かなたへ 第七部 終焉のかなた 第一章 目覚め 第4節
宇宙の各所で数千年に一つずつ、彼女のコントロールにより生まれた星系が形をなしていく。
後は目的とする惑星の公転軌道平面上に乗るように孤立した惑星を重力井戸でそろりと突き動かす。ほんの僅かな重力場情報の書き換えが数憶年先に目的とする惑星の近傍をすり抜ける孤立惑星の奇跡的な軌道を生むはず。
彼女はひたすら数億年にわたり生命の発生が可能でかつ安定した環境を長期にわたり保ちうる惑星を創るための種撒きと育苗ともいえる時を過ごす。
撒いた種は凡そ数万個。そのうち満足いく成長を遂げつつあるのが現時点で約一万個。
予期せぬ崩壊を避け、収率を上げるため彼女は宇宙空間を精密にシミュレートしながら細かい修正を繰り返していく。
初期に計画した星系の一つで今最大のイベントの一つが起ころうとしていた。
はるか彼方の宇宙空間から選ばれた一つの孤立惑星が第三惑星の近傍をかすめて通る。その重力と潮汐力により第三惑星は大きく揺らぎバラバラに千切れ表層からマントルにいたる巨大質量を宇宙空間に吹き上げる。吹き上げられたマントルは宇宙空間でまとまり一つのコアを形成しそこに生まれた重力井戸へバラバラになり吹き上げられた惑星の残渣が引き寄せられ巨大な衛星となる。マントルを削り取られたバラバラになった惑星はふたたび自身を球体へと作り直していく。惑星の近くをめぐる巨大な衛星、『月』はこの惑星を襲う巨大彗星群から惑星をまもる最後の砦として機能するとともに惑星に大きな潮汐力をもたらし生命の発生と進化に大きな役割をもたらすはず。
やがて形成された海に落ちる巨大な氷で出来た彗星の中に含まれる有機物の配列をそっと書き変える。これはプリミティブなRNAとタンパク質の複合体。これが発生してくる生命の基本遺伝形式の鋳型を生むはず。
かなたは自らの故郷の生命の基本様式がこの宇宙においてかなたの助けで発生する生命にとっても共通の生命の様式になるように導いていく。やがて訪れる未来のために。
生命をもった惑星を育てる作業の一方で安定化してきた超空間へのマイクロチューブを用いた探査も開始する。
やがて幾つかの惑星に大洋が形成され、生命の兆しが生まれる。
ゆっくりとゆっくりと数億年かけて生命はより複雑さを増していく。
そのうちかなたは面白い事実に気が付いた。
巨大彗星からの衝突による絶滅のためにめぐらせたバリアーと天体の位置の微修正を掻い潜ってそれでもかなり大きな彗星が惑星に衝突する場合がある。時には惑星の半球が沸き立つマグマに飲み込まれ全球で海が干上がり大量のチリとガスで惑星が覆われ灼熱の天体と化してしまう事すらある。もう、生命の種は潰えたとあきらめて、また数万年後に観察するとその惑星に再び生命が戻っている事があるのだ。むしろ中規模の彗星の衝突による大災厄を経験した惑星で生命の種の進化と多様化が促進される気配すらある。
生命とは斯様に強いものなのか?
ならば私はこれ以上干渉する事は避けなければ。
惑星への干渉から身をひいたかなたは、やがてこの宇宙の多くの時空を結んだ超空間マイクロチューブが集合した巨大な超空間を見出すこ作業に没頭する。存在の可能性を理解していればただの一度の探査で為し得た彼女の様な特殊な願望実現能力が無くても探査は有限時間内に必ず成功する。
そして、やがて神の視座と呼ばれるそれは発見されることとなった。かなたはその手足となる数万の神の御船たる実体を宇宙空間に残し、意識の中枢をゆるりと見出した神の視座の存在する超時空へと移していった。メタ時間の経過の中で再び愛しい存在と出合う事を夢見るために。