日本国は手を抜けない ―IF― 日本国はスターゲイザーのパイを食うか?(3-ハレー彗星ルート5)
「バンシィ級彗星邀撃機母機は、GAU彗星邀撃のために開発された成層圏プラットフォームである。通称、「空中空母」。
本機は彗星邀撃機の中でも特に過酷な、「邀撃対象と同時に突入してくる大小様々な破片の驟雨を掻い潜って邀撃対象に邀撃ミサイルを叩き込む」能力を持つ、ごく一部のエースパイロットらによる彗星邀撃隊を使用機材と共に邀撃戦域まで空輸し、空中投下によって発進させることを主目的としている。
本機の導入により、彗星邀撃隊は基地または航空母艦から戦域まで移動する往路の負担(場合によっては戦力再配置の為に空中給油を繰り返し長時間のフライトを熟さなくてはならない)が減り、数が限られている彗星邀撃隊の戦略機動性は格段に高まった。
機体構成としては、ごく単純に楕円形をしたリフティング・ボディの胴体に、高アスペクト比の主翼、胴体後方へ伸びる双垂直尾翼と、双垂直尾翼の上端同士を繋ぐ形で渡された水平尾翼という形を取っている。双垂直尾翼の真下の胴体はカーゴランプとなっており、彗星邀撃隊の機体は本機によって空輸され戦域に到達した後は、抽出傘と呼ばれるドラッグ・シュートによってこのカーゴランプから空中へ放り出され、補助ロケットによって下方に加速した後、安全な距離に達してから補助ロケットによる弾道飛行へ移行し、彗星を邀撃する。
本機は彗星邀撃隊の機体(F-4MS/F-14J2/F-15RN)を通常二機、最大四機まで積載可能であり、彗星邀撃隊機を放出後は、翼下に携行する「ペガサス」空中投下型超大型彗星邀撃ミサイルを彗星邀撃機からのデータリンクによる中間誘導・発射指令が行われるまで戦域の端に留まる。「ペガサス」投下後は彗星邀撃機再積載の為、最寄りの四〇〇〇メートル級滑走路のある基地へ帰投する。
なお、彗星邀撃機の空中再収容は不可能ではないが(実際に再収容訓練は何度も成功させている)、彗星邀撃後の心許ない残燃料で、戦域の端の高度一万メートルを遊弋する本機に帰還するのは「余り現実的ではない」とされ、最寄りの航空母艦ないしは地上基地への帰還という形が取られたという逸話がある。……(インターネット百科事典「バンシィ級彗星邀撃機母機」の項目より抜粋)」
「地上から、海上から、空中から、盛んに途切れることなく打ち上げられるミサイルの軌跡と、その終端に描き出される花火。非常時でなければずっと眺めていたいぐらいの、美しくも洒落になっていない絵図。その中に、今から「私」達は突っ込む。
大丈夫、地獄の様な訓練では、一〇〇〇目標単位の襲撃を掻い潜って何度も邀撃目標にミサイルを打ち当てたのだから、と何度も自分に言い聞かせる。
エアインテーク下後方に搭載した補助ロケットによる弾道飛行で、高度二〇万フィートまで上昇した後、弾道の頂点で燃え尽きた補助ロケットを切り離して、後は高度十五万フィートまでゆっくりと降下したF-14J2は、現在戦闘機動可能なギリギリの速度である遷音速まで減速している。
真正面、AN/APG-71レーダーの探知限界である四〇〇キロメートルよりも遥か向こうに、既に断熱圧縮で白熱したベータ・スリーの巨大な破片群が見えている。
想定よりも脆かったGAU彗星の破片群は、断熱圧縮による熱と衝撃により四分五裂し、徐々にその大きさを縮め乍らも、尚もその主塊であるベータ・スリーを始めとして、依然として百メートル以上級の破片が幾つも残っていた。不幸中の幸いなのは、ベータ・スリーより後の破片は直径三〇メートル以下であることが確定していて、詰まりベータ・スリーさえ完全に破砕してしまえば、取り敢えず人類滅亡級の被害は避けられそうなことだ。
とは言え、それもラスボスたるベータ・スリーを破砕出来なければ何の意味も無いわけで。と、改めて自分達の任務の重要性を再認識した所で、接近警報が鳴る。
「スカイアイ(※編注:この戦域の邀撃管制指揮官の呼び出し符牒)よりシーグルズ、間もなく破片群が貴隊の射程に入る」
「シーグルズ・ワン、ラジャ」
「破片群の掃蕩率は五〇パーセントと推定。貴隊が破片群に突入後、およそ三分で主目標が射程に入る。……不甲斐ない掃蕩率で済まない」
思わず零れたのであろう、スカイアイの苦渋に満ちた言葉に、けれど隊長機は、莞爾として応えた。
「気にするな。皆、死力を尽くした結果だ。後は俺達に任せろ。後は俺達の被撃墜ゼロ、任務達成率一〇〇パーセントの勝利の女神様が何とかしてくれるさ」
「ちょっと隊長!?
「私」一人に何とかさせる積もり!?」
「シーグルズ・ワンよりシーグルズ・ツー、冗談だ」
「……スカイアイより各機、私語は慎め。
破片群接近まで二十秒! カウントダウンを開始する。
十五……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、」
「「「「シーグルズ、エンゲージ!」」」」
「人類史上最も長い三分間」と後に呼ばれる様になるそれは、こうして始まった。……(前出の一自衛隊員の手記を脚色したもの)」