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かなたへ 第七部 終焉のかなた 第三章 きざし 第2節

 ベッドでほんの少しうとうととしたと思ったら部屋の呼び鈴が鳴った。あっ、もうこんな時刻。涼子さんとの約束の時間になっていた。部屋の壁にとりつけた鏡で身だしなみを確認するとなかたは入り口の扉を開ける。

「疲れは取れました?

 じゃ、オフィスへ参りましょう」

 涼子に付いてエレベーターに乗り込むと地上階まで一気に上昇する。

 オフィスって、何処なんですか?

「こちらです、地上階の広報スペースの一角を改装しました。

 探査部の尤も重要な『顔』となるプロジェクトですから」

 この世界では建物の殆どは地下に構成されている。

 矮星との衝突にそなえて建物全体をシェルター化したからだとか、天候変動による被害を抑止する為だとか、諸説があるが地上部分が一階だけというのが普通だ。そして一階部分というのはその建物全体の対外的に尤も重要なまさに顔とも言えるもの。まさかそんな貴重なスペースがかなたのプロジェクトのために宛がわれているとは、本当に驚きだった。

 かなたがオフィスに入ると数名のスタッフが会議テーブルから立ち上がって挨拶をしてくれる。

 促されるままかなたはテーブルの上座の横に着席した。

 テーブルの上座で待っていたのは、長官。わざわざお越し頂くなんて。

「かまわん、

 先の未来における我々の世界と基地の消失により閉塞感に侵されジリジリと衰退への歩みを加速させていたこの世界にとって、かなた君のもたらした文化と生き方は救世主的役割を果たしてくれている。

 厭世的になった世論が探査部そのものの存在を疎み始めていたのだから、このプロジェクトは探査部、ひいてはこの世界の存亡にとって最重要セクションとなっているのだ。

 私が出向くのは当然なのだよ」

 かなたが席に着くと皿に載った白くて丸い物が配られた。これは?

 訝るように目をやった先には街で出会った甘味処の店主が揉み手でこちらをみている。

「今日、かなた様が作られたイチゴと善哉のコピーを元にそこの主人が加工して作ったものです。

 試食してみて下さい」

 涼子に勧められるまま皆で手にとって口に運ぶ。これはイチゴ大福、かなりの再現度です。

 かなたの言葉に主人は嬉しそうに頭に手をやる。

「素材について、ライセンス料の契約をお願いします。

 あと、今のお言葉を広告に使う許可も是非」

 涼子が差配したスタッフが早速店主と契約についての話し合いを別室で始めたようだ。

「かなた君、確かに皆が夢中になるのが分かったよ。

 他の食材についても是非お願いしたい。

 その他、どの様な物が再現可能か検討しようじゃないか」

 かなたの記憶を元に食材を再現する企画と平行してこの世界にも残されていた種子バンクの情報が古文書から明らかとなり、現実世界の地下深くで凍結されている貴重な種子と遺伝子を解凍し絶滅した生物をSR世界において復元するプロジェクトも検討されることとなった。

 以来かなたのスケジュールは殺人的にまで忙しくなった。当初は記憶にある食材の再構成と監修だけですむからたかだか数日で終わると思っていた作業が延々と続いている。食料生産性の悪さからかつて遺棄された植物による食料の生産がこの世界に復活しつつあり、その作業の統合的な監修もまたかなたの元に行われている。いわばカリスマとしての役目でもあるのだが、実際に植物や動物を食材とする世界に生きた経験があるのがかなただけなのだから仕方ない事なのかも知れない。動物に関しては意識を持たない半培養の形で肉や魚、卵が再現されるようになっている。その他植物の繊維や動物の体毛を用いた衣服などの素材に始まり、ついにはネコに相当する動物のまでペットとして流布し始めた。もちろん第一号のネコは三毛の雄ネコである、名前は……ご想像の通りだ。遅れて犬も再現されたが、これについてはかなたも自信がない。見かけただけで実際に接した事が無かったからなのだ。

「今度あの世界に行く機会があれば是非色々生き物について勉強してこなくては」

 かなたは硬くと心に誓った。

 ある日のこと奇妙な小型動物がかなたの元に連れてこられた。

「かなたさまの記憶にあるウサギという動物を再現してみたのですが」

 テーブルの上でじっとかなたを見つめるその赤い顔と赤くて長い耳、薄クリーム色の体の不思議な生き物、はて、私はこんなうさぎを見たことが合っただろうか?

 先輩が読み聞かせてくださった絵本にあったウサギは擬人化され立って歩いていたが、全身は確か白だったはず……。

 記憶の糸を辿り、漸くかなたは思いだした。先輩が剥いて下さった林檎のうさぎ、そう、あのウサギは確かにこんな色合い。

 くすっとかなたが笑うとその赤い耳のウサギもどきは四つ足でぴょんと飛び上がりかなたの胸元に飛びついた。思わず両手で受け止めるかなたの胸に頭をしきりにすり寄せてあまえるその仕草はネコと歩く人に抱かれていた小型犬の中間の様。たしかにこれはこれで可愛いかも知れない。

「私が知っているウサギとはちよっと違うような気もしますが、可愛いから良いんじゃないですか?」


 向こうの世界と同じでなくても良い、むしろこの世界独自の生き生きとした生活が蘇ればそれでいい、かなたはあの世界の雰囲気を、この世界が失っていた、いいえ、生き残るために切り捨ててきた大切ものの存在を伝えればそれで良いのではないのか?

 かなたが自らのなかでそう結論を得た頃、かなたの個人資産はまさに天文学的な値になっていた。秘書の涼子がそう言ったのだから、そうなのだろう。

 かなたは自らを宿し旅するための個人用の超宇宙船と、自らの器となる宇宙船に搭載するための情報空間の設計と製作にとりかかることにした。かつてこの世界に存在したことのない最も高性能な超宇宙船と宇宙船に搭載可能な小ささでありながら小型の大陸の全体の活動を十分にシミュレート可能な高能力な情報空間が新たなかなたの存在の場となる。そして、かなたはその宇宙船に実体化した体で搭乗可能な装備と実体化した体の素材、本物の食料などの装備をも搭載する事にした、こんな贅沢な宇宙船など、探査部はおろか、全宇宙の歴史を通じて恐らくこの一隻だけに違いない。あの宇宙において、自らの体を構成する素粒子の崩壊を押さえて存在するために、再構成した自身の体を超空間に重畳させて存在させるための方法についてのシミュレーションを行うにはこれだけの設備でも決して十分とはいえないけれど、なんとしても解決しなくては。


 かなたが新たな旅立ちの用意を始めた頃、ようやく伝説も船からコンタクトがはいった。


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