第131話 水着も近い季節
「はい、お二人共おめでとう」
「これ私たちからね」
喧騒に溢れた一日も気付けば早いもので放課後を迎えると、まばらになった教室の端で、奏太と胡桃からリボンでラッピングされた封筒を手渡された。
恋人が出来たくらいでこんなに祝ってくれるのかと恐縮してしまいそうになったが、明澄が受け取った封筒には『HAPPY BIRTHDAY!』と印字されているのを見て、庵は勘違いを喉の奥に押し込む。
明澄のバースデー祝いなら庵も含まれているのには疑問を残したが。
「胡桃さん、沼倉さん。ありがとうございます。これ私たち宛てって事でいいんですよね?」
「そうだよ。中身は最近リニューアルした隣街のレジャー施設のペアチケットだから、夏休みにでも二人で使ってね」
「悪いな。明澄の誕生日祝いに俺までそんないいもの貰って」
「庵の誕生日って夏休みでしょ。去年はそれで祝い損ねたし、タイミング的にまとめてよまとめて」
胡桃に言われて「あー、そうか」と庵は思い出して納得顔を見せた。庵の誕生日は八月だから、約一ヶ月半後になる。
その時は夏休み真っ最中で誰とも会わないし、会話にも出ないからよく忘れられて祝われる機会がないのだ。
まぁ今までの人生、祝ってくれるほど親しい相手はいなかったのだが。
だからか、久しぶりに家族以外に祝われて内心では顔に出た以上の喜びを胸に溜める。それに昨年祝えなかった事を残念がっているのも義理堅さを持つ胡桃らしく、そこまで思って貰えるのは喜悦と言っていい。
庵はちょっと気恥ずかしげに奏太と胡桃へ笑って、「さんきゅーな」と感謝を述べた。
「ところでだけど、聖女様」
「はい、なんでしょうか?」
喜ばしさを滲ませる庵を見てニコニコしていた明澄に、何か企む様子の胡桃がそっと寄ってきてひそっと口を開く。
「そのチケット使うならプールはマストでしょ? 今度一緒に水着買いにどう?」
「確かに必要ですよね。私、学校以外のプールにも海にも行ったことないので水着を一つも持ってないですし」
「あ、うそ。ないの!?」
さらりとそう話した明澄から衝撃を受けて吃驚した胡桃は信じられない、といった眼差しを彼女に向けて声を上げる。
日本は水泳の授業が当然のように組まれるし、結構身近に水辺やプールの施設がある国だ。
人生で一度も授業以外で水着を着た事がないのは相当珍しいものだろう。あまり外に出ない庵ですらプールにも海にも行ったことはあるので、彼も少し目を見開いたくらいだ。
聖女様は思ったより箱入りなのだろうか。
「はい。だからお買い物は一緒してくれると助かります」
「わーまじかぁ。これは重大案件ね。よし、そこの男子共をサクッと悩殺しちゃう、とびきりのやつ選んだげるわ」
「あ、あんまり恥ずかしいのは困り、ます……。庵くんに変に思われちゃいますから」
庵と奏太へ順に指差して胡桃が宣言するものの、おろおろと彼女の腕を掴みながら願い出る明澄の頬には赤色が差していた。
大胆であれ、大人しめであれ、最早人前で晒すようなものでもない艶やかな水着でさえ明澄はきっと着こなすスタイルと美貌を持つ。
だが、純情可憐ともいうべき彼女にとってそれはやはり躊躇われるだろう。
攻める時は攻めるし庵と付き合う前にいくらかアピールもしたけれど、そういった肌を露出した誘惑的な行動はしなかった。
なにせ庵の上裸を見て顔を真っ赤にするほどだ。恋人とはいえ生肌を見せるのにはまだ抵抗があって自然である。
「大丈夫大丈夫。男子なんてみんな露出ある方が好きなんだから」
「おい。外で着るんだから派手なヤツはやめてくれ。誰かに見せてやるつもりなんてないし」
「だよなー。去年も言ったけどオレも際どいのはやめて欲しいかな」
決めつけも決めつけのド偏見の口ぶりに、男子二人が困り顔で反論を揃えた。
がばっ、と庵の肩を組んできた奏太が「庵も分かってるね」と同調し、恋人に対する願望は同じらしい男の友情を二人して確かめ合う。
独占欲と言えば多少みっともなさも有るのだろうが、彼女に向けられる目から守るという意味では男の役目だ。
何より、庵としては際どい水着を目にしたら、顔を覆いながらしゃがんでしまうことは必死。
両者共に譲るつもりはない意志を固くして胡桃に突き付けた。
「うわ出た。この紳士コンビ。あんたたち仙人か何かなの? 美少女二人が大胆にも魅せてあげるって言うのに」
耐性の無さと欲望を抑える理性を持った庵と、余裕のある奏太は彼女相手に求める物が普通の男子とは違う。
ある意味男らしくない返答に、胡桃は眉を顰め冷やかな視線を浴びせかけてきた。
その隣では「わ、私は大胆にするとは……」と、明澄がこのままではずかしめられるのではないかと困り切って狼狽えている。
助けて、と言いたそうな顔で庵を見上げてきたので、大丈夫と瞬き一つで返事しておいた。胡桃が悪さを働くなら彼氏権限で強制介入だし、奏太が緊急逮捕してくれるだろう。
「仕方ない。今年は二着買って、お風呂で披露してあげるわ」
「そうしてくれると助かるね。オレも安心して理性を飛ばせる」
三人から止められれば、彼女はしょうがなさそうにふっと鼻で息して諦めてくれた。
が、奏太がにこやかに頷きながらえらいことを言い出したので、「飛ばすな飛ばすな」と庵はバカな事をと雑に突っ込んだら、まさかの彼ははてと首を傾げる。
あ、これはまずいと庵は顔をしかめて、薮をつついた後悔が胸の奥底から込み上げてきた。
「庵は何を言ってるんだ? 恋人相手だよ。同意のもとなら有りさ」
「すげぇなお前……」
明澄もいるのでひそひそとした声になるが、奏太はにひっと笑って格の違いを見せ付けた。
この二人が一年近く付き合っているカップルである事を実感させられる。恋愛面において何もかもが先輩なのだ。
恥じるような行いではないから白い目で見ることはないが、庵は要所でヘタレない奏太に感心しながらもなんとも言えない気持ちになった。
「という訳で楽しみにしてるよ、胡桃」
「まっかせなさい! 二人で最高の選んでくるわね。ね?」
何がという訳か分からないが、サムズアップする奏太の期待に、腕まくりして意気揚々と胡桃が胸を張る。同時に明澄にも視線を送った。
どうにか派手な水着を回避出来そうな展開に持ち込めたようだ。
明澄は苦笑いを携えて「えと、お手柔らかに」と羞恥を滲ませていたので「あんまりいじめてやるなよ」と、庵からも牽制をいれてやる。
何かと胡桃は明澄に入れ知恵とか対庵へ向けた仕込みをするのだ。
全く庵の知らぬ所でこの会話が行われていたとすれば、油断も隙もない。
やれやれと呆れ気味ながら、どこか満更でもなさそうな表情で喧しいバカップルを見つめていると、袖をくいっと引かれた。
「あの、庵くん。私の水着は嫌ですか?」
見つめるように見上げた明澄から、そんな風にいじらしく尋ねられる。
イラストレーターとして時に艶やかな絵も描くけれど、それはかんきつで庵としては大人しい趣味をしている。
それを知っているから、肌を見せる事を不安に思ったのだろう。
けれども庵だって欲がある。見たくない訳ないので外しそうになる視線を固定しながら「そんなことは、……ない。」と言い淀みつつもきっちり答えた。
「なら良かったです。楽しみにしてて下さいね」
にこりと嬉しそうに微笑を浮かべた明澄に、庵は柔らかく笑みを返す。
その裏で彼女の水着姿が見られる事が確定して浮き足立つ気持ちを頑張って抑えつけつつ、誤魔化しを兼ねて明澄の頭を撫でた。
まだ春先ですが、こちらは良い季節ですね。
更新遅すぎて何回季節が変わったのか分かりません。
気付けば、書籍の発売から半年が経ちました。本当に早いものです。良ければ手に取ってくださると嬉しいです。
ゆっくりですが、来年度もよろしくお願いします。
ちなみにこの夏、明澄さんは三着の水着を買い、四着着ることになります。なぜ一着増えるかって? そりゃあれを着るからね。うむ。