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14話 聖女様の気遣い

「本日はここまでにしたいと思います! チャンネル登録、高評価よろしくお願いします。では、せーの! おつうか〜!」


 午後七時半頃。

 仕事の合間、作業BGMとして流していた明澄の配信が終わった。


『お疲れ様です。配信が終わったので今からそちらに向かいますね』


 配信の終了直後、そんなメッセージが明澄から送られてくる。庵はそれに返事をしつつ、作業を切り上げてキッチンへ向かった。


(さて、飯も炊ける頃だな)


 配信の終了時間に合わせて炊飯器をセットしたので、庵がキッチンに出向くと、ちょうど炊飯器が歌い始めた。


 今日は炊き込みご飯に汁物が一品と、ひじきの和え物と冷奴だ。帰宅後に夕食の支度をしたので既に完成している。

 再加熱が必要なのは味噌汁くらいで、庵がIHのスイッチを入れる。

 湯気がたち始めたところで、玄関の方からドアの開く音が聞こえた。


「こんばんは。あ、お手伝いしますね」

「助かる。皿はそこの戸棚にあるから」


 部屋に入ってきた明澄が、キッチンの方へとやってくる。にこりと笑って、自然に申し出てくれるのだが、庵は少しむず痒さを覚えた。


(……通い妻感あるの居心地悪いな)


 彼女は紺色のデニムにリブニットのセーター(所謂、縦セタ)という出で立ちをしていた。

 また気になるのはクローバーのイヤリングだろうか。

 派手な印象はない明澄だが、小物使いが上手くその所為かオシャレに見えて、どうにも気合いを入れているように見えてしまうのだ。


 他人と会うのだから服装に気を使うのは当然だが、普段着っぽく無いのが、彼女感を演出している。


 それに、初めは庵にお客扱いされていた明澄だが、ダイニングで待つだけなのが許せないらしく、最近は盛り付けや配膳などを手伝ってくれているのもひとつの原因だ。


 すぐ隣で庵が作った料理をにこにこしながら盛り付けているのが、最早それにしか見えなかった。


「今日は和食なのですね。お味噌汁のいい香りがします」


 レパートリーが豊富な庵は、毎日ジャンルの違う料理を食卓に並べる。

 ここ数日和食を作っていなかったので、久しぶりの和食を見て明澄が味噌汁に鼻腔をくすぐらせていた。


「手に入った食材がそっち寄りだったからな」

「手に入った、ってスーパーで買い物をするだけでしょう?」

「あー、うん。まぁ……」

「?」


 特筆するべきでもない感想だったが、庵が不思議な物言いをすると、状況が掴めなかった彼女は首を捻った。

 食材の入手先は、非合法とかそういう訳では無いのだが、少し特殊な事情があるので、黙ってあるのだ。


「いずれ分かるよ」

「なんですか。もったいぶって」

「いずれ。いずれな」

「まぁ、いいですけど」


 ついぞ教えてくれなかった庵に対して、明澄は頬を膨らませてみせる。

 それがまた面白いというか、可愛らしくて庵は苦笑した。


 出会った当初は想像すらしなかったが、こうしてみると明澄は揶揄いたくなる女の子だった。


「いやぁ、聖女様はほんとすごいな。盛り付けが上手いわ」

「お褒めに預かり光栄です」


 明澄の手際はかなりのもので、人よりは盛り付けが上手く出来るであろう庵よりも上手かった。


 彼女によると中学まではそういった作法の習い事をしていたそうだ。


「さ。冷める前に食べようか」

「では頂きますね」

「頂きます」

「この炊き込みご飯、凄く味が染みてますね」

「お、ほんとだ! 今日はかなり上手くいってるな」


 炊き込みご飯に手を付けた明澄は、眦を細めそんな感想を口にした。

 庵も炊き込みご飯を口へ運ぶと、また同じく表情をぱっと明るくさせる。


 ふんわりと仕上がった米は出汁が染み込んでいて、濃く深い旨みを感じられた。また人参、ごぼう、鶏肉など予め火を入れて丁寧に仕込んでいるため、そちらも良い仕上がりだ。


 そのまま具材を炊飯器に放り込むだけでも充分だが、ひと手間掛けておくと仕上がりに違いが出る。

 プロである祖父母に教えられた庵は、手間を欠かさずに料理を作る。

 それがいつも明澄が絶賛する理由だった。




「さてと、片付けるか」

「それくらい私がしますよ?」

「いや、座ってて欲しいくらいなんだけど?」

「む。頼ってばかりだと悪いです」


 食べ終わって一服したところで庵が皿を手にしようとすると、明澄は立ち上がってそれを制止する。


 けれど食洗機に頼るので彼一人で問題ない。

 なので、庵が座ってて欲しいというのだが、明澄はあからさまに不満げな顔をした。


「というか、テストが終わって落ち着いてきたので、他にもお手伝いできますよ?」

「うーん」

「最近、仕事が入ったけど、まだ修羅場じゃないし問題ない」


 庵が断ると彼女はすっと息を吸い、


「先生のイラストの為なら、家事でもなんでもお手伝いしたいんです」


 そう言い始めた。

 わざわざ先生などと呼ぶのだから、それなりの意思表示なのだろう。


「今度は私が朱鷺坂さんのお役に立ちますから。ダメですか?」


 明澄がじっと見つめるようにして言ってくる。

 普段は他人と無闇に絡まない明澄がそうやって申し出るのだから余程のことだ。

 純粋無垢に申し出る、聖女様の気遣いに庵は断れなかった。


「うっ……分かった。頼むよ」


 庵が折れると明澄が微笑を浮かべた。

 もう引き返せないのは言うまでもない。


「では、何をしましょう?」

「じゃあ、風呂を沸かして貰っていいか?」

「お任せ下さい」


 風呂場を指差すと、明澄は意気揚々と腕まくりをして、風呂がある洗面所の方へ消えていく。

 そんな明澄を庵は困ったように笑いつつ見送ってから、シンクの皿に手を付けようとしたのだが、すぐにあることに気が付く。


「あ、しまった!」


 大きな声を上げるや否や、庵はすぐさま洗面所へ向かう。

 幸い追い付きはしたのだが、既に明澄は洗面所の扉に手をかけているところだった。

 声を掛けようにも間に合わず、何も知らない明澄が扉を開いてしまい、事件は起きた。


「きゃあっ!」


 洗面所の扉を開けた明澄が、驚くように悲鳴を上げた。原因は恐らく明澄の視界に飛び込んできた下着や服だろう。

 それもただの衣類ではなく、女性モノのもので、なんならバニー衣装やスク水まである始末。


 最近資料として買ったものだが、明澄からすればあるはずの無いものがあったら驚くに決まっている。


 ショッキングな光景には、驚いて足がふらついたって仕方がない。

 足を滑らせた明澄が後ろに倒れそうになるが、駆け込んできた庵がなんとか抱き留めることに成功した。


 それから間もなくして、明澄の髪や服から香る甘い匂いに包まれた。


「な、なんでこんなものがあるんですかっ」

「それは資料だ」


 抱き留めたせいで目と鼻の先にいた明澄が、顔を赤くして庵を追求する。


「……そ、そうですか。てっきり彼女さんのかと」

「前にいないって言ったろ。告白云々の話で」

「あ、そうでしたね」


 庵が説明すると彼女の怒りというか、追求は静かに引いていった。

 どうやら理解してくれたらしい。


「というより、なんでこんなことになってるんですか。この間、片付けたばかりでしょう」

「男子三日会わざれば刮目して見よってやつだ」

「それは成長のことです。あなた何も成長してないじゃないですか……はぁ。もう分かりました。服も私が洗濯しますから」

「悪い」


 忙しさというのは一つの罪なのかもしれない。

 量と時間の都合上、放ったらかしになっていた。


 洗濯物を貯めるタイプという事も相まって、カゴに衣類が堆く積まれている。

 見かねた明澄が、呆れ半分にため息をつきながら選択を申し出た。


「あ、あと、早く離して下さいっ。もう大丈夫ですから」

「すまん!」


 抱き留めたままだったからずっと密着し続けている。

 明澄は頬を赤くながら庵の胸を押した。


 庵もこのままの体勢だと男として不味い気がして、直ぐに明澄から離れて謝った。


「……でも、ありがとうございました。怪我をしなかったのは朱鷺坂さんのおかげです」

「いや、俺が原因だからな。マッチポンプだ。ほんと洗濯お願いするのが申し訳ない」


 庵が悪いのだから彼女が礼を言うことでもないが、明澄は身体が離れるとぺこりと頭を下げる。

 そこは聖女様らしい振る舞いだった。


 そして明澄は小さな子供の面倒を見るかのように呟き、衣装などを片付け始めた。


「あ、下着類は後で俺が洗うわ」

「当然ですっ。ほんとあの家事万能だったかんきつ先生はどこにいったんですか」

「見栄は張ったらダメだな」

「ほんとですよ」


 流石に自分の下着を明澄に洗わせる訳にはいかない。

 彼はそれらを集めていく途中、彼女に小言を言われてしまう。


「ま、抱きとめてくれたのはカッコ良かったですけど」


 ただ、ボソッと誰にも聞こえないような声で明澄は、頬を僅かに赤らめながら独り言を漏らすのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話の長さはちょうどいいと個人的には思います。 起承転結あって、短い、長いとは感じません。(まあ多少いじるくらいならこの感想もかわりません) 配信と日常は、どっちも面白いのでお好きなペースで…
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