第1話 メタモルフォーゼ的蓋然論
空で煌々と太陽が瞬いている。高校の入学式である今日の天気は晴天のようだ。雲8割、太陽1割、バッタが1割。晴天というよりは晴れ時々飛蝗が正しいのだろう。きっと今日の夕飯はバッタの佃煮だろう。バッタの佃煮は美味しいと言えば美味しいのだが、少ししょっぱいのが玉に瑕だ。両親がともに好きなのでよく作るのだ。いい笑顔で美味しい?なんて聞かれるものだからつい、美味しいなんて言ってしまう。いい加減あまり得意ではないことを言うべきなのだろう。
そんなことを考えているとバスがやってくる。今日のバスはショッキングピンク色だった。ドアに着いた手を握ってバスに乗り込む。今日は機嫌が悪いのか少し爪が荒れていた。期限が良い日はネイルをしていることもあるので、今日はそうとう機嫌が悪いんだろう。がたがたと揺れるバスの中はまるで蠕動のようで、幼いころに行った誰かの胃の中を思い出す。名前は忘れたけど、朝食を抜いてこいと言われたのにも関わらず、食べてきた彼だか彼女は今日の朝食がクラスの全員にばらされて1日中むすっとしていた・・・気がする。もしかして夢の話かもしれない。
いつもよりもだいぶ早く学校に着いたバスにお礼に拾った単三電池をくれてやる。確か好物だった気がする。
「おはよう」
「おはよう。今日は指が6本なんだね」
「残念、今日は7本です。一本いる?」
「いらないかな」
隣に座る片端さんは日によって指の本数が変わる特異体質らしい。多いときは20本を超えていて、流石に少し怖かった。一応、本数の増減に条件はあるらしいのだが未だに教えてもらっていない。別にそこまで興味があるわけではないがここまで引っ張られるといったいどんな壮大な条件なのかと少し期待もしている。いつかわかる日がくるのだろうか。
「そういえば、今日は昼からうどんが振るから注意警報だって」
「まじ?」
それは完全に見落としていた。たぬきそばならまだなんとなかなるかもしれないが、きつねうどんだときょうは少しきついかもしれない。お椀持ってたかな。
「お椀、貸そっか?」
「あー、やばそうだったら借りようかな」
流石に借りるのは恥ずかしすぎる。傘ぐらいならともかく、お椀を借りるのはさすがに羞恥心が許してくれない。だってお椀だし。
無事1日を終えて、帰ろうとしていると片端さんに声を掛けられた。朝とは少し見た目が変わって、足に鱗が生えている。
「あ、足見てるじゃん。えっち」
「いや、そういう訳じゃないよ。鱗が綺麗な色してるなって思って」
「あ、わかった?体育の時に生えちゃって。ついでにネイルしちゃった」
「なるほど、それ何色なの?」
「確か・・・茜色だったかな」
自分で塗ったネイルの色すら朧気なのか少し真面目に考える彼女の顔は美少女と呼んでも差し支えないものだった。黙っていればかわいいのだが。口を開けば頓珍漢なことを言うことが多く、男子からは敬遠され気味だ。それでも、詳しく彼女のことを知らない他クラスなどが告白してきて返り討ちに会っている。
「どこか行かない?」
「いいけど、どこ行くの?」
彼女から誘ってくるのはままあることだけど、あまりまともなところに行った記憶はない。確か美味しい店があると、裏路地を連れまわされ結局なにも見つからないまま帰路に着いたこともある。
「んっとね、ギャスターマンション」
「意味が分からないんだけど」
ギャスターマンションとはここら辺では有名なお化け屋敷だ。何を考えたのか学校の隣にでかいお化け屋敷が出来たのだ。しかもえらい怖さらしく、リピーターがほぼいない状況のはずだ。僕も一回行って最後までは行けたものの、もう2度と行きたくはないと心に誓った。本当に怪奇現象があった廃病院を使っており、一晩のうちに病院の中にいた全ての人がいなくなったらしい。そんな曰く付きの場所に行きたい物好きがこんな近くにいたとは思わなかった。
「パス」
「え~、行こうよ」
「絶対に嫌」
あそこだけは嫌だ。行くぐらいなら、土曜に学校に来て朝から授業を受けるほうがずっとましだ。
「あそこ行くぐらいなら、おごるから飯でも行こうぜ」
「怖いの?」
「うん。怖いからもう行きたくない」
答えは簡潔に。なんの誤解のしようもない拒否をしないとこの人にずるずると連れていかれることになる。
「しょうがないな。じゃあ。行こっか」
「それがいい。そら、いつものファミレスに頼む」
僕はまたがっていた籠の首を叩く。少し面倒そうに鼻をならす僕の籠であるマスカルポーネ。我慢してくれ、マスカルポーネ。僕はあんな怖いところに行きたくないんだ。
ファミレスで彼女がしこたま食べて、僕が泣くはめになったのは・・・また別で語ることにしよう。