かなたへ 第七部 終焉のかなた 第二章 もう一つの目覚め 第2節
第二節
「大分君のその姿にも馴染んできたよ。
我々が遭遇した別宇宙の知性体のなかでは格別に我々と近い形態を有しているのには実に驚きだ。
君の人格がそ身体に極めて馴染んだのにも納得がいくよ。
君の持ち帰った身体データと社会様式はそのファッションも含めてSR世界でもちょっとしたブームになっているのだよ。
彼らの意見によれば君の身体データは極めて美形に類するものらしい、
私にはどうもまだその区別がつかないのだがね」
「長官は私を宇宙人類学の談義をするために呼ばれたのでは無いと存じ上げておりますが」
「もちろんそうだ、
だが、君が持ち帰った情報が極めて好意的に流布しているという点を伝えておくことも今回の会見の目的の一つだ、閉塞された社会にとって君のもたらした情報は極めて有意義なのだよ」
「長官、私は覚悟が出来ています、
どうかご命令下さい。
SR社会への娯楽の提供など、私たちの任務にとっては枝葉末節、
そうでしたよね?」
「やはり、君の性格は以前より随分アクティブに、若々しくなった。
もちろん君の基本人格がもとより若いことは承知してる、
だが、それ以前の文化的モードとでも言うべきものかな。
ともすれば厭世的ともなりかねない文化基盤をもつ我々にとってその文化的モードの若々しさは極めて貴重なのだよ。
そして、君のもたらした情報は我々社会全体の厭世観すら揺るがすかも知れない。
だから、私が君に語っている事はそれ程的を射ていないことではないのだよ。
例え我々の世界が生き延びるすべを得たとしても、
社会そのものが中から腐って朽ちていけば生き延びる事すら無意味になるからな」
「ですが、この世界そのものが滅んでしまってはやはり……」
「我々の直接の時間線上の未来における存在が焼き尽くされ滅んだ事はすでに確定事項だ。
向こうに居ったスタッフのかなりと基地そのものを喪った事は知っての通りだ、
君も直接その影響を受けたのだろう?」
「はい、存在の基盤を失い向こうの世界の友人の助けがなければ私自身の存在を保つことも出来なかったと思います」
「君がこの時間軸に流れ着いた直後から実は超マイクロチューブが極めて不安定になっていて、実質我々の探査そのものが不可能になっているのだ。
君の友人であった異世界におけるインターフェースとかいう存在から君がコピーして来てくれた記憶は実に興味深い。
彼女は全く多彩な情報を蓄積してくれていた。彼女が読んでいた本というものの複製品は現在SRにおけるベストセラーの一つだよ。君にもその情報料の取り分はちゃんと設定してある。SRにおいて君は大金持ちになっているのだよ」
「私にそのようなものが必要ないのは長官が一番ご存知でしょう?」
「そうでもないだろう、今の君にはごく微量のエネルギーだけで存在を維持できる、食事も服も必要ない、職務上ネットワークのアクセスももちろん無料だからな。
しかし、SRの貨幣経済が全くSRの中だけで終結している訳でははないのは君も知っての通りだ、リアルの資源を利用するためにも使えるわけだ。事実上SRの連中にはこの事自体、全く無意味な事だが、君にとってはそれが大きな意味を保つはずじゃないかね?」
「申し訳ありません、私には何の事だか?」
「君のもたらした情報は極めて有用だということだ、
したがって超マイクロチューブが復旧ししだい我々自身の宇宙のみならず君がいた世界の探査も再開する予定だ。
そして、今君が大金持ちであるということは君が自分でそのための君専用の宇宙船を自分で建造できるという事だよ。」
「では、私が向こうの世界に常駐することも出来ると言うわけですか?」
「そうだ、君を複製して得られる幾多の姉妹のうちの一名、あるいは君自身が職務外の自分自身の超宇宙船を持つことができるということだ。
そしてその世界における社会などの情報を提供してくれれば、我々が当地でそれを管理し販売することを契約してくれるなら、この企画が承認を得られるようにすでに私は手配をしているのだよ」
「この世界の限られた資源をわたしなんかが私的に利用して、本当に良いのでしょうか?」
「良いのだ、公的に探査チームを組むことも考慮したが君にSR一の超富豪に成って貰っても困るのでね」
冗談ともつかない長官の言葉の意味を計りかねながら、よろしくお願いしますと頭をさげてかなたは長官室を後にした。勿論SRにおけるイメージとしてその部屋を辞しただけの話なのだが。
実の所彼女自身は単独の人工知能ユニットとして最低限のリアルでの身体機能を付与されメンテナンスを受けている他の舟の人工知能と共に超宇宙船ドックとも言える衛星軌道上の巨大施設に収納されているのだから。