8話 おはようとテストと友人
大掃除を敢行した週末が明け、以前とは比べ物にならないほど綺麗になった部屋で、スッキリした月曜日を迎えた。
「テストとか滅びないかな」
ただ、今日から休み明けのテスト期間。仕事にテスト、配信と、忙しくなるだろうからまた散らかしてしまわないか心配だ。
と、思うものの庵は、テスト勉強の際に引っ張り出してきたプリントなどを散乱させながら家を出た。明澄に見られたら何を言われるか分からない光景だ。
「おはようございます」
先日のように部屋を出た途端、鈴を転がすような声がマンションの廊下に響いた。以前とは違って、その声にはどこか温かみがある。
寝ぼけ眼をこすりながら「水瀬か。おはよう」と、庵は安心して挨拶を返した。
「朱鷺坂さん、目の下にクマが出来てますよ。夜の配信大丈夫ですか?」
「徹夜型詰め込みテスト勉強の副作用でな。いつものことだから大丈夫だ」
自身の目の下を指を差しながら明澄が、クマの存在を教えてくれる。テスト勉強と仕事を両立しようとすれば、自然発生するものだ。
今日は夜から配信があるのだが、庵と明澄だけでなくもう一人が絡むので、休む訳にはいかない。愛想笑いを浮かべて気丈に振舞った。
「コンシーラーでもお貸ししましょうか?」
「それ使うくらいなら、歌舞伎みたいに隅取でもして行って、クラスの奴らの集中力を削いでやろうかな」
「なんて迷惑な。まぁ、冗談が言えるならまだ元気ですね。ではまた夜に」
明澄の気づかいに庵が冗談で返せば、明澄は軽く苦笑したあと、会釈してエレベーターの方へ消えていった。
通学路は同じだが、明澄を追いかけることはしない。
クラスメイトだし共通の話題もあるので、軽い会話を交わしながら一緒に登校してもいいだろう。ただ、聖女として名を馳せる明澄と平凡極まりない庵が、急に仲良くしていたらそれはもう目立つことこの上ない。
邪推されても面倒なので、学校での接し方はある程度これまで通りで、と二人の間で決めている。
それでもマンションでは何気ないやり取りができるようになったし、身バレのおかげかと思えば案外悪くないかもしれない。
そう思いながら庵は、階段を使って通学路に向かうのだった。
「やぁ、おはよう」
「おはよう。クソイケメン」
教室へ辿り着くと、席に着くなり話しかけてくる男子生徒がいた。
彼の名前は沼倉奏太。庵の唯一と言っていい同性の友人だ。
物腰柔らかなイケメンというのが第一印象で、特に目立つことの無い庵とは対照的な存在だろう。友達になるなんて思ってもいなかったが、話してみれば意外と趣味が合っていつの間にか友人になっていた。
「眠そうだね」
「そりゃ眠いからな。寒いし」
「寝たら死ぬよ?」
「ここは雪山か。まぁ、テストで死んだら骨は拾ってくれ」
「任せてくれ。うちの犬も新しいオモチャに喜ぶよ」
「サイコパスかお前は……」
今ではこうして、軽口や冗談を言い合ったりして休み時間を消費しているのだから、印象というのは当てにならないものだ。
このクラスにおいて明澄と並んで人気者だし、奏太の周りは庵以外のクラスメイトが取り囲んでいる事は珍しくない。
明澄は男子と女子半々、奏太は女子多めといった具合に人が集まってくる。
陰キャの地位を確立している庵といえば、奏太以外とはあまり話さないので、同級生たちは寄って来ない。だからなのか、奏太は人避け的な意味合いで絡んでくるのだ。
一方、明澄にはそう言った存在が居ないようで、テスト直前ということもあって、多くのクラスメイトに群がられていた。
「ねー水瀬さん! 数学教えて!」
「あ、待て! 一時間目の英語が先だろ」
「まだ終わってないプリント見せて欲しいんだけどぉー駄目?」
「そうだ、テスト期間終わったら新年会しよーぜ」
迷惑。とはこのことだろう。
純粋に頼っているのかもしれないが、多少は明澄にも気を使うべきなはず。中には明らかに遊ぶ気満々で寄って行っている者もいて、呆れる他ない。
テスト前に優等生に縋ったり聖女様と仲良くしたい気持ちは分かるが、少し自分勝手な気がして庵は眉を顰めた。
「水瀬も断ったら良いのにな」
「それをしないから聖女様なんだろうね」
「都合が良いから、だろ?」
「厳しいね、君は」
「お前も水瀬も優しすぎるんだって。経験上、都合が良いと後が怖いぞ」
庵が群衆に向かって侮蔑のような視線を向けているが、奏太はそうはしなかった。
優しくて勉強も出来てオマケに容姿も良いとくれば、異性同性共にモテる。
そんな二人の良い所を認めつつ、庵はある自身の経験から奏太に忠告した。
「というか、俺たちもそろそろ勉強しないとな」
「オレは冬休みに散々したし、もういいよ。水瀬さんが断らないのも自信があるからじゃないかな」
「この優等生共め」
「君もだろう?」
一夜漬けで挑む庵にとって、テスト前に教科書やノートを読み込むことは不可欠だ。余裕を見せる奏太は優等生らしく、しっかり予習復習をしているのだろう。
つい庵は悪態を付いてしまう。
余裕がありそうな彼らが庵は羨ましく、また恨めしく思って、少しだけ明澄の方を見やってみる。
すると、明澄と目が合った。クラスメイトだし、目が合うこと自体不思議ではない。
今までは何事も無かったように視線を外すし、打ち解けてからはクスリとされるくらいなのだが、今日は少し違った。
いつもは穏やかな明澄の瞳や表情は、今日に限ってどこか庵に厳し目で、恨めしそうな雰囲気を感じた。
(なんだ?)
「どうかした?」
「いんや、なんでも」
「朱鷺坂君も聖女様に教えて貰うか?」
「あそこに飛び込むつもりは無いな。だからお前が教えろ」
「なら手取り足取り教えよう」
「キモい」
何か意味ありげな視線にどんな意図があるのか気になるところだが、奏太に茶化されてしまって有耶無耶になる。
考えても仕方ないな、と庵は優しい友人に講義をしてもらうことにするが、庵には未だ聖女様から不思議な視線が送られ続けていた。
ジャンル別にて、日間2位と週間2位と月間2位となりました!
にゃんにゃんにゃん、ということでちょっと嬉しいですw
これも皆様のおかげです。
また、感想やいいね、ブックマークなど凄く嬉しくてつい舞踊ってしまいそうです。
今後ともよろしくお願いします(´▽`)ノ