小さな盗賊団の首領
トビーは小さな盗賊団の首領だ。スラムで育ち、親を持たない子供と徒党を組み、盗むことで命をつないできた。そうしなければ生きられなかったし、それ以外の生き方も知らない。スラム育ちの盗人がまともな職につけるはずもないのだから、こうして生きるしかないのだ。生まれた場所のせいであって、トビーや仲間たちは何も悪くない。
(金持ちは楽をして生きている。ちょっとくらい財を分けてもらったっていいだろ)
命まで取るわけでもない。どうせやつらは家に帰れば大量の金を持っている。生きるのに困らない連中だ。
金目の物と食料を奪って解放する。トビーたちは生きたいだけなのだから、誰かを殺すとすればそれは自分たちの命を狙われた時くらいのもの。道理にもとる行いはしてない、盗賊としては綺麗な生き方をしている方だろう。
「トビー! 見ろよあれ、いい獲物が来たぜ!」
仲間からの呼びかけで双眼鏡を覗く。派手ではないが品のいい馬車がたっぷりと荷物を載せた荷車を一台連れてこちらに向かってきていた。しかも護衛らしき姿も見えず、貴族のお忍びと言った風情だ。
(運がいいな。本当にまったく、ここはいい拠点だよ)
放棄された山の麓の村。それが今のトビーたちの拠点だ。どうやら背後の山にはオーガが住んでいるらしいのだが、そもそもオーガとは深い山の中にいて、人の住む区域まではやってこない魔物といわれている。それでも討伐隊はオーガを恐れるようで、山に逃げ込めば追ってこない。
この村の近くには大きな道が通っているので、王都へ行き来する馬車がよく通る。獲物も狙いやすい、という訳だ。……最近は馬車の数が減っていて、そろそろ懐が厳しくなってきていた。本当にいいタイミングで獲物が現れてくれた。
「よし、行くぞお前ら。いつもどおりだ」
「おう!」
まずは少年と呼べるほど若い数人が馬車の前に飛び出す。そうすれば、御者は驚いてまず馬を止める。子供相手に困惑したり、危ないと叱ったりする御者に近づいたら、馬で逃げられないようにするためにまず御者を捕まえて引きずりおろすのだ。
今回もそうするつもりだった。しかし馬車はトビーたちが姿を現すより先に速度を落とし、村の前でゆっくりと止まった。
(なんだ……? 金持ちがこんな村に用があるとは思えないけど……休憩? いや、でもわざわざここで休む理由はない)
この村は小さく、商業施設や大きな宿屋も存在しない。それにトビーたちがこの村に住み着いて随分立つ。討伐隊が出されたこともあるくらいなのだから、この辺りが危険なのは噂となっているはずだ。避けこそすれ、立ち寄る理由はないはずなのである。
「止まったぞ、行くか?」
「いや、少し様子を見る。……誰か出てきたな」
まず馬車から降りてきたのは線の細い男だった。まだ十代だろう、どことなく気弱で大人しそうに見える。しかし身なりはいいので貴族だろうし、貴族であれば魔法という力を持っているので見た目で強さは測れないが、それにしても弱そうだ。脅せば簡単に泣きそうなボンボンといった印象だ。
続いてその男の手を借りて馬車から降りてきたのはどうやら女だ。ヴェールを被って顔を隠しているが、洗練された美しいその所作は高貴な人間に違いない。
男はその女をとても慕わしそうに見つめている。そこでトビーはピンときた。
(ははーん。さては密会ってやつだな)
知られてはならぬ恋人同士が、人目がないだろう場所へとやってきた。貴族は平民の話に耳を傾けないものだし、領主でもなければ領地内の盗賊騒ぎなど気にしない。他所の貴族がよく知りもせず、愚かにも盗賊の住処を逢引の場所に使おうとした。そういうことだろう。
「問題なさそうだ。護衛もない、若い貴族の男女の密会。ちょっと脅せばたっぷり金がもらえそうだぞ」
「よし、いくか!」
そうして各々武器を持ち、十人程度で貴族の男女を囲んだ。トビーも脅し用の拳銃をちらつかせながら、仲間たちより一歩前に出る。
「よう、俺たち金に困ってるんだ。大人しく金目のものと食料を渡せ。そうすれば――」
「お前たちが盗賊か? ふむ、子供ばかりだな」
それは女の声だったが、盗賊が現れたことへの恐怖も、盗賊の集団が子供であることへの困惑もなく、よく通るはっきりとした強い声であり、予想外の反応にこちらが困惑した。
女がヴェールを外すと輝くような金の髪が現れる。彼女のヴェールを傍の男が預かると、女はまっすぐにトビーを見つめた。
(あ。……無理だ)
まるでトカゲのような縦長の瞳孔を持つ、桃色の瞳と目が合った。瞬間、奥歯がぶつかってカチカチと音を立てる。あれに逆らってはいけない。勝てない。本能的に恐怖し、服従したくなってしまう。
目の前の女は本当に人間なのか。彼女の背後の仲間はともかく、正面に立った仲間たちは皆似たように震えていた。
「何、お前たちは知らないだけだからな。私が正しく生きる方法を教えてやろう、安心するがいい」
女は美しい顔に猛々しいほどの笑みを浮かべてそう言った。安心しろと言われても、安心できるはずはない。そんな女を惚れ惚れする、と言わんばかりの顔で普通に見つめていられる隣の男も訳が分からなかった。
その女が一歩踏み出すと、静かだったその場に発砲音が鳴り響く。恐慌状態だった隣の仲間が脅すために構えていただけの銃を撃ってしまったらしい。皆で取り囲んでいるのに銃など撃てば仲間に当たる可能性もある。慌てて玉の行方を捜したが、地面にめり込んだ様子も誰かに当たった様子もない。……弾はどこにいった?
「これはなんだ? 金属の塊のようだが」
女が指の間に挟んだ銃弾を物珍しそうに見つめている。……まさか撃たれた弾を素手でつかみ取ったのだろうか。そんなことが人間にできるのか。これが、貴族の魔法というものだとすれば平民が勝てる道理はない。
「銃弾だ。……貴族には魔法があるからあまり使われないけど、平民がよく使う武器だな」
「火薬のにおいもするな……なるほど、爆発を起こしてこれを撃ち出すのか。だが危険だ、人に当たれば怪我をする。他の仲間に当たるところだったのだぞ? やれやれ、武器の扱いも教えてやるべきだな。お前たち、そこに並べ。一から教育してやる」
銃で撃たれても平然とそれを止めて、怒りすらせず教育をするという奇妙な女を前にして、トビーは頬を引きつらせるしかなかった。
これに逆らえるはずもない。大人しく銃を落としたトビーを見て、仲間たちも次々に武器を降ろした。……これからどうなってしまうのだろう。ただ蛇を前にしたカエルのように、いや竜を前にしたカエルのように縮こまりながら、自分たちの無事を祈るしかなかった。
弾丸を素手で掴んだロメリィに惚れ惚れするリヒトに恐々するトビー。
本日はコミカライズ更新日です。
ロメリィが岩を砕くあのシーンです。是非よろしくお願います!




