かなたへ 第七部 終焉のかなた 第二章 もう一つの目覚め 第4節
街は不思議な違和感に満ちていた。かなた直に体験した場所の情報量が多かったからだろう、かなたの生活圏に有った町並みのバリエーションが多くの場所を占めている。あれは先輩と行った甘味処、懐かしくなりかなたはその店の暖簾をくぐる。店内は大勢の客で賑わっている。かなたを認めた店主は空いていた席の一つへかなたを案内すると頼みもしないのに注文を通し始めた。
「あの、私は……」
「承知しております、かなたさま。
頂ましたレポートを元に最大限の努力をしてメニューの再現を致したつもりですが味覚、触覚などについて是非本物をご存じのかなた様にご試食いただきご教授をいただきたいのです。
もちろん出来うる限りの御礼はさせて頂きます。
どうかお願いします」
訳も分からぬままテーブルに次々運ばれてくるフルーツみつ豆、わらび餅、抹茶、求肥の和菓子、塩昆布、栗ぜんざい……の様なる物を恐る恐る口にしていく。甘み、酸味、塩辛さ、食べ物の温度、硬さなどは確かにそれらしい、だが、風味というか、味は残念ながら別物。確かに食べれない物ではない、こんな物だと思えば美味しいのかもしれない。かなたはこの世界の過去において生身の体であった少女の頃を思い出してみる。あの時代にすら天然の食材など殆ど無かった当時であれば、これらの食べ物は目新しく、美味しく受け入れられただろう。この世界、合成された食材でつくられた限られたバリエーションの食事しか無かった世界にとってこれらの食べ物を作ることは如何に困難だったかにも思い至る。
不安そうにかなたの顔をみつめる店主に向かい、かなたは微笑みかけた。
「限られた食材で随分頑張られたと思います。
風味などの点でお手伝いできるかもしれません」
SRの世界でもあちらの世界で有していた能力を保持しているかなたは店主を伴い厨房へと入っていった。
「苺と小豆の善哉を作ってみます」
かなたは記憶を頼りに厨房にあった合成食材のブロックに情報操作を開始した。
作り終えたのは二粒の苺とお椀に一杯の善哉。
一つの苺をほんの少し切り取り香りと味見を確かめる。まずまずかしら?
善哉は、これも大丈夫。
「これが本物に近いものです、
どうでしょうか?」
店主はかなたを真似てほんの少しを口にする。呆然としばし佇み、程なく声をあげて泣き始めた。
「素晴らしい、有り難うございます。
本当に有り難うございます。
この複製を作らせて頂いて宜しいでしょうか?
いえ、是非作らさせて下さい。
契約をさせて下さい、お願いします」
あまりの懇願に頷いたかなたに深く一礼すると店主は残った苺と善哉を容器に詰め、大急ぎで外に飛び出していった。
驚いて店主を見送っているウエイトレスの店員に手を振りかなたは店を後にする。そのとたん店内からは歓声が上がったのが聞こえた。
長官の言っていた事がようやく実感として感じられ始めた。この世界はあんな短い間の私の経験を必要としている。高次元マイクロチューブが安定し、再びあの世界を訪れる事ができたなら私はこの世界にもっと豊かな情報を届けなくてはならない、そうしてこの社会をもっと若返らせなくては。
オリジナルの私がこの世界を救うために行った行為が成功し、この世界が安定して存続出来るようになっても、確かに社会全体がもっと若返ることは必要なこと。
自らの為し得ることに目覚めたかなたは今この社会においてかなたが出来ることを探すため再び街へと歩み始めた。