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第140話 球技大会と彼女持ち半端ないって

(やべ……!)


 サイドを駆け上がる庵は誤算に気付く。

 思ったより三年の先輩の足が速かったのだ。


 敵陣に入る前に追い付かれて回り込まれると庵の技術では抜けない。

 ただ、幸いにも奏太は既に集団から抜け出しDFラインを押し下げる形で走っていて、彼がペナルティエリア付近に到着次第無理やりパスを通す事が出来そうだった。


「庵! パスだ!」


 奏太が手を上げる。


 ここからならなんとかなる、と庵はもう並走しつつある三年生の先輩の足と勝負しながらタイミングを見計らう。

 空振ったりインパクトの瞬間ボールとの距離を間違えないよう慎重を期して。


 チャージされて肩がぶつかる。激しい息遣いと土を蹴る足音。

 庵は必死に身体を入れさせまいと腕を使ってせめぎ合っていた。


 そして、決意の時が来る。

 バイタルエリアで待つ奏太目掛けて、庵は左足を振り抜いてボールを供給した。


「行けっ! 頼むっ、奏太!」


 クソっ、と耳元で悔しがる声が聞こえる。

 しかし、悔しがったのは庵もだった。


(やらかした……!)


 僅かにでこぼことした地面のせいで蹴り出す瞬間に少しボールが跳ねて、その下を蹴ったから思った以上に高く上がってしまったのだ。


 ボール自体は奏太にドンピシャで届きそうなものの、彼の顔付近に着弾する勢いである。

 このままだとヘッドで後ろに落とすしかないが、フォローがないため、行き場を失った未来を想像して庵は顔を青白くした。


「ごめん!」

「いや、ナイスパスだ」


 しかし、奏太は嬉しそうな表情で半身で走っていた身体を後ろ向きにしてジャンプする。

 顔付近への最悪のパスも、早々と絶妙な胸トラップに変わった。


 トラップしたボールを斜め前に逸らすように落とし、背後にDFを抱えたまま左足を軸にして反転すると、奏太はもうシュート体勢に入る。


「おらぁ!」


 そうして、奏太の喚声と共に待望の瞬間が訪れる。


 バネのようにしならせた右足で振り抜かれたボールが唸なり、ゴール右上のサイドネットを突き刺した。


「よっしゃッッッ!」

「おおおおおおっ!」

「スゲェーよ、お前」

「わぁぁぁっ」

「沼倉くん、さいこぉ〜!」


 巻き起こる歓声と女子の嬌声。

 ゴールエリアでは奏太をクラスメイトたちが一様に祝福しに囲んだ。


 何が起こったか理解するのに間が空く。

 分かるのは再現性があるかどうか不明なスーパープレイを奏太がやり遂げた事と、間違いなく勝ち越したという事。


 はぁはぁ、と強く荒く吐く息とドクドク脈打つ心臓に庵は膝に手をついて、ただ歓喜の輪を眺めていた。

 そうしている内に、奏太や颯人が庵の元へ満面の笑みで駆けてきた。


「庵、よくやった!」

「いや俺めっちゃミスったし。悪かったな奏太」

「そんな事ないよ。寧ろよくあのプレッシャー掛けられて、キープしてパス出せたと思う。そもそもストライカーはどんなパスも最高にするのが仕事だからね。オレが点を決めたから君のアシスト。それだけが事実さ」

「お前、かっけぇな」

「うん。よく言われるよ」


 奏太の凄さを味わいながら申し訳なく思ったのだが、彼は庵のミスを意に介するどころか爽やかに笑ってサムズアップする。


 気難しさのある胡桃が惚れるのはこういう所なんだろうな、と改めて彼の能力の高さと気立ての良さに庵はめを細めつつ「さぁ、後は守り切ろうぜ」と、颯人に急かされるようにして三人で自陣に戻る。


 その最中、奏太を中心に盛大な声援を受けていた。


「奏太! 最っ高に愛してるわ! あともう一発決めてきなさいよ!」

「無茶言わないでくれ。ここから先輩方の猛攻が来るんだから」


 ピッチギリギリのライン際で両手を伸ばした胡桃が愛を奏太に飛ばしている。

 おまけに投げキスまでの大盤振る舞いで、流石毎日人目を憚らず惜しげなく愛を伝え、仲睦まじさをこれでもかと見せつけるカップルだ。


 ついでに激まで飛ばす彼女と苦笑いの奏太に和んでいるが、庵もまた愛情を受け取る側である。

 明澄からの労いをちょっと期待してそちらを見やれば、彼女は「庵くん!」と喜色満面に笑みを零れ落として、大きく手を振ってくれた。


        ♯ ♯ ♯


「彼女持ち半端ないってぇ! 三人で点取切るとか聞いてないって! 後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん。そんなん出来るなら言っといてや」


 試合終了後、三年生側からそんな嘆きの声が響いた。


 あの後、試合は奏太の言う通り三年生から猛攻撃を浴びたが、どうにか守りきってトーナメントを進めた。


「奏太! んっ!」

「はいはい」


 ピッチの外に出ると初戦の時と同じように胡桃たちが駆け寄ってくると、彼女は奏太の前で両腕を広げて待ち構えて、奏太にハグを要求した。


 仕方ないなぁ、とばかりにわがままな子供をあやすように彼は彼女を抱きしめてやっていた。


 よくやるなと生暖かく見守っていれば、庵は体操服の端をくいと引っ張られる。


「ゴールもアシストも素敵でしたよ。庵くんが凄くカッコ良くて見惚れちゃいました!」

「ありがとう。あれは応援あってのだな」


 明澄は千種色の瞳を輝かせるようにして、庵の活躍を讃えてくれる。


 彼女の興奮気味の表情と声色は珍しい。それほどに鮮烈な印象を与えたのだろう。

 彼氏が試合を左右する場面で大活躍したのだから、そのうっとりした様子も頷ける。


 試合中、庵は目の前のことに一杯で気付いていなかったが、明澄は胡桃と一緒に結構高い声できゃあきゃあとはしゃいでいた。

 普段の学校生活では目立たないし、こうして素の庵が活躍するのはあまりないから嬉しいのだろう。


 鼻が高そうに胸を張る姿は年頃の少女らしさを全開にしていた。


「聖女様の彼氏ってサッカー上手かったのか」

「ちょっと浮いたけどドンピシャだもんな。つーか一点目のシュートもよく抑えて打ったよ。あれは俺も惚れるって」

「運動神経良いの知らなかったなー」

「そりゃ聖女様が選んだんだもんな。間違いなくスペック違ぇよ」

「フリーの時狙っとけば……」


 女子の試合を控えていて体育館に移動する途中、ひっそりと噂になっている庵の評判は当然明澄の耳に入ってくる。

 それを受けて、静かにだが明澄は得意げに気を良くして庵の手を取る。


「そうだ。庵くん、約束通り。ご褒美楽しみにしててくださいね」

「ということはご期待に添えましたかね」

「ええ、それはもう」


 指で輪っかを作った明澄は「ばっちりです」とにっこり顔で首肯する。


「楽しみにしとくよ」

「はい。じゃあ、そろそろコートに行きますね」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」


 体育館の端。繋がれた手を最後まで残しながら離れていく明澄だったが、離れる寸前で手を引いて留めた庵は一歩詰め寄る。


 すると、優しく明澄の頬に片手をやり、そっと反対側の耳に顔を近付けて「俺も何か用意しとくな。頑張って」と、耳打ちした。


「もう……今朝の意趣返し、です、か?」


 ぶわっと、その美麗な銀髪を逆毛立たせるかのように明澄は一気に赤らむ。


 どちらかと言えば、奏太や胡桃に当てられたのだろうし、明澄が色々サービスしてくれたというのもある。

 だから庵はこれくらい良いだろうと少しだけ調子に乗ってしまったのだ。


「やる気出た?」

「出るに決まってるでしょう。そんなの。ばか。みんな見てるのに」


 効果は抜群なのか、周囲の目があって恥ずかしくてぶつくさ言うものの、歪む口端と弾む口調は隠せない。


 それを自分でも理解しているようで、明澄は「もう行きます」とくるっと背を向けて、体操服の裾を僅かに翻しながら何やらニヤニヤしている女子組のコートに走り出していった。

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