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『書籍化』隣に住んでる聖女様は俺がキャラデザを担当した大人気VTuberでした  作者: 乃中カノン 
第3章

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第154話 聖女様と幼馴染み

「や。久しぶり」


 あるマンションの一室、そのドアが開かれるとビッグサイズのTシャツとオーバーオール姿の少女が待っていた。


 澪璃の配信後連絡すると、言いたい事があるなら家に来ていいよと言われたため、急いでタクシーに乗って彼女の自宅を訪れていたのだ。

 庵は同席しないつもりだったが、二人の活動には庵も密接関わっているので、彼女たちから会話を聞く権利があると言われて明澄に同伴していた。


「や。ではありませんよ。あなた、何を考えてるんですか。そもそも……」


 心配や不安を抱えて真面目に話をしようとやってきたのに、今から茶会でも開くかのようにフランクな対応をした澪璃に咎めるような口調で明澄は言い放ち、そのまま口火を切ろうとしたが、それを庵が遮った。


「明澄、ここ玄関だから。少し後にしよう」

「つい、先走って騒がしく……すみません」

「ほんじゃ、中入ってよ。お茶出すから」


 熱くなる口先を抑えると、彼女に促されて靴を脱ぐ。ダンボールやその他荷物の多い廊下を抜けると、三人はダイニングテーブルに着いた。


「それで?」

「それでも何も私の言いたい事は分かってるでしょう?」

「んー、まぁ黙ってたのは悪かったよ」

「何故黙っていたのですか?」

「お互いのためだよ。それじゃダメ? そもそも明澄なら察せるでしょ」

「なんですか、その言い方。私は心配して来たというのに」


 あからさまな言いたくない、と意思表示する澪璃が目を逸らすと、明澄は珍しく苛立ちを露わにする。


「友達にだって言いたくない事なんていくらでもあるでしょ。嬉しいけどさ、過保護じゃない?」

「過保護はどっちですか? 私の事はよく構う癖に 、そうやって自分だけ黙ってるのは普通に腹が立ちます」


 家を出る前にも相手にしてあげたい、助けになってあげたいという感情を漏出していた。

 一方通行な想われ方が明澄には不満なのだろう。


 長く支えてくれたからこそ、その思いも強くなっているらしく、話す気のない澪璃を前に彼女の苛立ちは増すばかりだった。


「それとも私はなんにも相談してくれないほど頼りないですか?」


 静かに尋ねる明澄の言葉は哀しげに、部屋に重く響く。

 そうすると、一拍おいて先に澪璃が爆発した。


「そうだよ。言えるわけないじゃん! 明澄はずっと不安定だったし、ようやく信頼出来そうな人見つけて、ちょっとずつ変わってきたところに私が海外行くとか、病気とか活動辞めるかもって言うのは無理でしょ!」


 いつものあすみんというあだ名もなりを潜め、怒声ではないのだが荒らげた声が明澄にぶつけられる。

 ようやく明かされた思いの丈は切実にただストレートに告げられ、明澄は顔を顰めた。


「でも、配信で言わないといけないんですから、遅かれ早かれではないんですか? そもそも庵くんと出会ってから私はちゃんと安定しました。ライブの時にはもうあなたも気付いていたでしょうに」

「だからこそだよ。あれだけ幸せそうにしてたのに、直後には言えないって。言うなら今だっただけ」


 タイミングというのは難しく、澪璃なりに図ったのだろう。

 少なくとも三月の時点では、彼女は庵にきちんと約束を果たすつもりがあったように見えるし、嘘ではないと感じる。


 明澄には明澄の優しさが、澪璃には澪璃の優しさがあって、上手くいかなかったと思うと胸が痛い。

 しかし庵が口を出すものでもないし、二人に吐き出させてしまう方がいいだろうと、彼は腕を組んでじっと構えていた。


「ああ言えばこう言う。結局、言うのが怖かっただけでしょう!? 海外は私に病が完治してからが良いって言われるのが、説得されるのが怖かったんでしょう? 結局、行きたいから、行けるから、行くってだけで止められたら辞める気がしたんじゃないですか? あなたは能力はあっても、非積極的で怠惰だから先延ばしにしそうだったから私に言われないように黙ってただけでしょう?」

「うるさいな……好き勝手言い過ぎ」

「心当たりがあるんですね」


 痛い所を突かれたようで、今度は澪璃が不機嫌に頬杖をついて明澄を睨んだ。

 それが更に明澄の怒りを刺激したらしく、彼女の眉が釣り上がる。


 庵は熱が上がる予兆を隣から感じ、そちらに視線を向けると、明澄の瞼がすぅーっと持ち上がり目が据えられて、


「……そんなのだったら留学も配信も、」

「明澄。やめとけ。それは言えば後悔する」


 感情に任せて口走った明澄だが、膝上の握り拳に庵が手を添えて全てを言い切る前に言葉を被せた。


 お互い抱える感情を察してはいても、言ってはいけない言葉がある。何より今言っても意味もなければ状況を悪化させるだけだろうと、彼は横槍を入れたのだ。

 添えた手は少し冷たく震えているのが分かったが、それ以上は何も言わずに明澄の反応を待った。


「ごめんなさい。頭を冷やしてきます……」


 自分でも言葉にするつもりはなかったのか、はっとした明澄は俯くように頭を下げ、それから席を立ちリビングダイニングから出て行った。


 追うか追わまいか迷ったが、一人になる時間も必要だろうし庵には澪璃の方が重症だと判断してここに残った。


「いおりん、ゴメンね」

「俺はいいよ。納得するまで、分かり合えるまで腹割ったら良いだろ。気にするな」

「大人だよね」

「冷めてるの間違いだよ」

「ふふ。確かに、その返しするのは冷めてる」


 熱を冷ますかのように残った二人で膝を突き合わせる。

 スカした庵に澪璃がくすっと笑う。


「ね、いおりん。今、幸せだよね?」

「そりゃあな。学校もなんだかんだ友達いるし、仕事は順調、明澄がいて、もう過剰なくらいだよ」

「うんうん。いいね。じゃあ、もう安心だ。やっぱり留学決めて良かった。明澄を任せられるよ」

「明澄も言ってたが、そんなに信頼なかったか?」

「ぶっちゃけ、怖かったよ。あんなに不安定な人見たことなかったから。いおりんと上手くいかなかったら、多分留学取りやめてるくらいにはね」

「そうか。幼馴染みのお前が言うならそうなんだろうな」


 澪璃の意見には頷かざるを得なかった。

 一時期の明澄は不安定極まりなかったし、付き合う前も後も依存体質なのか、庵といる事で心を安定させている部分は大きいだろう。


 ただ、明澄も元から自立はしていたし、人並みに悩むことはあれど最近は気にかかるような雰囲気もない。

 それは庵から見ての評価だし、澪璃にとっては大きな不安が残っていたのかもしれない。


「でも、わたしが悪いんだよね。明澄も分かってたみたいだし」

「説得されたら本当に止めたのか?」

「どうだろうね。揺らいだのは間違いないだろうけど。まぁ明澄が間違ってるなんてそうないからさ」

「それは分かる。あれは物事の道理が分かってる人間だけが出来る振る舞いだよな。完璧とまでは言わないが、正しい人間ってやつ」

「ね。羨ましいよ」

「……そうか、羨ましい、か」


 ぽそりと呟いたそれに復唱するようにして上を仰ぎ見る。


 もう因果なんだろうなと彼は悟る。

 隣の芝生は青いと言うが、人は自分が持っていないものを望んでしまうのは性なのだ。


「いおりん?」

「いや、俺も明澄に羨ましがられたからな」

「何を」

「お前の前で言うのは恥ずかしいが、洞察力だな」

「なんで恥ずかしいの?」

「そらな。俺の洞察力は澪璃を見て学んだからね。普段の配信とか裏の通話とかでやってるのを見様見真似したし」

「へー。それそんな真似とかで簡単に出来ることじゃないよ?」


 感心したとばかりに興味をそそられたのか澪璃は庵の顔を覗いてくる。


 庵の一番の特技は当然絵を描く事だが、次にと聞かれればそれは観察である。そしてそれをモノにする天性の感覚が庵のスペックに寄与していた。


 だから庵は配信者としての才能も明澄や澪璃、特に二人よりも多くの登録者を抱えている夜々(あおい)を見て学んでいるし、澪璃や明澄からも色々な技術を学習している。


「俺は観察が得意でな。絵の師匠に技術は見て盗めと教えられてそう学んだし、絵は観察だと思ってるから兎に角観察眼を鍛えたらこうなった。運動もコミュニケーションも人がやっている事を真似するのが一番だし」

「でも、それ周りに優秀な人が居ないと無理でしょ?」

「ああ。環境に恵まれたのは言うまでもない」

「そっか。それは良いなぁ。わたしはあんまりいい形じゃなかったからさ」


 人間性を形成する大きな要因は環境だ。明澄の性格も家族が関係しているだろうし、配信者としての明澄はここに居る澪璃が大きく影響しているはずだ。


 庵は家族と良好な関係ではないものの、イラストレーターになるために不足した覚えがなく満たされていたし、口出しされないどころか後押される環境は最高だった。


 だからこそ苦笑いした澪璃の事情が察せられてしまう。

 洞察力を鍛える環境があって、それも良くないとなれば予想出来るのはあまり多くなく「それは聞いていいのか?」と、庵は言いたくないなら聞かないつもりだったが「うん。いおりんにも知って欲しいし」と、彼女は言ってまた苦笑した。


「わたしさ、こっちに引っ越してくる前に凄いいじめにあってたんだよね」


 息を吸って吐き、澪璃は神妙な面持ちでそう言い出した。

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