表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/152

第130話 何気ない新事実

「しっかし、ここまで尾を引くとはな」

「オレたちの時以上だよね」


 昼食も終えて昼休みも半ば過ぎの頃。椅子の背に持たれた颯人が背後のオーディエンスへの感想をやれやれと首を振りながらそう言うと、奏太が半笑いを見せた。


 聖女様の交際はビッグニュースとして校内を駆け巡り予想以上の盛況ぶり。

 百聞は一見にしかず、と高尚な意識から来るものなんて嘯くこともはばかられるほどの野次馬が絶え間なく現れている真っ只中だ。


「あの時は七月の登校日だったし、荒れなかったんだよなあ」

「そういえばお二人がお付き合いされたのって去年でしたね」


 タイミングが恨めしい、と庵は頬杖をつきながら明澄と共に去年を回想する。


 奏太と胡桃は夏休み入ってすぐに付き合ったので、露見する場が八月前の登校日となり騒ぎは少なかった。

 部活仲間には翌日から話したのもあり、運動部系から先に広がったのが功を奏していた記憶だ。


「そう思うと、なんだか感慨深い。前は見守られる側だったのにこうなるとは……そうかこれでオレたち全員恋人持ちか」


 あっ、と奏太が徐に気付きを口に出す。


「おいおい、奏太さまよ。俺は彼女持ちじゃないんだが」

「はぁ? まだそんなこと言ってるの? あの子悲しむわよ」


 庵は颯人の事情を知らないので、へぇと思ったのだが、目を細めた颯人がすかさず訂正を入れる。一瞬奏太が揶揄ったのかと思えば、更に胡桃よりやや非難的な声が飛んだせいで真実が分からなくなった。


 複雑な背景でもあるのだろうかと、隣にいた明澄と目を合わせ一緒にはてと首を捻る。


「分かってるよ。でも俺はまだあいつのことを縛りたくないんだ」

「何かご事情が?」

「颯人にはね、病弱な幼馴染みがいるのよ。今は学校にも通えるようになったらしいけど、でも付き合ったら恋人との時間作らなきゃいけないでしょ。だから、もっと自分以外のことに目を向けて欲しいんだってさ。向こうは好きだって言ってるのに。自分は欠かさず病院にもついて行く癖によ?」


 明澄に説明したあと、はぁと語尾に嘆息を付けた胡桃は肘を立て組んだ指に顎を乗せながら、呆れるようにじと目で颯人を刺す。


 うじうじすんな、と言いたいのだろう。女子の側からすれば、恋慕を発露した女子の想いに否なり応なり応えてあげるくらいはしてほしい、と言いたくなるのは分かる。

 そしてやっぱり面倒見が良いのだろう。庵と明澄の時も積極的に仲を取り持とうとしたり、アシストをしようと試みていた。


 颯人のことを知っているからこそ、庵と明澄の方はこじれないようにしようとしてくれていたのかもしれない。


「そうでしたか。森崎さんはその人にぞっこんなんですね」

「え、ああ。まぁ。そうだね。ぞっこんだよ。で、分かってるんだ。俺が悪いのもさ」


 胡桃からの話は素敵なことだと感じ取ったのか、明澄は微笑ましそうに颯人へ笑いかけた。

 本人にはそのつもりはないのだろうが、その優しい笑みを圧に感じたのか、彼は大いに認めながら少し自虐的に言葉を吐く。


 答えを出さないことに罪悪感を抱いている分、女子から言われるのはプレッシャーになるだろう。

 庵も庵で二の足を踏んでいたから、もう少し明澄に告白するのが遅かったら立場が逆転していたかもしれないし、颯人に同情しつつ俺は味方だぞと、合図を送ったおいた。


「誰かに取られても知らないわよ」

「いやあ、彼女通ってるの隣街のお嬢様学校だし、大丈夫っぽいけどね」

「あ。あそこに通われているんですね。私の小中の母校なので奇遇です」

「ほう、みんな変なところで縁があるね。中学の縁といえば、庵と胡桃も入学前に知り合ってみたいだし」

「えっ! そうだったんですか!?」


 ばっ、と明澄は結構な勢いで庵に驚いた様子の顔を向ける。


「言ってなかったか? ()()の住んでた所と俺の実家がちょっと近かったんだよ」

「それ、全然聞いてませんね」


 あれ、と思いながら明かせば、明澄がううんと二度首を振った。

 学校とか友人の話を二人の間であまりしなかったから、重要な情報が抜け落ちていたらしい。


 颯人以外の四人は高校以前にそれなりの苦労していて過去を積極的に話さないので、後からいくつかびっくりする話が出てきてもおかしくはない。

 それくらい、四人は距離感を保った関係なのだ。


「まぁ、校区は全然違うしたまたま受験勉強で使ってた公民館がちょうど家と家の間にあったのよね。だから、三年の三学期の少しの間で、ほとんど話もしなかったんだけど」

「はー。そんなご縁が……あ、だから馴染みのある庵くんにちょっと厳しいんですね」

「厳しいというか、ウマが合わなかったというかね」


 お節介かつ面倒見の良い胡桃は、親しい相手には口を出す性格だ。庵に悪いと思う節もあるのか、歯切れ悪そうにしながら苦笑する。


 もちろん線引きはきちっとしているから、彼氏である奏太の友人と言うだけではそうはならない。

 庵の交友関係の広がりが奏太経由ではなく、胡桃から奏太の順番であればと、明澄は得心がいったらしい。


「胡桃は庵が下に見られるのが嫌だったんだよね? なんせオレたちがくっついたのは庵のお陰だし。その人がだらしないだの、やる気のないだの、怖いだの周りに言われてるのがね」

「ほっときゃいいのにな。優しいやつだよお前」

「だって、()には世話になったし。ほっとけないでしょ」


 照れ隠しというかツンデレというか。口では色々言うものの、こうして少し赤くした顔を背ける胡桃は確かに善人オブ善人の奏太に似合う彼女だろう。


 庵も明澄も奏太もほっとけない属性の持ち主だし、颯人に関しても意中の少女のことを聞く限り、同じようなも感性があるからか皆一様に照れている彼女にくすくすと笑う。


 奏太と颯人に至ってはサッカー部でもマネージャーの彼女に世話を焼いてもらっていて、そんなだからか「ツンデレ世話焼き」なんて絶賛二人から揶揄れ中だった。


「あのう、庵くん。私、お二人の馴れ初めの経緯が庵くんだったのも知らなかったですけど」


 サッカー部メンツが盛り上がってる中、明澄が耳打ちする仕草で尋ねてくる。


「そっちは胡桃から聞いてないのか?」

「ちょっと聞きそびれていたというか」


 そのあたりの恋バナ的なものは女子同士で色々話し合っているものと思っていたが、意外と淡白なのだろうか。

 幼馴染みの澪璃だけでなく胡桃にもアドバイスを貰っていた気配があるので、少々意外である。


 余程、別のことを聞いたのだろうかと考えていれば横から「気になる?」と、奏太が話したそうにウザめの表情で寄ってきた。


 惚気けるつもりだなと、庵がしっしっと追い払えば、奏太は不満そうにしながらも下がっていく。

 代わりに胡桃へバトンが渡ってしまったが。


「まー明澄は別のことばっかり聞いてきたものね。告白のタイミングとか、女から行くのはとか、押し方とかあとはーえっ「わーっ。ちょちょっと胡桃さん!?」」


 にまにまーっ、と笑った胡桃がここぞとばかりに乙女同士の会話を流出させると、真っ赤になった大慌ての明澄が珍しく声を張ってかき消す羽目になった。


 両手で口を塞ぎにかかるくらいの取り乱しようは、一体何を聞いたのか。


「そこまでなのか? 何聞いたんだよ」

「い、庵くんは知らなくていいのですっ」


 明澄がここまで取り乱すのも貴重だ。

 怖いもの見たさで尋ねても、その興味を押し返すように赤らんだ顔をした明澄がぐっと胸を押して来るからよっぽどのよう。


 明澄曰く、女子は結構えぐめの会話をするなんて聞いた覚えがあるので、ここまでだともう深掘りは躊躇われたから庵は引っ込んだものの、「いずれ分かるもんねー」なんて胡桃が揶揄うところを見るに、変な手解きを仕込まれたに違いない。


 それだけ明澄が本気だったから彼女が応えたのだろうけれど、本人の前では勘弁願いたいものでクラスメイトからの視線もあって、庵の方が耳が熱くなる思いだった。


「ちょっ!? 胡桃さんやめてくださいっ」

「あはは。庵は覚悟しておくようにね」


 ぽこぽこと明澄に拳を振るわれながらも、しっかり庵にプレッシャーを与えてくるのは、ちゃんと彼氏をやりなさいというメッセージなのだ。


 他人から突っつかれないと進展しないのは分かってるし理解されているのは困りものだが、これは追々変えねばなるまい。

 渋い顔をしながらも庵は「覚えておきます」と頷かざるを得なかった。


「いえ庵くんは忘れてくださいっ」


 ただ隣からははずかしめられて若干涙目の明澄に、小声で記憶の消去を懇願されてしまう。

 じゃあどっちだと思い、右に左への対応に困り切りになったので、「実践まで待ってます」と目を逸らし羞恥を堪えながらの返事で先送りするほか余地がなかった。


 そうすれば予想外にも無言ながら俯いた明澄がぽふんと再び頬に赤みを帯びさせるから、庵は目を見張る。

 それは眺めていた昼食の友を含めた近くのクラスメイトを爆撃しては静まり返らせる威力を誇った。


 聖女様の大胆な肯定に胸の中心が慌ただしくなった庵は、終始痴態を晒さないように奔走を余儀なくされたのは説明不要だろう。


「あ、これ大丈夫だわ」


 ぽかんとしつつこぼした胡桃に、お前のせいだぞと庵は睨みつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣に住んでる聖女様は俺がキャラデザを担当した大人気VTuberでした』
9月25日(水)発売です!
隣に住んでる聖女様カバーイラスト
― 新着の感想 ―
想像するだけで赤面するなんて、どんな実践が待っているのやら… ニヤニヤしちゃいますね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ