かなたへ 第七部 終焉のかなた 第三章 きざし 第4節
長官との話は実り多い物だった。かなたが抱いていた危惧は長官も、武蔵も同様に抱いていた危惧だった。その話し合いの中で集まった涼子を含む四名が役割を分担してこの世界を救うためのプロジェクトを実行する事が直ちに決定された。武蔵とそのコピー、つまり兄弟による船団は高次元マイクロチューブの探査、特に新たな歴史を刻み始めているであろう過去へと繋がるマイクロチューブの探査と新たなる神の視座の発見に当ることになった。かなたとかなたの姉妹からなる船団はかなたが救援を求めに行った、あのもう一つの宇宙への道を再び探し出すこと、そして神の視座と新たに生まれたはずの過去へと繋がる道を発見したらそれを武蔵と武蔵の兄弟の船団へ知らせる事が決定した。長官はこの世界の、出来ることならその全てを過去へ転送するための手段の開発と転送に備えた世界の圧縮、書庫化の作業を引き続き統括することになった。そして、涼子はかなたが図らずももたらしたこの世界の活性化と若返りを定着したものとするためこの世界の文化の再構築へと働きかけること、かなたがもう一つの世界を発見したならそこから得られた情報をこの世界に還元するための先端としての作業に当ることになった。
もちろんこれらの作業は互いが有機的に連結し効率的な一つのプロジェクトになるように互いに密に連絡をとり、情報の同期に務めることも当然のこととして確認された。
その直後からかなたの姉妹船と武蔵の姉妹船、ならびにかなたと武蔵のための宇宙船の建造が急ピッチで開始された。これにあたってはかなたが設計していた新しい自らの為の超宇宙船の設計が下敷きとされ、それらの効率化、簡略化バージョンの船が大量生産されることになった。また、これは過去へこの世界を運ぶための種子船の基本設計としても採用された。
「かなた君の設計は大胆、かつ素晴らしい、特に居住区の設計は長くこの世界では失われていた概念だ。生体の宇宙飛行士が存在したのははるか太古の事だからな。どうやってこんな概念を得たのかな?」
「向こうの世界で、私は有機体としての私と、向こうのでの私の大切な友人たちと共に宇宙と超宇宙を旅する必要が有ったのです。
そのため、その世界で開発されていた宇宙船の基本設計や、その世界の様々な図書の上で存在した宇宙船の概念から外挿して姉さまと一緒に宇宙船の居住区を設計し、実際に組み立てたのです。
でも、その事がこちらの世界で役に立つなんて思いもよりませんでした」
「シュミレート仕切れない、情報に昇華しきれない有機物質の情報を運ぶだけではない、新たに再生された世界の星には生身の人間と生物が降り立たねばならない。
つまり生存可能な空間が是非とも必要なんだよ」
そうか、実際に惑星にプランテーションしなくてはいけないんだ、上手く居住に適した惑星が発見できるのだろうか?かなたはこの世界での宇宙探査の結果を思い出し不安になった。この宇宙では植民可能な惑星はついに発見出来なかったのだから。
「かなた君が援助を得た友人達の居る、あの宇宙のデータを考えればこの宇宙も現在より遙かに多くの銀河と星を擁する宇宙に育ってくれるはずだ。
きっと移住する事のできる惑星は見つかるさ。
万が一発見する事が出来なければ宇宙船団に巨大コロニーを作るのも一法だ。
君の向こうでの姉さんの読んできた書籍にはその様な記述があったが、私も同感だ。
なにしろ今度出来る宇宙ではたっぷりの時間があるんだから」
なるほどとかなたは納得する。
「凄い再生システムの設計が必要になりますね、長期にわたって機能する維持管理システムが」
「武蔵君、その通りだ。
かなた君の示した微生物をそのために利用する案は非常に魅力的だ。
もっともそのためには我々の体の免疫システムなども大幅に強化したものが必要になる。その意味であちらの世界のの野生種の人類は非常に興味深いのだ。
かなた君がしたように、あちらの人類の体のシステムをそのまま利用しても良いという意見すらでている、ちょうど現在のSR世界をそのまま新しい世界に持ち込むのだよ」
「長官、未来に存在した基地や世界で失われたため不活化されたままになっている旧指導者層は反対すると思いますよ」
「涼子君、彼らはあのままの宇宙で我々の存続を図ると主張し続けていた。
だが結果的にはその未来は失われ、災厄の危惧に対し根本的な対応を図ってきた我々探査部の行動がこうやってかなた君のもたらした成果を導いたのだ。
彼らにも変わって貰うしかないだろう」
「なんだか難しそうですね、大丈夫なんでしょうか?」
かなた君は政治の事は心配しなくていい、どうだ、船はそろそろ完成したのかね?」
最初の会合から既に半年が経過し、ドックではかなた器となる超宇宙船が完成を間近に控えていた。
「はい、最初に設計・建造を開始した船は近く試験飛行にでられそうです」
「君が直接操縦するのかね?」
「はい、船の情報処理エリアの点検は終わり、リアルでの私は既に船に移る用意が整っています」
「君の貴重な経験を失う訳にはいかない、最高グレードのコピーを必ず作って置いてくれたまえ。
君の妹達の原型にせねばならない」
「はい、数日で終わると思います。
済んだら試験航行に出るつもりです」
「星系から十分離れた所で有望なマイクロチューブが発見されたとの報告が先ほど入った。
あとでデータを送らせる、興味があるだろう?」
会見を終え、送付されたデータを詳細に検討する。かなりLの長いマイクロチューブが発見される頻度が上がってきている。時空がとりあえず安定してきているのだろう。だが、この時空が宇宙の歴史の書き換えにより消滅するまで如何ほどの余裕があるのだろうか、私たちは間に合うのだろうか。
焦る気持ちを押さえ、かなたは自身の複製を作る作業に没頭することにした。