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3話 打ち合わせと聖女様の食生活

「汚いです」


 庵の部屋に入ってすぐ明澄からそんな声が漏れた。短くも的確に部屋の惨状を捉えた正直な感想を明澄より賜ったのだ。


 部屋の生ゴミは露出しておらず異臭はしない。ただ、イラストの資料である書類や本が積み上がりフィギュアや模型などが無造作に、その上に並べられている光景があちこちに広がっていた。


 そして、人が通る道はしっかり整備済み。洗面所だったりトイレやリビングなどに繋がる通路が開通されていて、またなんとも言えないもの悲しさを含んだ部屋だった。


 そんなに酷いだろうか、と明澄に顔を向けると明澄は表情にうわぁ、と浮かべていたので聞くまでには至らなかった。大分ひどい有様のようだ。


「クリエイターの部屋ってこんなもんだけどな」

「ただの片付けが出来ない人の部屋です。職業は関係ありませんので、全国のクリエイターの方に謝って下さい。今すぐに」


 ばっさりと辛辣にお小言を頂くのだが、一般的に見て正論なので「ホントだって」と言うだけに留めて、食い下がることはしなかった。


「あと、隅っこのお掃除ロボットが窮屈そうです。こちらにも謝罪を」

「ああ、そいつは役立たずだぞ」

「良くない環境だからです。ちゃんと活躍させてあげましょうよ」


 幻滅されただろうか。彼女にため息をつかれてしまった。


 庵は普段から料理をするのでそれをSNSに投稿していたりと、ファンなどからは家事万能と思われている。きっと明澄もそう思っていたのだろう。


 だが、イラストレーターかんきつの実態は、片付けられない人間というのが真実だ。

 正確には片付けてもすぐに散らかるし、そもそも片付ける暇が無いというのが実情だが。


「先生、お料理は出来るのになんでこんな……」

「メシだけはちゃんとしろって言われてるしな。祖父母が飲食店やってて小さい頃から教えられたし、それが一人暮らしをする条件だったんだよ」

「なるほど、だからお料理は上手なんですね」

「洗濯も出来るぞ」

「朱鷺坂さんは一人暮らしですよね? やって当然なんですが?」


 誇らしげに言ってみるが、明澄に一蹴されてしまった。


 同じく一人暮らしをしている彼女からすれば、当たり前のことに過ぎないのだろう。しかし、学生兼イラストレーターが全ての家事をこなすのは至難のことなのである。


「まぁ、片付けはしてないけど掃除はしてるから。埃はそんなに無いと思う」

「無いわけないです……これはいずれ片付けないと大変なことになりそうですね。いっそのことお片付け配信でもすれば如何です?」

「やめとく。だってフォロワーとかファンからは家事が出来るクリエイターって思われてるし」

「しょうもない見栄ですね」

「言ってくれるな」


 彼女の言うようにお片付け配信でもしないと、ここを綺麗にする機会はやってこないだろう。


 ファンから得た地位を手放すのは惜しい、とは口にするものの庵もどうにかしたいとは思っている。

 つまり、ただ面倒くさがっていることに言い訳しているだけなのだ。


 そんな彼を明澄はじとーっとした目で見やりながら「しょうがない人ですね」と呆れるように呟くのだった。



「さぁ、安全地帯だ」


 散らかってはいてもダイニングとキッチン周りだけは綺麗にしているので、ダイニングテーブルに明澄を案内した。


 流石に食事に関わる所は汚くしておけなかった。

 そこは明澄も感心していたようだが、散らかっている場所との比較なので、感心されるハードルが下がっている感は否めない。どうでもいいので庵は気にすることもなかったが。


 明澄にお茶を用意してテーブルに届けると、庵はまたキッチンに戻っていく。

 どうも、と会釈した明澄だったが、一緒にテーブルで顔を突き合わせるものだと思っていたようでなぜ? と言いたそうに首を傾げた。


「さて、打ち合わせだけど面と向かって話すのもやりにくいだろ? だから、晩御飯を作りながらでも、って考えてるんだけど身勝手か?」

「いえ、構いませんよ。私もその方が気兼ねなく話せそうです」


 ずっと素っ気ないお隣さんだったのに蓋を開けてみれば、ネットの世界ではお互いに推しだとか言い合っていた、というのは中々に気まずい。


 大人しく席に着いているように見える明澄も、やや気まずそうにしているのが見える。料理をしながらであれば、気恥ずかしさを紛れることだろう。


「それなら遠慮なく作らせてもらうか」

「因みに何をお作りに?」


 明澄の了解を得て早速庵が晩御飯作りに着手し始めると、明澄が興味深そうに尋ねてきた。

 打ち合わせは……と言いたいが、支障はないので答えておく。


「ハンバーグとコーンスープ、ついでにサラダ」

「王道ですね」

「このメニュー、美味いし楽でいいんだよな。手間なのはハンバーグくらいだし」

「他は焼いている間にできますもんね」

「そういや水瀬も料理するもんな。氷菓のTwitterでよく見るわ」

「最近は忙しくて滅多に出来てないんですけどね」


 明澄は顔を逸らしながらそうぽつりと溢した。

 どうやらかなり忙しいらしい。


 年末年始はイベントや企画が目白押しだったし、どこかに手が回らなくなるのも無理はない。

 頑張っている事も知っているし、彼女が少し可哀想に思えてくる。


「なんだ、もしかして食生活に困ってるのか」

「お恥ずかしながら。年末年始は忙しかったですし、週明けにはテストもありますから、ちょっと……」


 彼女は配信でも家事が出来ると評判で、料理の腕や家事スキルを同僚に褒められているし、学校でもその完璧具合は群を抜いている。


 なんでも卒なくこなすイメージだったが、流石に時間には勝てなかったらしい。

 庵も忙しいと仕事に追われてよく家事が疎かになるし、痛いほど理解出来た。

 

「色々立て込むと辛いよな。俺も締切りが近い時は流石に出前とか外食とかで済ますし」

「おにぎりを作ったりしてはいるんですけどね。どうもバランスが気になるところです」


 最低限どうにかしようとはしているらしい。明澄は苦笑いを零しながら現状を伝えてくる。


 本当に手が回らない時は、お菓子類や栄養補助食品で済ませる庵からすれば、おにぎりを作っているだけでも感心させられる。

 同時に明澄が困っているのが目に見えてしまい心配になった。


「じゃあ、ハンバーグでも食うか?」

「え?」


 心配をするのと一緒にその言葉は無意識に出ていた。


 スープを作っている最中だった手を止め、庵が振り返って言うと明澄はぽかんとしつつ目を瞬かせる。

 完全に不意を打たれた、という表情をしていた。


「最近まともなやつ食べてないんだろ?」

「ええ、まぁ」

「だったら作るって。どうせ一人分も二人分も変わらん」

「いえ、流石に気が引けます」


 普段から料理をする庵はその大切さが身に染みているし、年頃の高校生が忙しくて米くらいしか食べてないというのは同情する。


 明澄は申し訳なさそうに断ろうとするが、庵からすると心配だから食べて欲しいくらいだった。


「ゴミ袋の礼もしてなかったし。ま、嫌なら余計なお世話だって言ってくれ」

「そんなことは無いです! 寧ろ、かんきつ先生の料理は食べてみたいと思ってましたから」

「決まりだな」


 差し出がましかったか? と思ったものの、明澄はぶんぶんと首を振って少々食い気味に否定してきた。


 単純に気が引けていただけのようだ。

 早速、庵は冷蔵庫からもう一人分の食材を取り出すのだった。

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