込もうとする巨大な口を開けて砂の中から出てくる。口にはギザギザとした牙が幾重にも並んでいる。
クセラは、そんな危険地帯でキャッキャ言いながら遊んでいるのだからどうかしている。
これはあれだ、あれ。ゲームセンターによくあったワニのなんとかパニックとか、魚釣りゲームに似ている。懐かしい。
鳴り砂の鳴らす音は、『特殊生物』とやらに指定されている紫鳥という鳥の雛の鳴き声に似ているそうだ。そして、その鳥はとても美味いらしい。
親鳥が自分の雛の鳴き声と勘違いすることはあまりないが、雛と勘違いした捕食者が音につられてこの鳴り砂怪道にやってきて、逆に捕食されるシステムのようだ。
キュ、キュ、モキュ、バク!
いつしかコツを掴んだようでリズミカルになる音に耳を傾けながら、なんとはなしに景色を眺める。
クセラは別に僕を保護してくれているわけではない。この世界に来てたまたま行き合っただけ。言えば助けてくれるけど、それだけ。
クセラと行動を共にする中で、普通の村や町に立ち寄ることもあった。でも、僕はその場所に留まることをしなかった。
クセラはこの世界でもかなりの変わり者だ。本人の言うように彼もまた異世界人だからだろう。いや、それにしてもだ。危険に伴うことが多い。と言うより、危険を楽しんで好き好んで危険地帯に突き進む。
そんな彼に日本生日本育ちの僕がついていくのは狂気の沙汰だ。でも、それでも、彼と行くことを選ぶ。
なぜって、この世界の普通の村に暮らすことになったら、現実を見つめなきゃいけなくなるから。それこそ、気が狂いそうだ。
平和な、僕の故郷の日本に帰れないくらいなら、過去を思い起こす暇などないくらいクセラに振り回されて過ごしたほうがマシだから。
自分をごまかしながら、圧倒的な絶景の中で今日も、異世界を生きていく。