盗賊の教育係
与えられた私有地で悪さをする盗賊を捕らえたら、私の好きなようにしていい。グレゴリオからはそのお墨付きをもらっているので、彼らを教育し、オーガと共存する村の住人になってもらおうと考えている。
平民には魔力がないため、私を見た者たちは怯えてガタガタと震えていた。竜の血族である証の瞳は魔力の強い者以外を恐怖させてしまうのだ。私が直接指導するのは難しいだろう。
(となれば、協力者が必要だな……よし)
それにふさわしい者たちがいる。共にこの場までついてきてくれたリヒトを振り返った。
「リヒト、空に何かわかりやすい目印を上げてくれないか? 狼煙でもいいんだが、リヒトが魔法を使ってくれた方が私たちが来ていると分かりやすいはずだ」
「ん、分かった」
リヒトが軽く空を指しながら指を振る。すると青い空には様々な色の絵が浮かび上がった。夜であれば光り輝くその魔法は、昼間であるためか非常に彩り豊かだ。
描かれているのはジャイアントボアやホーンラビットと言った、獲物になるような動物たちである。そんな絵を盗賊の少年たちもぽかんとした顔で見上げていた。
(まだ子供だからな。こういうものには興味を持つか。……うむ、少しは恐怖が薄れたようだな)
子供が間違った道を歩んだ時、厳しくしかりつけて正しい道へと戻してやるのが大人の責務というものだ。彼らは道を踏み外した。これからは誰よりも正しく生き、過ちを認めて償うように生きなくてはいけない。
(そうせざるを得ない状況になった時、誰でも過ちを犯す。私とてオーガに拾われ育ててもらわなければ、正しく生きる方法も分からず、生きるために盗みを働いたかもしれない)
だから正しく生きる方法を教える。それは私よりも、彼らが適任だろう。私に正しさを教えてくれたのも、彼らなのだから。
「さて、お前たちを指導する者が来るまで今後の予定でも話しておこう。まず、お前たちには私の作る村の住人となってもらう」
「……住人? 市民権を……く、くれるのか……?」
驚いたようにこちらを見て、目が合った途端にびくりと肩を跳ねさせたのはリーダー格の少年だ。これ以上怯えさせることもないか、と目隠しのついた帽子をかぶりながら「そうだ」と答えた。
これはグレゴリオから事前に得た情報だが、盗賊、特にその子供である場合は、一度も市民として登録されておらず、戸籍が存在しない。戸籍がなく住民としてどのような地区にも属せないので、家を買うことも借りることもできず、まともな仕事にもつけないのだという。
しかし戸籍を作るにはまた煩雑な手続きや信用のある保証人が必要であり、身元保証人のいない子供が戸籍を手に入れられるはずはない。そんな子供盗賊が大人になりまた子供が生まれれば、同じことの繰り返しとなる。これは国としても頭の痛い問題のようだ。
「牢屋に……入れるんじゃなく……?」
「ここは私の私有地なので好きにしていいと言われている。ちょうど村を作りたかったのでな、住民として暮らしてもらおう。自分たちで暮らしていけるよう、しっかり働いてもらうがな」
私の言葉を聞いた彼らは嬉しそうに、隣の仲間と顔を見合わせている。彼らとて盗み以外で生きていけるならそうしたいと思っていたのだろう。
彼らはまだ幼い。人間の子供はあまり見たことがないのではっきりとは分からないけれど、オーガの年齢なら三十歳前後の見た目ということは、成長速度が三倍ほど違う人間の年齢では十歳前後のはず。それならまだやり直すのは遅くない。
「……普通に牢屋に入って、更生施設の方が楽だっただろうに」
ぼそりとリヒトが呟いたので、私はその言葉に首を振った。16歳以下の子供が罪を犯した場合、重い刑罰は科されない。しばらく牢で過ごした後は更生施設に送られ、その後また外に出されるのだという。
「そこはあまり意味がないと聞いた。結局大人になるまで同じことを繰り返して、最後には悲惨な末路が待っていると」
罪を犯す子供はそうせざるを得ない環境にいる場合が多い。更生施設に入ったとしても、外に出ればまた元の生活に戻ってしまう。そうして大人になるまで罪を重ね、最終的には重い罰を科されることになる。
犯罪者の証の入れ墨を施されて一生日陰者になり、裏稼業しかできない。その後また捕まれば処刑だ。やり直す機会にはそう恵まれないのである。だからこそ、私がそのやり直す機会となるつもりだ。
「だから私は彼らをしっかり更生させたいのだ」
「うん、ロメリィの善意はよくわかる。……でもたぶん、あいつらは更生施設送りの方が楽だったって思うだろうな」
「何故だ?」
「ロメリィには分からないかもしれない」
リヒトは苦笑しながら山の方を見た。軽い地響きを立てながら、赤い体の集団が駆け降りてくる姿が見える。随分到着が早いので、よほど急いできてくれたのだろう。
「な、なんだ……? 軍隊か? 騎馬隊がきたのか?」
「ちがう、だって山の方から……」
地響きに気づいた子供たちが山を振り返った。やがて現れたオーガの集団を前にして、数人が気を失い倒れてしまう。
そんな子供たちに、心配したオーガが駆け寄って抱き上げているが、さらに気絶者が増えてしまった。……そういえば、すっかり忘れていたがオーガのことを人間は魔物だと言って恐れているのであった。それでは怯えもするか、と納得する。
しかし共に過ごせばすぐに彼らが強く優しく頼もしい存在だと理解できるだろう。
「心配するな、味方だ。今日からお前たちを指導し、正しく生きられるようにしてくれるよう頼んでおく」
「……は……はは……」
リーダー格の少年が小さく笑い声をあげた。心強そうな教官たちに喜んでくれたようで何よりだ。
普通の人間はオーガに指導されて喜ぶなんてないんですよロメリィさん
本日はコミカライズ配信日です。ついにロメリィがマナーを脱ぐ回。是非よろしくお願いします。
それと新作を始めました。マンドラゴラ転生な異世界ファンタジーです。お暇がありましたら是非、覗いてやってください。




