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第132話 戯れもいずれ

「庵くん。納戸サービスルームのお掃除終わりましたよ」


 夕食の準備を終えて一息ついていると、その間に掃除を任せていた明澄がお団子ヘアを解きながら、ソファに戻って来た。


「お疲れ様。あとはグリルで魚を待つだけだから、ゆっくりしよっか。こっちおいで」

「お隣、失礼しますね」


 顔を見せた彼女に手招きしてポンポンと自分の横を叩くと、明澄はスカートを脚のラインに沿って畳んで慣れ親しんだ定位置に腰掛けた。


 ただ、庵はどこか物足りなさを感じて「もっと寄っていいよ」と彼女に笑いかける。

 やや戸惑いを見せた明澄だったが「あ、えと……うん」と、僅か十センチにも満たない距離を詰めて座り直した。


 纏わせた制汗剤の匂いをふわりとさせて体温を預けると、庵が満足気な顔つきをしたので、明澄は小さく笑みを浮かべて頭を肩に寄りかけた。


「庵くんが積極的なのは珍しいですね? 私は嬉しいですけど」

「明澄に触発されたのかもな」

「わたしに……?」

「だって朝からあんなに攻撃されたらなぁ」

「攻撃はしてません。スキンシップです」


 積極的な時は明澄をびっくりさせるくらい積極的な庵だが、その珍しさは天然記念物に匹敵する。

 イリオモテヤマネコやカモシカに並ぶかもしれない。


 ここ数日は明澄の方が惜しみなくスキンシップをしていたので、庵としてはたじたじで受け身にならざるを得なかったから尚のこと。

 そんな庵だから明澄は不思議そうにしていたのだ。


 見上げてきた明澄に茶化しつつ答えてやると、彼女は目を瞑り不満げに口を尖らせる。

 随分と可愛げのある断固抗議だった。


「それが俺にとって攻撃なんだよ。なんなら今日はクラスに範囲攻撃してたし」

「そんなマップ兵器みたいな……」

「充分破壊的だよ。もちろん朝のも学校でも嫌じゃないし、嬉しかったけどな」


 大人しくて淑やかな明澄が、今日は誰が見ても一目瞭然の愛情表現を庵に振り撒いていた。以前までの聖女様を知っていた彼らからするとあれほどに強烈な光景も中々ないだろう。


 庵にしても可憐な美少女に惜しげもなく好意を寄せられて表現としては良くないものの、色々と柔らかな感触を意識させられたし、健全な男子として刺激的だった。


 理性を行方不明には出来ないし、その無防備さも愛おしく思うから質が悪い。

 こうして庵に影響を与えて行動させるほどに。


「そう。そうです、朝のこと。今日、庵くんのネクタイを直してあげられなかったんです」

「出る前そんなこと言ってたな」

「という訳で早速……」

「何がという訳ですか明澄さん……?」


 今朝のあれを有言実行させられなかった事を悔やんでいたらしい。寄せていた肩から離れ、明澄が両手の指をわきわきとさせてにじり寄ってきた。


 プレッシャーを感じた庵は眉を八の字にして小首を傾げる。敬語調で問うても、明澄は無言回答。

 首元に狙い済まされた手とその怪しい千種色の瞳は逃してはくれなさそうだった。


「もうゆっくりしてるんだからさ、締めないでくれ」

「良いではないですかー」

「あ、おいこら」

「庵くん、観念してくださいな」


 それはもう楽しげに悪代官のテンプレ的セリフを口にした明澄に抵抗虚しく肩を捕まれると、いよいよとそれが迫って来る。


 なんというか、もう沢山触れている。潰れていると言っていい。気付けば上半身の体重が庵に掛かるくらいだ。


 庵が逃げ、明澄が迫る。

 男の力に対抗するにはと明澄がやや無理に力を入れたからか、思わぬパワーに庵は後ろについていた手を滑らせた。


 そうして庵の力が抜けたことにより、掛けていた明澄の力も同じ方向へ向く。

 とさっ、とソファが受け止めてくれたが、庵に覆い被さるように明澄はソファのひじ置きに手をついた。


 はらりと、明澄の髪が顔に落ちてくる。瞬間、吸い込まれそうなほど艶のある瞳と庵の瞳がかち合う。

 互いに息を忘れるかのように見つめ、一瞬だけ時が止まった。


「おっと……大丈夫か。突き指とかしてないか?」

「大丈夫です。ごめんなさい。庵くんも大丈夫ですか?」

「問題ない。けど、どいてはくれないの?」

「絶好の機会ですし?」


 倒れ込んだ事を謝るのは謝るが、それとこれは別のようだ。人差し指を頬にやり、明澄がにやりと笑う。


 どいて欲しいのは重いとか邪魔とかではないし、彼女にそんなつもりがあるように見えるからではない。

 体勢的に居心地の悪さを下半身に感じるからだ。


 また目線を腹の方にやれば鳩尾より先の視界を立派な起伏が邪魔をしている。触れて形を変えて空間を埋めている訳ではないからこそ、その存在感による近さは不健全に思えた。


 指摘するには庵と明澄の両方が羞恥に晒される。今日の積極さを捨てた彼は逃げに走り「あーいやー、襲われちゃうナー」と、わざとらしく口走りシャツのボタンを外し始めた。


「ちょっ!? なんで、自分からボタン外して……!?」


 唐突な庵の奇行? に明澄は目を見張り、そして顔を赤くし始める。


「きゃー、だれかー」

「も、もういいですから! ボタン閉めてくださいっ」


 ふいっ、と勢いよく明澄は上半身と目を逸らし真っ赤に染まった頬がこちらを向く。

 彼女の両手は庵の胸を押していて、その必死な姿には少し笑ってしまう。


 少し胸元が露わになっただけなのに、明澄のこの反応は純情過ぎた。

 幼少期から男女問わず接する事も少なく、庵以外まともに触れたこともない、かつ女子校出身ゆえの耐性の無さなのだろう。


 だからすぐにでも逃げ出すと思ったのだが、庵の上であわあわと動揺しているだけで、逆効果だったのは計算外だった。


「ボタン外しただけなんだけどなー」

「はしたないです」

「俺の上に乗ってるのは?」


 どっちがはしたないんだろうなぁ? と問うような表情の庵に自身のダブルスタンダードを突かれた明澄は「うっ……」と視線を外して、バツが悪そうに唸った。


 もう早く降りて欲しい気持ちだ。

 しっかり腰の上に跨られてないだけマシではあるのだが、今でさえ明澄が身動きする度にそわそわしてしまう。


 こちらの部屋に来る前に若干緩めの服に着替えているのも相当に悪い。なにか見えたりはしないものの、危うさが庵を煽りにかかっているのだ。


「こういうちょっかいかけるの不快でしたら辞めます」

「そんな事ないよ。俺が困るってだけ。付き合いたてで加減分かんないし、ほどほどにしてくれたら嬉しいな」

「……はい。ごめんなさい、そうします。」


 これは遊び半分だ。ふざけ成分たっぷりな訳で、そういった事は相手の許容量に委ねるものである。


 だから庵はふざけ混じりに明澄を遠ざけようとした。無論、不快とは思っていない。


 やり過ぎた、という顔をして影を落とした明澄に、柔らかい口調で庵は首を振る。


 更に拒絶ではないよと教えるように優しく笑いかけ、庵を見下ろすその綺麗な顔を両手で包み込みこんでやると、彼女は色を取り戻した。


「まぁ、今日はもうネクタイは締めないで欲しいけど、隣に降りて抱き締めるくらいなら良しとする」

「……じゃあお言葉に甘えて」


 距離感はもう測り終えた。別にスキンシップが嫌ではなくて、心と身体が急激に変化することを恐れただけ。


 なので今度は甘く溶けるような声色で明澄にそう提案すると、明澄はきちんと庵から降りて隣に寝転がり微笑を庵に見せた。


 相変わらず明澄の体温を強く感じるけれど、これはまだ慣れたもの。少しずつ居心地の良さが戻ってきた。


「襲うなよ?」

「お、襲いませんっ!」


 ニヤッとしながら庵がそう言うと、明澄はまだ頬と耳に残る赤さを携えながらペしっとその肩を叩いた。

追記

いつも感想早く返せてなくてごめんなさい。

Xとかで書籍の感想とかもちゃんと見てます。いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! 甘酸っぱい二人だけの日常..実に美味でした。 文字を読んでるはずなのに、照れる庵やからかわれる明澄の細かい感情も読めるくらいに描写が綺麗で最高!!
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