日本国は手を抜けない ―IF― 日本国はスターゲイザーのパイを食うか?(3-ハレー彗星ルート1)
西暦一九八六年二月、地球から見て太陽の影に隠れたハレー彗星が再びその姿を表した時、世界中の天文学者は驚愕することになった。
スターゲイザー観測システムは、ハレー彗星は大きく三つの核に分裂し、その内最後尾を前を行く二つの核に遅れながら着いていく直径四キロ程度の核は、明らかにハレー彗星とは異なる軌道を取り始めていた。
最初にハレー彗星の分裂を確認したスターゲイザー衛星三基のコールサインを取って、グロムウェル・アドラー・ユリシーズ彗星(GAU彗星)と名を改めたそれの軌道要素をスターゲイザーが自動計算した結果を見、S.E.E.D.A.は戦慄した。
GAU彗星は地球の前を横切った後、地球・月の引力に引かれてスイング・バイ運動を取り、火星の公転軌道付近を遠日点として、再度太陽方向へ向きを変える。そして再度地球の公転軌道を横切る際、再接近する地球・月のロッシュ限界より内側を通過し、バラバラに砕け散り、その破片が地球全土に降り注ぐ……というのが、スターゲイザーの予測したシナリオだった。
S.E.E.D.A.は、直ちに世界中の天文学者にこの非常識な計算結果を通報。世界各国でありとあらゆる計算資源を動員し尽くして再観測と軌道情報の再計算が行われた結果、その予測は最も実現性の高いものであると認められた。
その頃にはスペクトラム分析の結果、GAU彗星が比較的岩石成分が多いことも判明しており、秒速十八キロにもなる相対速度を考慮すると、砕けた破片は地球大気を貫通して衝突し、人類社会に致命的なダメージを与え、地球環境を激変させかねない可能性が極めて高いことまで判明していた。
GAU彗星がロッシュ限界を通過し、砕けた破片が地球に降り注ぐのは、グリニッジ標準時西暦一九八九年六月三〇日プラスマイナス七日。予想落着地点は地球全土。最早、一刻の猶予も無かった。
この非常事態に際し、米国は大統領ロニー・リンガン自ら臨時のテレビ演説を発して人類存亡の危機が迫っていることを直ちに公表。この全人類規模の未曾有の危機に際し全力で対応するため、イランに侵攻しているソ連を始めとする東側諸国に対し、開戦前の国境線まで直ちに撤兵することを要求。それに応じない場合は核兵器による掃討も辞さない強硬姿勢を明らかにした。
ソ連最高指導者ミハエル・ゴリビーはこれを奇貨として、GAU彗星の接近は米国が用意した陰謀である説を唱える、頑迷で教条的な反米強硬派を硬軟折り合わせて説得し、泥沼化して収拾がつかなくなっていた第三次中東戦争から、イラクとシリア、イスラエルを切り捨てて足抜けに成功。飽く迄も戦争の続行を唱えるこれらの国々を、東欧諸国や満洲国もソ連に倣って見捨てて帰国の途に着いた。
そしてソ連始めとするほぼほぼ正規軍の義勇軍が撤兵した後も残って侵略を継続した国々に対し、西側諸国は国連加盟国の大半の同意を取り付け、地中海とペルシャ湾、イランとサウジアラビア、エジプトなどから情け容赦無い全力攻撃を行った。
人類社会全体の危機に際してもなお自国のみの利益を追求する国々を、国際社会は足手纏いとして切り捨て、足を引っ張られる前に、文字通り泣いたり笑ったり出来なくしてやったのだった。
そうした一幕を挟みつつも、米ソ両国がそれまでの対立を投げ打って協力して人類社会の危機に臨む姿勢を見せたことで、漸く四〇年近くに渡って続いた東西対立は解消されたのだった。