第147話 あとのはなし(おまけ)
おまけのくせに長くなりました
「庵、申し訳ないけど少しだけ彼女を貸してもらっていいか?」
「紗優さんに言いつけるぞ」
「おいおい、物騒なのはやめてくれ。そんなことされたら塵も残らんぞ」
「嘘だよ。どうせ、仕事絡みだろ?」
ひとまず、今日話す事は全て話してしまったので解散しようかと思ったのだが、吉斗はまだ帰してくれそうになかった。
二人で話を進めるから明澄はきょとんとしながら、交互に男子二人を見やる。
「実はさあ、今度新人バイトの研修やるんだけど、担当の子がめちゃくちゃ不安がっててな。良かったら研修のリハの相手になって貰えないかなって。多分、二人の友達もその子が担当するだろうし」
「ってさ。どうする?」
「私は構いませんけど」
「助かるよ。担当は女の子だから変な心配しなくていい。戸塚も付けるし、バイト代も出すよ」
「あ、お金は別に」
「いやいや庵にも手伝って貰うし、ちゃんと払うよ。庵、いつものやつ頼んでいいか?」
「あんた、初めからそのつもりだったな? まぁ、デバッグ好きだからいいけどさ」
偶に吉斗に会いにこちらに赴く際、庵は大体の割合でバイトをして帰る。主にデバッグをやらされるのだが、今日もそのつもりだったらしい。
将来的にゲーム制作に手を付けてみたいと思っていたから、中学の時にデバッグやスプリクトの組み方を教えて貰い、高校生になると長期休暇に数日仕事をしていた過去があるのだ。
「じゃあ、決まりな。庵は戸塚を呼んできてくれるか?」
「デバッグの環境は?」
「リーダーに話通してるから、アセットバンドルとか諸々端末は彼に聞いてくれ。多分、モーションかテキストチェックになるはず」
「あい。じゃ、行ってくる」
決まれば足は早い。
簡単に確認だけすると、庵は二人に「また後でな」と片手を上げ部屋を後にした。
「さて。彼女が来るまで雑談でもしようか。と言っても雑談よりも、これはお願いだな」
「お願い、ですか?」
腕を机に立て組んだ手に顎に乗せた吉斗は白い歯を見せると、明澄は不思議そうに眉を傾ける。
「予想だが、さっき俺がいない時庵は多分俺の昔話でもしていたんじゃないかい?」
「もしかして聞こえていましたか?」
「いや、予想って言葉の範疇からは出ないよ。ま、俺の弟子を名乗るやつ一号には探偵みたいスキルがあってね。影響してるのさ」
「なるほど。私にもいますから解ります」
「やっぱりそういうのいるよなァ」
「ええ」
脳裏に小さな探偵を思い浮かべた明澄は苦笑して吉斗もそれに呼応した。
同時に庵が自分以外の事に鋭かったり、理解力が高く状況把握が早いのは、その弟子を名乗る一号もとい姉弟子なるものによるものかもしれないと感づく。
「俺が師匠呼びを嫌がってる理由は聞いた?」
「庵くんからは迷惑をかけないように、と伺っています。それがお願いに繋がるんですね?」
「理解が早くて良いね。あいつさ、俺を師にする割に全く絵柄が違うだろ?」
その質問に明澄はこくりと頷く。
庵は二つの絵柄を使い分けるが、商業では淡さと柔らかさ、可愛らしい絵柄であるのに対して、吉斗はカラフルで力強くビビッドな色使いの絵柄であり、本当に真反対で似ていない。
明澄も個人勢時代の氷菓と零七の絵を描いていたし、そこそこの心得があるが本当に違う。
だから、彼が師だと知って驚いた面もあったのだ。
「庵は昔俺の絵柄を真似たんだ。それはもう酷い出来でさ。下手とかじゃない。あいつの絵じゃなかった。それは庵自身もダメだって気付いたよ」
「もしかして先生は庵くんに自分を手本にして欲しくなかったんですか?」
ああ、と肯定した吉斗は斜めを向いて笑うが、その笑みが何を意味するのかは不明瞭だ。
少し寂しそうなのは彼が間違いなく庵を気にかける師匠だからなのだと直感で感じ取れた。
「師の画風は弟子に必ず影響する。ただそれが良いか悪いかは描いて知るものさ。あいつが、時折俺みたいな絵を描いてるのを見るとたまらなく不安になる。俺が壊してしまわないかと、庵ももう一人の彼女にもそう思うんだ」
「私にはどれも素敵に思いますが、きっとそれだけではないんでしょうね」
「いや。君にとって君が見たものが全てで良いんだ。本人の納得に関わらずそれだって正しい評価だよ。でも、あいつが迷うことがあったなら助けてあげて欲しい」
「なるほど、それがお願い……と」
「そう」
「申し訳ありませんが私は絶対に庵くんの仕事には口出しをしないと決めています。なので先生に言うくらいにしておきますね」
冒頭に断りを入れつつも、妥協を探してにこりと零すように告げる。
自分の仕事に口を出されたくないから、自分もそれをしない。ただ、おかしいと思う事は放っておいていいものでもないし、解決してあげたいと思う。
「それで頼むよ」と微笑んだ吉斗の気持ちも痛い程に分かるし、何よりはその優しさから庵が愛されているのが伝わってきて断り切れなかったのだ。
ポリシーの範囲内でそう決めて、明澄は微笑を称えながらそのお願いを懐に仕舞った。
# # #
まだまだ日の落ちない夕方、オフィスを後にした二人は電車に揺られていた。
「明澄、今日師匠に何か言われた?」
「いえ、特に」
「うん。言われたな」
「ほんと、よく分かりますよね」
「確信があって聞いたし。多分俺の絵の話だろう?」
「はい」
「じゃあ、気にしなくていいよ。自分が一番よく分かってる。アレは俺に向いてないんだ」
「もしかして、庵くんは芝居先生が師匠呼びを嫌がる理由を全部知ってるんですか?」
「そりゃあな。だから理由の一つって言ったはず」
天井のディスプレイに流れるCMを目にしながら、庵は世間話にもならない程度にあっけらかんと放つ。
全て予見していたと言われても納得するほど、完璧なタイミングだ。
かなり大事に吉斗から頼まれた筈なのに、あまりにも早いお願いごとの崩壊を前にして、はぁーっと明澄は肩を落とした。
「あれは師匠が喋ってないから言わなかっただけで、明澄に話したなら別。そんなの俺も姉弟子もとうの昔に知ってるしなぁ」
「……そうですか」
結局、彼らは自分たちで全部解決してしまっていたのである。
もう、なんだこの人たちとさえ彼女は思った。
(……ほんと優しすぎる人たち)
そういつも庵に抱く感情を溢れさせながら、明澄が見上げたディスプレイにはTime seekが世に送り出した人気作品のCMが映っていた。
そこには吉斗が手掛けたキャラクターがおり、庵が誇らしそうに眺めている。
つまりは誰の心配もお願いもする必要など最初からなかったようで、明澄はくたっと彼の肩に身を寄せた。





