かなたへ 第七部 終焉のかなた 第四章 旅立ち 第1節
地上でバックアップの作成を終えたかなたの存在する最新型の情報コアユニットは丁寧に運搬され宇宙港のレール上に横たわる巨大船に搬入された。船には地上から宇宙へと運ばれる貴重な物資が大量に搭載されている。何れもかなた型と武蔵型の新造艦の建設のための資材だ。この世界の命運をかけたプロジェクトは、だが一方でSRの世界には殆ど通知されては居ない。ただ、かなたが地球と自称する異世界の惑星から持ち帰った情報をさらに拡充、補完するために大規模な探査にやがてかなたが旅立つとだけ知らされていた。かなたがそのための新しい船の建造に私費を投じている事も概ね好意的に報道されているようだ。
一方、武蔵の存在と新たな宇宙への書き換えが起こりつつ有ることについては一切報道管制が敷かれていた。せっかく若返っている社会・文化に厭世の毒を振りまかないためのやむを得ない処置だったが、いずれ其れを知らせる方法についても長官はシミュレーションを繰り返している様子だった。この世界の未来が危ういもので有ることにはいまだ変わりがない。それを打開できるのは、きっと私だけ。
高々度衛星軌道においてかなたの新たな乗り物となる超宇宙船はその建造の最終工程にはいっていた。新たに組み込まれる居住ユニットを作業アームに付属したカメラの画像で確認する。懐かしい操縦席がきちんと再現されている。でも、以前のままでは不十分、いずれじっくりと考えて組み直すことも考慮しましょう。
かなたがSRにおいてテストを繰り返して設計した空気、水、有機物などの再生のために使用する多くのマイクロアレーユニットが間違いなく各の再生機構に組み込まれている事を確認する。マイクロアレーに固着されたナノマシーン達はいま休止モードのまま、乗り込んだら活性化させて機能テストをしなくては。あらたなかなたの実体となる体を合成し、食料にもなる有機元素のタンクもちゃんと付いている。エネルギー転換プラント、与圧装置、重力ユニット、マイクロチューブセンサー、どれもかなたがその隅の隅まで設計を確認したもの。予備の汎用パーツ群にも目をやる。この船はまったく新しい設計思想で組まれた最初の船。あたらく生まれた宇宙においてはもはや基地からの供給を受けることは不可能。この建造施設も、基地も全てが新しい宇宙の歴史には存在しなくなるのだから。まったく独立して長期にわたり自己修復を行いながら使命を果たせること、有機生命体がそのなかできちんと長期にわたり生存可能な事。それら全ての新しい機能と設備、機構の実証もかんたにかせられた重要な使命。
かなたは思考の中で短いツインテールをブルブルっと揺らして身震いした。
数日後、かなたの船は繋留されていた軌道上のドックをゆっくりと離れた。直ちに全方位探査を開始する。惑星軌道面を航行している資材運搬船団を捕捉、かなたの姉妹船団や武蔵の船団、移住用の船など、大探査時代を彷彿とさせる新造船の建造ラッシュでこの星系の資源が大量に消費されているのだ。もはや残しておいても残された未来は僅か、倹約して使ってきた資材がここぞとばかりに投入されているのをひしひしと感じる。惑星上のSR世界にいる長官、武蔵、涼子と残してきた自らのマスターコピー、かなたⅡにメッセージを送るとゆっくりと加速して軌道を上げていく。離れてきた軌道上の宇宙船造船基地が次第に前方へと離れていく。軌道上で加速するほど軌道半径が大きくなり公転の角速度が減少するためのみなれた現象。でも、先輩ならきっと不思議がるろうな。SRを離れ、ようやくかなたは自分のなかに隠し持っていた切ない感情を自由に意識することを自分に許した。この気持ちはマスターコピーへも伝えていない、私だけの物。
転移の邪魔になるノイズのない軌道に達するとかなたは早速微少な探査ポッドを5光分ばかり離れた所へ送り出す、周辺探査、大丈夫、転移!
最初の転移のあと、全システムを再点検する。大丈夫、かなたはサブシステムに船の全コントロールをまかせると最も集中を要する作業を開始した。
そう、生身の陸奥かなたを自らの船の生きた惟一人のクルーとして生み出す作業を開始したのだった。