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第142話 聖女様と添い寝

 腕の中にいる明澄は穏やかに微笑んでいた。


 既に風呂も済ませているから身動きする度にシャンプーの香りが鼻を抜ける。

 手を掛けた腰は細く柔らかく、意図しない触れ方をしてしまわぬように意識するだけで精一杯だ。


 すぐ近くに顔があって、鼻先くらいはかすってしまいそうだった。


「こうするのは久し振りですね」

「付き合った時だったっけ。まだ一ヶ月前だから久し振りって感じもしないけどな」

「私的には、実は付き合ったらもっと距離とか近くするのかなって思ってたりしてたし、日常的にハグとか頬が擦り合うくらいはあったじゃないですか」

「だから物足りなかった?」

「そういう訳でもないんですけど……、でも、その……」


 言い淀んだ明澄は身を捩った。

 言おうか言わまいか。閉じた唇がむにむに動いていて、幼気な愛々しさを見せる。


 もどかしいと言うよりは、庵が堪えられなくてついいじわるしたくなったから、その先を彼の口が続けてしまう。


「こういうのもっと望んでた?」


 密やかな低音が明澄の耳を打つ。

 そうして間を置かずに「うぅ……はい」と、頷いた明澄が羞恥で千種色の瞳を細めた。


「もっと早く言ってくれれば、なんて言えないな」

「ふふ。それは私も咎められませんね」


 清楚ではしたなさとは無縁にある明澄だって、いつものスキンシップに馴染めば、次第に普段を越える恋人らしさを求めたくなるのは当たり前ではある。

 だけど女子からは言い出しにくい事はいくらでもあるし、庵の肌を直視出来ない少女なのだから尚更だろう。


 それでも、機会があれば手を伸ばすくらいには庵に心を許していて、小さく愛を望む。


 だから受け止めるのは彼氏の役割で、きっとその逆もまた何処かで訪れるに違いないし、少しずつ欲しいものを埋めていく。


 育む、と言う言葉の意味をまた一つ実感した庵は、その頭を撫でて何度も手を往復させて可愛がった。

 受け入れられた明澄は僅かに身体を締めていた力を抜いて、ひたすら彼の手のひらから愛情を享受しては目尻を緩めると、撫でる庵の腕へ愛おしげに両手を添える。


 何度か二人は手でじゃれ合い、最終的には庵の腕の上に明澄が頭を乗せて、腕枕に落ち着いた。


「俺はちょっとびびり過ぎてたよ」

「知ってます。私を大事にしてくれてるの分かりますし。でも、ちょっとくらい欲張ったって、罰は当たらないと思うのです。だって私も庵くんのこと、すっごく好きですもん」

「良いのか」

「はい。それに庵くんから好きだって言葉以外で伝えて欲しい、と思いますから。ちゃんと、たくさん、身に刻んで、欲しい、ですもん」


 とびきりの愛くるしい呟きをした明澄に、庵はじんわりと内に熱を持った。

 無意識なのだろうが、そういじらしさを振り撒くから自動的に彼女が望んだ結果を辿っていくのだ。


 暴走しそうになる度にぐっと堪えて、腕枕とは逆の自由にしていた手が悪さをしないよう庵は代わりに帯びた熱の手綱を握る。


「あんまりなこと言われると、俺だって容赦出来ないからさ。嫌がるようなことは絶対にしたくないし」

「庵くんが私の事を大事にしてくれてるのは知ってるって言ったじゃないですか」

「うん」


 愛情が故に行き過ぎて傷付けるのは本末転倒で、庵は絶対に自分を許せなくなる。


 明澄の方が積極的に見えるのは、庵が引いてそこに一歩ずつ踏み込んで来て貰えるようにしているからだ。

 結果的には庵がへたれと呼ばれても、明澄のペースを叶えてやれる。


 そういう意図をひっそり抱えて瞼を半分下げていれば、ごそごそと音を立てた明澄が寂しそうな顔をして、胸に手を当ててきた。


「だから、それを踏まえてですよ。な、なので、好きにされていいって思って、ます」


 好きに触れたりしたり、と許して距離縮めてはっきりさせた分、明澄は僅かに怯えに近い感情を指に纏わせていて、庵は安心させるように再び頭を撫でる。


 直接的には表現しなかったが、そう言われて庵が何もしなかったら拒絶したのと同じになるけれど、選択肢とレールは選ばないといけないだろう。

 であっても、これまでのやり取りや触れ合いがあるから躊躇はしなかった。


「抱き締めるからな」


 断りと言うよりは宣言に近いもので、庵は押さえ込んでいた腕を明澄の背中に回して引き寄せるように包み込んだ。

 ブランケットの中で衣擦れの音を響かせた腕の中でびくりと線の細い身体が震えた後、それでも満足そうに彼女は庵を見つめる。


「嫌だったら言ってな」


 抱き締める行為は今までもしてきたし遠慮しないとは何度も言い合ったが、ソファとはいえベッドの上で密着するのはいくらか想起させてしまうから、控えていたのだ。


「だから、嫌じゃないですって。いい、って言いました、ので。でも、それ採用です」

「何か思いついた?」

「お互いに嫌だったらちゃんと言うシステムですよ。つまり、嫌って言われなかったらOKですし、もっとしたい事をするようにしませんか?」


 信頼しているからこそのアイデアだろう。特に名案と言うつもりもないし、画期的だとはどちらも思わない。

 どれだけ好き合っていても、相手の気持ちを測りかねてしまうなんて普通で、その都度言葉なり体の反応なりで意思表明するのは世の中では当たり前だからだ。


「分かった。俺もそうする。まぁ、明澄にされて嫌な事なんてないだろうけど」

「ね。そう思いますよね。これでもかというくらい庵くんが愛おしいですもの。本当に大好きです」


 最大限の愛おしさを喜びと共に、幸せそうな笑みで紡ぎ出した明澄に、庵は一気に満たされて理性の制御を失いそうなった。


 これで留まれというのは無理がある。

 せめてもと、明澄が窮屈に思うくらい強く抱き締める。


「ちょっと苦しいですけど、嬉しいです。ねえ、もっとしてください」

「ん。これでいい?」


 優しい圧迫感の中、更にねだられたお願いは力加減が難しいが明澄の反応を見ながら腕を動かし、もうちょっと強めに抱いて先程から当たっていた足を少し絡めた。


 どちらからともなく味わうように華奢な脚と愛情表現して遊ぶ。

 いくらかして明澄が擽ったそうに震えたところで、庵の胸に顔を寄せてきた。


「庵くんの方が大きくてずるいです」

「いやいや、ソックス履いてる方がずるいだろ」

「ふふふ。これじゃいつまで経っても仮眠になりませんね」

「俺ら構いすぎるのは悪い所だよなあ」

「いいえ。良い所ですよ。ちょっと疲れて眠くはなってますし」

「目、閉じるか」


 こくんと、明澄は首を振る。

 ブランケットの中に入ってきた頃より、彼女の目も眠たそうにとろりとしているだろうか。


 球技大会の影響よりも、きっと今の時間の方が何倍も疲れさせたはずだ。

 乱れたブランケットを掛け直し身を寄せ合ってから視界を瞼で覆った。


「あ、これだと明日のご褒美はどうしようかな」

「明日もあるんですか。豪華ですね」

「明澄もそのつもりだっただろ?」

「ええ。でも、こうやってしてしまったらお出しするものに困っちゃいますね」

「同意見だ。じゃあ、明日も少しだけ付き合ってくれるか?」

「また添い寝で抱き締めてくれるんですか?」

「そうだなあ」


 目を瞑りながらもひそひそと会話は続き、誘うような口ぶりをした明澄に庵は堪らなくさせられ、たがが外れた。

 明澄の肩口に顔を近付けると、その首筋に唇を押し当てた。


 舐めたり吸い付くものではないのに「ひゅうっ」と、艶の掛かった声が喉から漏れた。


 けれども、嫌とは言わずに、庵の腰辺りに手を回して、受け入れている。柔らかでシミもシワも、そして一切カサつくことのない肌を確かめながら、極めて繊細に小さな欲望を口付けて、その唇と同じ色に染め上げた。


 これ以上進みたくなったが、やり過ぎてはいけない。じわじわと首筋を唇で上になぞってから離れていった。


「あの……?」

「ごめん。明日は添い寝で我慢出来そうになかった。だから今、した」


 流石に開いた眼と視線が合い、きっちりそう伝えておくと、幸せそうな微笑が飾られた。


「ええと、全然構わないです、けど。でも、私もしますよ?」

「そのつもりだったし」

「ほ、頬に、き、きすとか……でも?」

「うん」


 庵は止めたが明澄がしたいと言うなら、頬でもどこでもやり返してくれて結構だ。

 何回も庵の首筋や頬に目線を飛ばしている割に、今は出来そうにないくらい、恥ずかしがっているが。


 ただ、庵も限界に近い理性を殴るようにポケットの中に押し込んでいる。多分、唇にキスとかするのは危ないだろう。


「……すき、ありです」


 我慢を効かせていた刹那、頬に明澄の唇が触れる。

 決心した彼女は庵とは違う、潤みを伴ったその唇で襲撃してきたのだ。


 一回当たってからすぐに遠ざかった明澄は幸福をいっぱいに感じながら「しちゃいました」と無邪気に笑っていた。


「……もう、なんか……ほんと止まれなさそう」

「何が?」

「唇とかにしそうってこと。それやったら良くない感じに進むだろ。もうひっぱたいてほしいくらい」

「そんなの痛いですよ。だからしませんけど、明日学校ありますしね、あんまり庵くんに無理させないでおきます」


 口付けは置いておくとしても、明澄はきっとこのまま庵が見据えた未来を現実にしたとして、拒まないでくれるはずだが、今日明日の勢いだけで済ませていいものではない。


 好きにしていいという気持ちとは別だし、幸せにする覚悟を履き違えるなんて有り得なかった。


 どうしてもはち切れそうな衝動がぐつぐつと煮えたぎっているのも事実で、苦しむ庵を察したのだろう、明澄は慈愛に満ちた瞳で捉え「でも」と言って。


「また今度、してください」


 その意味を待つ箇所で弧を描いた。


 いじらしい想いが庵を苦から解放し重荷を取る。だと言うのに明澄が愛おし過ぎて、庵は「ああ」と悶えながらぎゅうっと抱き締め直した。


 両腕をいっぱいに盛夏の夜にした約束は、確実に今日の分より進ませると予感して。

先日、短いと言いましたがバカみたいに長くなりました。

そんなこんなで夏休み編がスタートします。

球技大会を全部描くと冗長になるので、カットしてますがどこかでおまけにするか悩んでいるので、決まったらお知らせします。

また一応ですが、夏休みは今回より踏み込んでいくシーンが稀にあるので、激重になったりバッド展開がないことはお約束しますが、雰囲気が変わることはあります。

まぁ、分かりやすく言うと若干センシティブかもって感じです。

そこはご了承ください。

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