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4話 聖女様とハンバーグ

「食えないやつはあるか? アレルギーとか」

「いえ、好き嫌いもアレルギーも特には」


 特に気をつけることもなさそうなので、明澄に夕食を振る舞うと決まれば、早速庵はてきぱきと動き出した。

 要望などを聞きつつもう一人分の材料を追加していくの姿は手慣れていて、庵が日頃から自炊するのだとよく分かる光景だ。


 カウンター越しに座っている明澄ははぁー、と感嘆の眼差しを向けていた。普段自炊をする明澄からしても大したものなのだろう。

 この空間に男女二人ともあって、庵にはどこか主夫っぽく感じられた。


「えっと、お手伝いしましょうか?」

「大丈夫だ。最近忙しかったんだし、休んでてくれ」

「ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 一度立ち上がる様子を見せた明澄だったが、庵に気遣われると、はにかんで座り直す。


 任せっぱなしというのは申し訳なかったのだろう。庵からすればお客さんだしお礼と労いの意味もあるので、彼女には座っていてもらう。


「それで、打ち合わせの件だけど、次の配信はいつ頃にしようか? 去年からやるって言ってた企画が結構溜まってるよな」

「明後日まで予定が詰まってるのでそれ以降であれば」

「OK。じゃあ来週明けにとりあえず零七れいなあたりでも呼んでお悩み相談室するか」

「分かりました。彼女には連絡しておきます」


 庵は包丁を握りながら明澄との打ち合わせを始めた。

 新年に入ってからはまだ本格的な打ち合わせをしていなかったから長くなりそうだが、調理時間に消化できるなら丁度いい。

 とりあえず、月末くらいまでの予定を詰めていく。


「あ、そういえば、夜々(よよ)さんから何かご連絡ありましたか?」

「夜々さんから? 何も来てないけど?」

「これはあの人忘れてますね」

「多忙な人だしなぁ。まぁルーズってところもあるけど」


 夜々とは氷菓と同じぷろぐれす所属のVTuberで、フルネームは真昼(まひる)夜々(よよ)と言い、活動歴は四年目突入間近になる古参の一人だ。


 チャンネルの登録者数は既に百二十万人を突破しており、明澄と同じように大会運営など司会進行に長けたライバーとして知られている。


 明澄との繋がりで庵も何度か共演した仲だ。特にイベントや企画のゲストとして招かれることが多いので、恐らくその類のお誘いなのだろうと庵は推測する。


「もう私から伝えましょうか。実はですね、今月下旬に新年の企画として、ぷろぐれすのライバーを集めて大喜利大会をするんです」

「へぇ、今年は大喜利なんだな」

「はい。夜々さん中心に私ともう一人くらいで補助しながら運営するんですけど、外部の方にお題作成を依頼しようかと思ってまして」

「そこで俺なのか」

「ええ、ライバーのママたちに、夜々さんから年明けに連絡が行くはずだったんですけど」


 推測通りイベントへの協力依頼だった。

 こういうのは早めに話を通しておくものだから、進行管理を担う明澄がその確認をしてきたのだろう。


 進捗やら出演者の把握は必須だ。事実、庵に連絡が届いていなかったので、見事仕事を果たしたことになる。やはり彼女には運営側としての手腕があるのだろう。学校でも委員会や生徒会に誘われているらしいが、その理由が垣間見えた。


「受けて頂けますか?」

「いいぞ。際どいやついこうかな。政治系とか炎上したすう様とか」


 明澄からの依頼に庵はハンバーグの空気抜きをしながら、談笑を交つつ答える。


「絶対にやめてください。まぁ、検閲しますけど」

「冗談だよ。それで提出期限は?」

「出来れば十日後くらいには」

「了解」


 明澄は打ち合わせを、庵は料理を手際良く進めながら打ち合わせを詰めていった。




「よし、出来たな。とりあえず、話もここまでにしとくか。テーブルに並べてくれ」

「はい。ってこれは中々……写真で見るより美味しそうです」


 作り始めてから一時間半と少しして夕食が完成する。庵はカウンターから明澄に料理を受け渡す。


 並べられた料理はどれも丁寧に盛り付けられており、勿論見た目かも美味しそうに見える。ふっくらとしたハンバーグには数種類の付け合せ、刻んだパセリが彩りのコーンスープ、赤や緑、黄色見た目鮮やかなサラダが今夜のメニューだ。


 その出来具合に明澄は、千種色の瞳を丸くしながら一種の感動を覚えるかのようにわぁ、と声を漏らしていた。


「食べようか」

「ええ、いただきます」


 料理の配膳が完了すると、庵も席に着いて明澄と食卓を囲む。二人で手を合わせて箸を手に取った。


 明澄は育ちが良いのだろう。全ての動作が上品で、小さな口にハンバーグをひと切れ運んで、静かに味わっていた。

 箸を上手に扱う様子を見るに、フォークやナイフを使っても音を立たせることは無いのだろう。


 それでいて、大人びた所作の中に幼さを垣間見せる明澄に、庵は愛らしさを感じ取った。

 中から湯気を立てたハンバーグに心做しか頬を緩ませ、ふやけたように眦を下げる表情は、とても可愛いらしい。


 それから、まもなくして明澄の表情は綻び、庵に感想を伝えてくる。


「……あ、このハンバーグとても美味しいです」

「そりゃ良かった」


 どうやら明澄の口に合ったようだ。彼に短く伝えて、また別の品に手を付けていく。

 見ている限り好評のようで何より。庵も自然と口許が緩む。


「付け合わせの人参が甘くて、凄く好みなんですけど、何かコツとかあるんですか?」

「それ、業務用の冷凍なんだけどな。意外とイケるだろ?」

「業務用も侮れませんね」

「冷凍最強だからな。日持ちするし言うほど味は落ちないし。まぁ生の方が美味しいんだろうけどな」


 明澄が一番気に入ったのはハンバーグの付け合わせとして添えられた人参のグラッセだった。


 人参そのものは冷凍ではあるが、グラッセは祖父直伝の一品で今日のメニューの中では一番自信がある。


「なのに、なんでこんなに温かみがあるんでしょうね」

「なんでだろうな」


 明澄は人参をまた一つ口に運び微笑むようにして首を傾げる。その仕草と表情は妙に綺麗で、聖女様と称される所以が分かるような気がした。


 明澄を美少女だとは認識していたが、恋愛対象となることは無かった。これまではこんな綺麗な人もいるんだな、程度でそれ以上でも以下でもなかったのだ。


 ただ、素の笑みを零す今日の明澄は、愛らしいと思うし不意にどきりとしてしまった。


「スープもハンバーグも人参も。どれもすごく安心する味がします」

「ま、何であれ喜んでくれるならそれに越したことはないよ」


 人が変わったかのように優しい笑みを浮かべる明澄だが、いつもの素っ気なさが嘘みたいだった。

 食べる姿は年相応で、日頃の愛想の無さは激減していた。


 そうやって、何度も美味しい、美味しいと言いながら食べてくれるのだから、こんなに嬉しいことはない。


 そんな明澄を見やりつつ作った甲斐が有るな、と庵は料理を教えてくれた祖父と祖母に感謝するのだった。

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