隣国の王族
バルナムーン王家の第三王子ジャハルと第二王女ルナサーラは留学生として、友好国であるドロマリア王国の魔法学園へとやってきた。
友好国らしい交流の一環、というのは建前に過ぎない。二人は父王より密命を受けている。――曰く「ドロマリアの竜の子を我が国へ引き入れろ」と。
二人は学園内にある学生寮で暮らすこととなっており、両隣の部屋を使っていた。二人の部屋は建物の三階にあり、二階にはリヒト=ガージェの部屋がある。これはこれで大変都合が良い、とジャハルは考えていた。
「兄さま、どうする? 当初の予定通り、とはいかないよね」
妹のルナサーラはジャハルの部屋で探知魔法を使い、何の魔法の仕掛けもされていないことを確認した後につぶやいた。探知や捜索など細かい魔力の操作と感覚が必要な魔法は、ジャハルよりもルナサーラのほうが優れているため、部屋を調べてもらったのである。
「そうだな……竜の子を引き入れるのは恋仲になるのが一番簡単だが、すでに相手がいるなら不可能のはずだ。実際、ロメリィはリヒトしか見ていなかった」
竜の子孫であるジリアーズの子は、生涯に一人だけを見初めるという。その相手を死ぬまで変えることはなく、その相手の間に一人しか子供を儲けない。
だからジリアーズに惚れられさえすれば簡単な話だった。しかし今代のジリアーズであるロメリィは、すでに相手を定めてしまったあとのようだ。
今日はロメリィ、リヒトの両名と共に昼食を摂り、その様子を観察していたのだが二人の仲睦まじさを見せつけられることになった。
(惜しいな。……相手が定まっていないなら、本気になりたいところだったのに)
凛とした佇まいからは気品と同時に気迫を感じ、美しい所作なのにまるで磨かれた剣のように鋭い気配。貴族令嬢なのは間違いないが、おそらく相当強い武人でもあるだろう。強さと美しさのどちらも兼ね備えた女性がジャハルは好きだ。
在学中に一度くらい手合わせを願ってみたいとも思う。しかし令嬢に対して手合わせを願うのはさすがに礼儀に反しているので、あきらめるしかなさそうだ。
相手を威圧する竜眼は、リヒトに向けられる時だけ柔らかく見える。自分を見据える桃色のその目は猛々しく映るのに。一目で間に入る余地などないと分からされた。
「国内だったら兄さま、モテモテなのに……」
「品のない言い方をするんじゃない。お前だって見向きもされなかっただろう?」
その愛情がロメリィの一方通行ではないこともすぐに分かった。どうやら二人は本当に仲の良い婚約者同士のようで、周囲も二人の仲の良さを好意的にとらえている。
ジャハルとルナサーラは優秀なドロマリアの貴族を引き抜くため、時には恋愛の駆け引きも使うようにと命じられていたわけだが、その優秀な二人が仲睦まじい恋人なのだからその方法は使えないと初日から判断したのである。
「リヒトもロメリィしか見てないからね。もうぞっこん、べた惚れだよ」
「だから品のない言い方をするんじゃない」
バルナムーンでは貴族と平民の関わりが多い。王族であっても、平民と直接言葉を交わす、交流の場が設けられるくらいには、貴族と平民が親しく信頼関係を築く国なのだ。
活発なルナサーラは正式に設けられた場以外でも平民の街に降りては彼らに交じって遊び、声を聞いているために、言葉遣いが平民寄りになってしまっている。
彼女から聞く民衆の声は政治にも活かせるし、役立つのでその行動がとがめられることはないにせよ、王族なのだからせめて言葉遣いくらいは気を付けるべきだろう。他国にいる時なら特に、だ。
「優秀なドロマリアの若い貴族を落として連れて帰れって話だけど、一番優秀なのが竜の子とできてるんだもんね」
「…………まあ、でもそれは都合よくもある」
妹の言葉を一々訂正していては話が進まないと諦めたジャハルは、今日昼食を共にした二人を思い出した。
竜の子孫、ロメリィ。その婚約者、リヒト。
ロメリィは貴族令嬢とは思えぬほど武の気配を放っており、相当の手練れであることが一目で分かった。魔力量もたいしたものだがそちらはリヒトの方が上回ると、魔力に関して確かな目を持つルナサーラが断言している。
リヒトの方は強大な魔力量を除けばその所作も言葉遣いも平民そのものである。しかしそれだけの魔力を持っていて平民だ、ということはありえないだろう。彼はつい先日災害で亡くなったと思われていた貴族の子だったことが判明し、これから貴族としての作法を学ぶらしい。
(部屋に入った瞬間からあの二人は目を引いた。……実力も、雰囲気も、他のドロマリア貴族と全く違う)
教室の中で浮く程抜きんでた力量の二人は特殊な出自の貴族であり、なんとどちらも元平民暮らしなのである。
ロメリィに関しては所作が美しいので、去年までは平民として暮らしていたといわれても信じられない。しかも「オーガに育てられましたの」などと本人はありえない冗談を言う。
おそらく、自分を育てた家を守るための嘘なのだろう。少なくとも裕福な富裕層の、貴族に近い家柄だったと思われる。いや、あの武の気配から察すると武力でのし上がった家なのかもしれないが。
「二人とも、ドロマリアの貴族として育っていない。平民として生きてきたなら、今の生活は息が詰まるだろう。だが、我が国なら……」
「あ、そうだね。たしかに二人ともバルナムーンの方が暮らしやすそう。でも……ドロマリアが、二人を手放すとは思えないよ」
「そこなんだが……ドロマリアの王族は、ジリアーズに逆らえないんだ。ジリアーズが望むなら、大きく反発はできない。ロメリィと親しくなり、彼女が我が国を気に入れば……交渉の材料になる。彼女が我が国の味方をしてくれさえすれば優位に立てると言うわけだ」
竜の子孫であるジリアーズは唯一無二の存在だ。たった一人で、国同士のパワーバランスを動かせる存在と言っていい。圧倒的魔力量と竜の子という伝説的ステータスを掲げ、国の象徴として祭り上げられる。……その竜の子を凌ぐ魔力量保持者がいる、というのも恐ろしい事実だが。
ただあの二人と友好的な関係さえ築ければ、バルナムーンにとっては大きな利益を生むだろう。
「なるほど。つまり……ロメリィとリヒトと仲良くなっちゃおう大作戦ってことだね?」
「…………その言葉選びのセンス、どうにかならないか?」
「じゃあ、目指せ! 親友大作戦」
「……お前に聞いた私が馬鹿だったよ」
平民と言葉を交わしすぎた弊害か、ネーミングセンスが妙に悪い。そんな妹の将来を少々心配する兄として、小さくため息をついた。
留学生の二人はそんな思惑でした。仲良くなろう大作戦です。
でもオーガに育てられたのは本当ですよ。まだ中身オーガなのはばれてませんね。
本日はコミカライズ更新日です。
ババリア夫人のマナー講座をうけます。よろしくお願いします!
作品の感想はいつもうれしいです、ありがとうございます。
感想ではなく、ずっと作品に関係のない話を書くのは、感想欄を楽しんでいる方もいらっしゃるのでどうかお控えください。




