第133話 スパチャ解禁
「なんだこれ!? 真っ赤じゃねぇか!」
画面に滝のように高速で流れる大量の赤スパを見た庵は、びっくりして少し大きな声を上げた。
:¥10000 収益化おめでとう!
:¥800 少ないけどお祝い
:¥10801 収益化おめでとうございます! これからも応援してますっ!!
:$100.00 収益化記念代
:¥26900 先生に人生初スパ捧げます。収益化おめでとうございます! うかまるがデビューする前からずっと応援してました。記念なのでもう思い切ってガチ恋宣言しちゃいます!
現在、収益化を報告する配信中で同時に今日から投げ銭も解禁したのだが、とてつもない数のスパチャが飛び交っている。
赤から青、緑、黄色、オレンジと様々で、まるで誕生日配信でもしてるかのようだった。
しかも配信を初めて五分ほどなのに既に二万人も視聴者がいるし、何でこんなに注目されているのか分からず庵は驚くばかりだ。
明澄や澪璃とかその他ぷろぐれす関係のVTuberと関わりが多く、ほぼ箱推しの枠にいるかんきつでもここまで人気だとは思わなかったのだ。
チャンネル始動の最初だけだと思っていたが、1ヶ月半経って尚、この視聴者の数は個人としては凄まじいものがあると言っていいだろう。
(ちょっと怖いな)
庵が内心で、そう思うのも無理はない。
本当はもっと少ない視聴者とのんびりやる予定だったのだ。ここまでとは思うまい。
びっくりである。
何より怖いのは、スパチャを遡っていると明澄から当たり前のように満額のスパチャが一番初めに飛んできていたこと。
今、気付いた庵は目を丸くした。
:¥50000 ママ! 収益化おめでとうございます!!
「……娘に満額スパチャされるの複雑だよ俺。自分にお金を使ってくれ、まじで。でもありがとう」
(俺この後、会うのになあ。なんか気まずい)
うーん、と庵は渋い表情を作る。
明澄に稼ぎがあるのは分かっているが、こうして高額のやり取りが発生するのはなんだが後暗い気がするのだ。
プロとして活動しているから高校生の金銭事情とはかけ離れているものの、この金額がとてつもないという金銭感覚は持ちえている。
女性から、しかも彼女からお金を受け取るというのは抵抗感が強かった。
後でお話だな、と一つ予定を作る。
「みんなありがとう。今後の活動について思うところあるから初めに言っとくな。本当はスパチャ解禁する予定なかったんよ。俺的にはファンボとかの支援サイトで応援してもらってるし、お陰様でイラストレーター業でしっかり稼いでるからさ。この辺は氷菓と零七に相談して決めました」
普通の配信者なら配信が生業であり生活の糧になるものだから、そこで収入を得るというのは当たり前である。
だが、プロイラストレーターとして活動して収入を得ている庵はここで稼ぐ必要がなかったのだ。
初配信から収益化まで一ヶ月半空いたのは収益化するかどうか悩んだためである。
その話を明澄と澪璃に相談すると、特にイベントとか記念配信でファンの気持ちを受け取ってあげるのも配信者だよ、と言われて気が変わったのだ。
配信を彩るものとしても機能している面もあってスパチャの導入は決めた。
「あとメンバーは解禁しません。言った通り、他の支援サイトで応援してもらってるし、メンシ始めたらそっちと還元内容変わるだろうしな。ファンが色々なところにお金かけなくちゃいけなくなるだろうし、俺は嫌なんだよな。それ」
:いや、やれ。やってくれ。やってください。お願いします
:そんなん気にせんでええんよ
:メンシはいいから先生の歌みた聞きたいな〜。氷菓と一緒に蝶々結びとか合うと思う
:先生のイラストのスタンプ使いたい!
:赤字でも知らんぞ
かんきつ本人のグッズはあんまり出ていないが、イラストブックや描き下ろしたソシャゲのキャラなど、ファンが色々追ってくれているのを庵は知ってる。
だからお金がかかり過ぎない推し活にして欲しかったのだ。
コメントを見ても、やって欲しいという声は多いけれど、今はまだその気持ちになれなかった。
「いいんだよ! 趣味だから赤字でも。そもそも金のかかる企画とかするつもりないし、機材にかかったのとかもう今日のスパチャで結構ペイしてるんだよね」
:¥5000 君がッ メンシ始めるまでスパチャで殴るのをやめないッ!
:¥500 勝手にメンシ代
:歌みたやって欲しい! 前に軽く口ずさんでた「あなたに」とか良いんじゃない?
:¥640 90円からでもできますよ
:¥10000
:A$500.00 往生際悪いですね
「お前らも、もういいって言ってんダロ!? どんだけ投げてくるんだよ! あと、ちょくちょくコメントあるけど歌みたもしません」
これでもかと投げてくるリスナーに気圧されながらも庵はストップをかけにかかる。
冷や汗をかくほど画面に向かって止めろと吠えるものの、一向に収まる気配がない。
解禁した以上、好きにはさせるけれど圧を感じるし責任も感じる。
更に怖くなってきたので、庵は早口になりながら配信を締めてしまうことにした。
「はい。そんなこんなでね、まったりやるから。それと週一配信だし、スパチャ読む時間を作れるかは分かんない。それはゴメンな。ほんと、スパチャありがとうな。それじゃ、お金は大事に!」
最後の最後まで、スパチャに殴られながら庵は配信を閉じた。
ディスプレイの隣に置くモニターにはとんでもない金額が表示されていて、一夜にしてそんな大金を動かした覚えのない庵は、目をそらすようにゲーミングチェアに沈んだ。
それから暫くして、配信の終了をきちんと確認すれば、疲れた表情で部屋を出る。
「庵くん、配信お疲れ様です」
配信部屋から出れば、すぐ目の前がリビングだ。
ベランダの向こうの夜景を眺めていた明澄がこちらに気付いて、優しい小さな笑みで労ってくれた。
その可憐な恋人に癒されながら「おーう」と返しつつ、さてお説教の時間だ、と切り替える。
「お前なぁ。満額のスパチャしやがって。ありがとうございますだけどさあ」
「ふふふ。一番目のスパチャ取れたんじゃないですか?」
意気揚々とその確認を取る当たりやはり狙ったものだったらしい。
ある意味愛が重すぎる。困った恋人に苦笑いとため息が出そうだった。
「取れてたよ。俺はお前が怖いよ。という訳で、はい。お説教です。こっち座って」
「……じゃあ、ここにします」
リビングのソファに移動した庵が、本気ではないと分かる程度にむっとした顔で若干の呆れを含んだ返答をすれば、明澄は察したものがあるのだろう。
彼がぽんぽんと叩くソファまで大人しく足を運ぶと、彼女は腿の上に座ってきた。
すっぽりと収まった明澄はすっかり夏の装いとなっていて薄着姿。後ろからシャツの襟ぐりの空間が覗けてしまうので目をやらないようにしつつ「……まぁ良いけど」と明澄を抱える。
甘えて有耶無耶にしようとしているような気がしたので、うりと人差し指で幸せそうにしている明澄の頬を突いてから、お説教タイムに入った。
お久しぶりです。長くなりそうなので、半分に分けて今日の0時か明日に更新します。
ちょっと忙しくて投稿が疎かになってしました。
色々理由があるんですけど、プライベート的なものなのでご察しください。
あとは、まだ先の話になりますけど新作考えてます。とはいえこっちが優先なのでしっかり更新体制整ってからです。
最後に、おまけのお話。
今話に出てきた曲名は、実は本作に影響を与えた作品だったりします。
というわけでまた近々お会いしましょう!