かなたへ 第七部 終焉のかなた 第四章 旅立ち 第4節
武蔵のナビゲーションにより程なくかなたも神の視座を訪れた。神の視座の空間の壁面にうがたれた無数のマイクロチューブに注意深くマイクロゾンデを敷設していく。この特殊な空間を保護するため訪れたのは武蔵とかなたの二隻だけ、だがこの二隻はかなたの故郷の生んだ最高の二隻。全ての期待を担い探査が進められた。
「武蔵さん、凄いですね、想像以上の数の銀河に満ちています。しかも膨張の速度のシミュレーションによれば奇跡的に安定した寿命も持つ宇宙に生まれ変わってます」
「あの時、あなた、というか、あなたの船に乗り込んで居られた異世界のリーダーの女性の提案を伺ったときは度肝を抜かれましたが、こうも見事に成功するとは思いも寄りませんでした。
払った代償に十分見合う物ですし、私はそれに係わることができて本当に光栄です」
二人の探査により次々と新しい発見が生まれる。どうやらこの神の視座からは四十億年程度の宇宙の歴史にアクセス出来るようだ。それ以前、それ以後は何故か安定したマイクロチューブが存在しない様だ。理由は不明、だが当面の目的には十分だ。
神の視座からの観測は短期間に目覚ましい成果を上げた。なんと居住可能な惑星をもつ星系が幾つもの銀河でそれぞれ複数個発見されたのだ。これはかなた達の文明の飛躍的敷延を約束する情報であった。
「かなたさん、これだけの資源と場所があればアーカイブされた全ての人格を蘇らせてもなお全体の1%にも満たないに違いありません。
探査部の部長は大喜びですね」
「ええ、最初の星系への移住も上手くいきそうです。
ただ、大規模な時間の巻き戻しを頻回に行えば宇宙の安定性を失うかもしれません。
居住可能な惑星を完成させる作業、プランテーションは慎重にしなくては」
「でも、これだけの結果が出てるんですから、探査部の方針の偉大なる成果ですよね」
「はい、そのためにのあの方達の地球の生態系の調査は必須だと思います。
長い進化と淘汰の成果を知ることは大切だと思います」
「そうですね、かなたさんの先輩達の居られる宇宙への道も一生懸命探さなくてはいけません」
やがてかなたは以前の経路を参考に特殊な分岐を持つマイクロチューブへの道を探し求め、ついに道を遡る様にして先輩達のいる時空への経路が見いだされた。
それこそ飛んで逢いに行きたい。だが、かなたは幾度となく繰り返したシミュレーションと考察によりそれを思いとどまった。あの宇宙にとって異世界であるかなたの世界からの訪問は極めて重大な結果をもたらしかねない。銀河統合思念体や他の銀河に存在するに違いないその亜種や同胞、天蓋領域と呼称されていた存在、あの世界の未来からの干渉、そのどれとも直接接することは絶対に避けなければならないから。無秩序の交流は双方の宇宙の崩壊すら起こしかねない、場合によっては侵略さえ受ける恐れすらあるのだから。
かなたは残してきたペンダントへ安定化した高次元マイクロチューブの通信路を確保する事にした。これならば通信を傍受される可能性はほぼ無い。リスクを最小にするための処置。
だがそのためにはノイズの無い環境が必要、出来れば地球から遠く離れた場所が良いが。かなたはペンダントからの情報のモニターを続けた。
やがて待ち望んだ情報が届く、先輩と姉さまの乗る宇宙船が完成し先輩と一緒に宇宙空間への試験飛行が行われる。百年間待った時がもうすぐにやってくる、僅かな待ち時間に身が焦がれる思いでかなたはその時を待った。
よし、この場所なら大丈夫。
セ・ン・パ・イ!
『宇宙船の全システムをオフにしてください』
『一体何なのだ? 長門、これは?』
『かなたの指示に従う。
生命維持装置、対宇宙線シールド、物理バリヤーを停止する。
宇宙服、ヘルメットを装着しバッグパックに接続。
貴方の時計は宇宙服の外に装着して』
あ、宇宙服のシステムもノイズの原因になる、全てを止めて頂かなくては。
『いえ、そのままでお願いします』
『宇宙服を着ないでシステムを停止することはそんなに大変な事なのか?』
『生命維持を含め、すべての保安・安全システムが停止することはきわめて重大な危険を意味します。』
お願い、姉さま、もう一人の私、解って。
『すぐすむ予定です、ノイズがあると駄目なんです』
『かなたがそう言うんだ、長門、頼む』
ああ、先輩、お願い、姉さまを説得して。
『真実のかなたである保障が無い』
う、嘘よ、姉さま、やっと連絡がとれたのに、私、かなたです。
『長門の心配も尤もだ、って、こんな所で他の勢力が狙ってるとか在り得るのか?』
そんな、何か本当に有ったのだろうか?
『地球を離れる時点で未来人によると思われるアダムスキー型宇宙船が私たちを追尾していました。
統合思念体による情報スキャンも飛行の過程で受けています』
私が直接訪問しなくて正解だったみたい、でも、どうすれば……
『陸奥さん、それって、超ヤバクないか?』
『かなたの宇宙との離断がもたらした時間の巻き戻り、時空改変は両者にわれわれの行動に不審を抱かせる原因となったと推測する』
『じゃ、あの喜緑江美里女史の来訪もそのため?』
『多分、そうだと思います』
やはり大変な事になっていたんだ。迷惑かけてしまってご免なさい、でも、信じて下さい。
『俺は本当のかなただと思うが、そうだ、かなた、俺がした約束で、まだ果たしていないものは何だ?』
『うふ、覚えてますよ、一つは本物のさくらんぼ、もう一つは指輪です
あと、本物のうさぎさんも見せてくださるんでしたよね?』
『長門、間違いない、時間がまき戻る前に別れたかなただ』
『さくらんぼは……』
え、あれはダークチェリーだったはず。
『この間、このペンダントで復活したかなたには食べさせてやった、だが、あの時別れたかなたには、まだだ。当事者しか知りえない真実だと、俺は思う。長門、頼む』
そうだったんだ、ちょっと、残念。
『全てのシステムを停止する、許可を』
『ああ、やってくれ』
良かった、ノイズレベルが極小に落ち着いた。これなら出来る。
少しずつ送っておいたこちらの世界の物質とプログラムを活性化させる。ペンダント内に高次元マイクロチューブを固定するための精緻な作業が開始されたはず。ひたすら完成の証となる接続を待つ。大丈夫、あれほど用意したのだから、絶対に大丈夫。唯ひたすら待ち続けていると漸く回線が復活した。チェックする。大丈夫、設計通り。
『ペンダント内に高次元マイクロチューブを固着する作業が終わりました
引き続きナノディバイスをペンダント内へ転送します』
これが有れば姉さまが作られた宇宙船の機能を格段に引き上げることが出来るはず。
やった、送付成功。
『もう、システムを起動していただいてかまいません』
向こうから安堵の声が漏れ聞こえた。システムが起動した様だ。
『システム、大丈夫でしたよね?』
『異常の痕跡は発見されなかった』
『では、ペンダントを有希姉さまに渡してください』
ペンダントを介し姉さまに直接情報を送る。ペンダントへ送ったナノデバイスの取り出し方、使い方の情報を圧縮データで届ける。
『感謝する、当方の船の設計データはこれ』
姉さまから届いたシステム情報にさっと目を通す、なるほど、よく考えられている。ことらの世界でも設計に利用できる。姉さま、有り難う。
先輩と姉さまの船はその後無事に帰還を果たした。暫くするとあちらの宇宙船のシステムとの稼働を検知した。渡したディバイスは上手く組み込めたようだ。これで姉さまの船の機動性が改善するはず、ノイズの無い空間への転移も容易になるだろう。そうすれば今度はあちらの船のもっと大がかりな改装が可能になるはず。百年越しの計画にやっと目星がついたことでかなたはほっと胸をなでおろした。きっともうすぐ逢える。