オークションで綺麗なエルフを見つけたので、意地でも買いたい金持ち貴族たち
ここは貴族たちが集まる、裏社会の会場だ。
行われていることは様々、ギャンブルであったり、普通では手に入らない高級商品の売買であったり、王家が独占している情報交換であったりと。この集まりは年に一度あり、私達貴族はこの日だけは絶対に休みをいれている。
そしてついに、目玉である最終イベントが開催された。
オークション──それが最終イベント内容である。
皆はあらかじめ指定されていた席に着いており、今までとは比にならない静けさに包まれた。現に私も緊張で身体が硬くなっている。
一度深呼吸をし、その瞬間を待った。
パチッと、舞台にスポットライトが当てられた。そこに我が国一番の商人が現れる。毎年このイベントを主演するお方だ。
「ついに、この瞬間がやって参りました! 今回も素晴らしい商品が手に入りましたので、ご期待ください。このイベント仕様は、既に皆様方もお分かりだと思いますが、一応説明しておきます」
要約すると、どの商品にも相場の値段があり、その値段で商品は売られる。だが当然商品は一つしかなく、欲しがる人も多いため、値段でその商品を競うのだ。そしてその最高値を付けた人が落札という仕組みである。
「ではでは、早速始めていきましょう!」
主演者がそう言うと、舞台の奥から一つの商品が運ばれてきた。他の貴族たちはそれに顔を近づけ、それが何なのかを確認しようとする。
「今年初のオークションを飾る商品は、これです! 表社会では絶対に手に入らないアーティファクト──炊飯器です! これは、このように……」
主演者はあらかじめ用意されていた米を炊飯器とやらに入れて、魔力を流しだした。数秒魔力を流すと、またその炊飯器の蓋を開けた。そして出来たものを見て私は目を疑う。
「……魔力を流すと米が一瞬で炊けるのです! どうでしょうか! これ程素晴らしい商品はあまりありませんよ! 最低価格は金貨十枚から!」
周りの貴族たちは一斉に雄叫びを上げだした。盛り上がってきたのだ。
米は高級食材であり、また炊くのも時間がかかる。それをこんなにも一瞬で炊ける魔道具など、私は初めて見た。さぞ欲しがる人は多いだろう。
だが、これではない。最初に主演者が言った素晴らしいというのはこれではないのだ。その素晴らしい商品は決まって、最後にくる。だから私はこの欲求をじっと我慢する。
はいはい! と色々な人が手を上げ、主演者は片っ端から当てていく。
「金貨九十九枚!」
「おおっと! ここで金貨九十九枚が出ました!! さてこれを上回る人はいるのでしょうか! どうでしょう!」
金貨九十九枚が出た瞬間、一斉に貴族たちの手が下りる。
「おお? 金貨九十九枚で落札か!?」
そう言った瞬間、一人の貴族が手を挙げた。皆はその貴族に目を向ける。
主演者も二ヤリと頬を吊り上げ、その貴族を指した。
「白金貨一枚、で……」
「来ましたああああ白金貨一枚!!」
会場は大いに盛り上がる。そう、白金貨はこの国一番の貨幣であり、並みの人間であれば持ち合われていないものがほとんどだ。それ程の貨幣を出す貴族に、皆は勇気ある青年よ! などと称えだした。
そしてばったりと手を挙げる人間はいなくなる。
「ということでこの炊飯器は白金貨一枚で落札!! 初めからすごい盛り上がりを見せてくれました! ですが、この闇オークションは始まったばかり、まだまだ商品はあります!」
主演者が言う通りこのオークションはまだ始まったばかりだ。どれが良い商品かをしっかりと見定めなければならない。
それからというもの、主演者は色々な商品を紹介していった。
魔力を流すと炎が出る剣や、一度見たら一生忘れられないであろう輝きを放つ宝石など、様々な最高級商品が紹介されていく。時には、白金貨十枚で落札するものや、白金貨百枚で落札するものもあった。
だが私はまだ手を上げない。本番は今じゃないと。私と同じ目的の人はかなりいるだろう。だが、このために私は何年も貯金してきた。なんでも勝ち取る自信があるほどに。
「さてさて、お遊びはここまでということで、これからメインに移っていく!」
主演者がそう言うと、会場の雰囲気がガラリと変わった。先程までの盛り上がるを忘れるほどに緊張に包まれる。
「今から紹介する商品は──奴隷です! でもただの奴隷ではありません……」
この世界には奴隷商というものがある。だがそれはそう皆が願うものではなく、何かしら欠陥を持った奴隷ばかりだ。右手を失った人間や、耳が聞こえない獣人や、病気で動けないエルフなど……。更に値段は高いしで、物好きの金持ちや、変な趣味を持った貴族しか奴隷を買う人はいない。
だが、この奴隷オークションは違う。
「今から紹介する奴隷は、何の欠陥もない完璧な奴隷です! ただ少し値は張りますが、買う価値は十分にあるでしょう!」
そう、この一年に一度開催される闇オークションは奴隷まで取り扱っているのだ。それにそこら辺の奴隷商とは違って何の欠陥もない完璧な奴隷という誰もが目を向けるものであった。
「ではまず一人目……」
そう言って奥から連れてこられたのは、黒髪の獣人女だった。それも猫種族。羽織っているのは白い衣一枚だけ。身体のラインもしっかりと確認できる。一級品と言って過言ではない程の上ものだった。
貴族たちは目を輝かせる。変な息遣いをするものまで現れる。私もおおっと感嘆の声を上げた。
これは素晴らしい……。
その猫獣人は、手を鎖で繋がれていて、絶対に逃走出来ないようになっている。目元は涙で滲んでいた。
酷だなと思う。私も共犯なのではあるが、どうしようもないことだ。せめてまともな人間に買い取ってもらいたいところである。
私が落札してもいいのだが、やはり一番の目玉ものを落札してみたい。なので、我慢だ。
「こんなに美しい奴隷はなかなかいませんよー! さて、最低価格は白金貨十枚から!」
そしていつものように、いや先程よりも手の挙がりようが半端ないほどに貴族たちは声を上げる。また慣れた手つきで当てる主演者。
「百三十枚!」
「百三十枚出ました!!」
「二百枚!」
「おおっと、二百枚が出ました!! 他にはいますか!」
「うー、三百五十枚!」
「三百五十枚出ましたあ!」
手は一向に下がらない。底辺貴族たちは苦い顔をしていた。三百枚越えの白金貨を使うなどありえないことだと。でもそれ程にこの奴隷は価値のあるものだった。
「七百五十枚!」
「おおおどんどん記録が塗り替えられていく! 白金貨七百五十枚! これ以上支払う人はいるか! どうだ!」
だが、もう皆は諦めの態勢に入っていて、誰も手を上げない。もうこれは決まりであろう。
「白金貨七百五十枚で落札だあああ! 素晴らしい! では後ほど奴隷の契約をするから残っていてください」
落札したのはある地域の領主である、中年のおっさんだ。評判も悪いため、これはどうかと思うが、金には勝てないであろう。どうせされることはわかっている。
どうかそこの獣人、良い待遇を願うよ。
「さて、まだ奴隷オークションは終わりではありません!」
主演者は続けた。会場の盛り上がりは一向に冷めない。
犬獣人や、綺麗な女性等、貴族が喜ぶものばかり紹介される。主に男の貴族が多いため紹介されるのも女の獣人や人間ばかりだ。まれに幼女なども出てくる。幼女を落札する人はどういう目的なのだろうか。
だが猫獣人の白金貨七百五十枚を上回るものはなく、あれが二番目の目玉商品だったのだとわかる。
そしてついに、私が待ち望んだものが来た。
「これで、次が最後になります!! 楽しみですねえ、今回の目玉商品なものですから。では連れてきてください」
そう言って連れてこられたものは──
私がこんな感覚に陥ったことは初めてだった。それは一目惚れと言ったらよいのだろうか。
──綺麗な女エルフだった。
会場が今日一番の盛り上がりを見せていた。
真っ白な綺麗な肌。肉付きの良い四肢。目を見張るほどに完璧に彫刻されたような二つの山丘。腰にかかるほどの、ここからでもわかるよく手入れされた美しい金髪。エルフは長生きするため年齢が分かりずらいが、恐らく若いだろう。
そして美人、で済ませたくない程の神が創ったような完全なる美貌。
私は、この子を落札すると心に誓った。
だがそう誓う人は少なくなく、私一同前のめりになって手を挙げる準備をしていた。
「どうでしょうか!! このエルフは別の大陸で見つかった孤児です! 私がしっかりと管理し育てましたので、処女だと断言します! 早く売ってもらえないと私の精神も持ちません! どうか、この子に見合う買い手が付きますように! 最低価格は……白金貨五百枚から!」
大きく出たな。白金貨五百枚以上出せる人は──
──何!?
おかしい、手を挙げる人が多すぎる。底辺貴族まで手を挙げていやがる。借金をするつもりなのだろうか。でもそれも、これ程までに美しいエルフは一生見れないだろうし、そんなものなのだろうか。
「七百六十枚!」
「おおまたもや記録を上書きする! 白金貨七百六十枚! これを上回る人は誰だ!」
「八百七十枚!」
八百枚を越え少しは手が下がるものの、まだ多くの人が挙げている。白金貨八百枚……豪華な一軒家を買っておつりがくるほどだ。
だがまだまだ値段は上がることを私は知っている。
何故かって……。
そこである貴族が手を挙げた。その瞬間場が静寂に包まれた。
「おおっとお! 先程まで不動だったお貴族様が手を挙げたああ!」
周りの貴族たちは隣同士コソコソと何やら話し始めた。
「レーモンド! 希望額はなんだ!」
──レーモンド。王家の次に偉い貴族だ。首都を除いた一番大きい地域を独裁する、貴族達から嫌われた貴族。
貴族を降ろしたいところなのだが、いかんせん王家の子供ということでなかなか上手くいかないらしい。当然私も苦手だ。
そして私はこいつが手を挙げることは知っていた。それに巨額の値段を出すことも……。
「……一千枚で」
「うおおおおお一千枚!! これは大きく出たあ! どうだあ一千枚を上書きするものはいるのだろうか!」
白金貨一千枚、これ程の貨幣を出すやつはいないだろう。何故なら出せたとしても、当然後の生活が崩れるからだ。食費など話にならない程に。だがこいつは違う、独裁者故に巨額の税金を集めるレーモンドなら出せるであろう。
「手は上がらないぃ! どうだあ! これで白金貨一千枚で落札かあ!?」
皆渋い顔をする。
やれやれ……私の出番か。
皆が手を挙げなくなったタイミング。レーモンドは当然といったような顔をしている。その顔を壊すのが私だ。
そっと私は手を挙げた。
「おおっとおお……おっと……? あなたは……!?」
そこで皆私の方を見て驚く。レーモンドの時とはまた違った反応だ。
「辺境の領主、アシュルぅぅうう!!」
「……あいつ、お金あったのか……?」「いや、平凡な屋敷だったような気がするし」「もしや貯めていたとか……」「あるな」
ふっ、この雰囲気が最高だ。
「白金貨二千枚で」
私はそう言った。
「…………白金貨、に、二千枚来たあああぁぁぁぁああああ!! 過去一番の記録だああああ!!」
主演者はこれ以上に無い雄叫びを挙げていた。皆も目を丸くして驚いている。
当然であろう。白金貨二千枚程の巨額を払う人などいないだろうからな。……あいつを除いて。
「なん、だとおお!? レーモンドがまたもや手を挙げたああああこれは熱いいぃ! 歴史に刻む勝負だあああ」
レーモンドは、見たらわかる。相当頑固な奴なのだ。一度やると決めたからには貫き通す。良い方向にその性格がいけばいいのだが、それが悪い方向にしかいかないため相当もったいないやつなのである。
「……三千枚でどうだ」
「さ、三千枚ぃぃいい!! はぁはぁ、息が……」
主演者ももう喉がガラガラだ。かわいそうに。だがすまない。もう少し叫んでもらおう。
「ぅおっとおおアシュルがまたもや手を挙げたあああ!」
これで蹴りを付けよう。
「白金貨五千枚だ。これでいいだろう」
「ふぅふぅ……これは辛い……! 白金貨、五千枚だああああ喉があああ」
レーモンドがこちらを見る。殺意に近い目だった。
私もレーモンドを見て、皮肉な笑顔を見せる。そんな私を見てレーモンドは怒りに燃えたのか、顔に血管が浮き出るほどに赤く染め、手を挙げた。
「待ってましたあああレーモンド! さて、何枚出すのかああ」
「…………白金貨七千枚だ。アシュル、貴様後で覚えておけよ」
「七千枚!! そして急な脅迫! これは素晴らしい! アシュルは一体どうするのか!?」
「はっ、想定内だな。まさか、私がそれ以上の貨幣を出せないとでも?」
「なんだと……?」
「傍観者は黙って見ていろ。白金貨、一万枚で頼む」
そう私が言った瞬間、この会場内は過去一番に沸いた。外に聞こえてもおかしくない程に、誰もかしこが感嘆の声を上げた。
白金貨一万枚、これだけあれば一つの町を作れる程の値段だ。そんな大量な貨幣を手放すのは、頭がイカれているやつしかいない。
当然その部類に私は入るわけで……でもこれは計画の内だった。
「うおおおおぉぉぉおおお!! 白金貨、一万枚いいいいぃぃいい!! これは流石のレーモンドでも払えないだろう!!」
そう、主演者が言った時だった。
「誰が払えないって?」
先程まで最高にうるさかった会場を、一つの声が打ち破った。耳鳴りがなるほどの静けさが訪れてくる……。
「誰が払えないって言った? ほら、言ってみろ」
レーモンドの、低く響き渡る声が、会場を包んだ。主演者は、今まで感じたこともない恐怖に襲われる。
「れ、レーモンド……」
主演者が小さな声を上げる。
レーモンドは立ち上がり、大声を出した。
「白金貨!! 二万枚で落札する!!」
それはもはや、恐怖であった。白金貨二万枚は、現実的な値段ではないのだ。
主演者も呆然と立ち尽くしている。
流石の頑固者だな。私が見込んだとおりだった。
「……さて、これを越える人は……」
誰も手を挙げなくなった。私は笑み浮かべる。手は挙げない。
「で、ではレーモンドがこのエルフを白金貨二万枚で落札!!」
だがその異常な行いに皆の者は歓声を上げない。上げられないのだ。もはや恐怖に近かった。
主演者もその雰囲気を感じ取ったのか、早々にこのイベントを終わらせる。
「こ、これにてこのイベントは終了する! 落札者はそれぞれ案内に従って契約するように!」
レーモンドの表情は見えなかった。いや、見る価値もないと私は思った。
これで、目的を果たしたと……。
そして、この闇イベントは幕を閉じたのであった。
◆◇◆
「アシュル様」
美しい声が私の耳を掠めた。声の主に目を向ける。
その子は真っ白な肌に、肉付きの良い四肢、そして完全な美貌を持ち合わせたエルフだった。
「なんだい、リリー」
「今頃、レーモンドはどうしているのでしょうかね」
「ああ、あいつは次のオークションで奴隷として売られるだろう。今は奴隷の作法を習っているとこだ」
「そうですか。良かったです」
あの一件から、私の人生は大きく変わった。
レーモンドがこのエルフを白金貨二千万枚で落札してからだ。当然あいつの資金は底を付き、活動が出来なくなり貴族を降ろされたのだ。それからというもの、レーモンドを退治したのはアシュルという噂が貴族間で流れ、私はそういうこともあってか、もともとレーモンドが統治していた街を私が統治することになったのだ。
レーモンドみたいに、独裁はせずに、資本主義によって国を動かしている。一躍を担ったヒーローのような待遇を受けたのは言うまでもない。
これも最初から計画の内……レーモンドが絶対に意思を裏切らないことを逆手に取り、全財産を次ぎこませる。ははっ、良い気味だったな。
そして、リリーも付いて来たのだから申し分ない。少し不満があるとすれば、あいつのせいでリリーは傷物にされたくらいだ。まあそれくらい許してやろう。あいつのこれからを考えると痛々しいものだ。
「アシュル様……」
「どうしたんだい」
「……今夜は、私から……」
「ああ、喜んで」
最後までお読みいただきありがとうございます!