記憶喪失になることに決めました
(これはどういう状況でしょうか…)
目を覚ますと私は自分のベッドで横たわっていました。いつの間に帰って来たのでしょうか。全く思い出せません。
しかも何故か、頭と背中がズキズキと痛みます。
「確か私、夜会に出席していたはず……」
夜会の会場だった公爵家にいたのは覚えています。でも、それからの記憶が曖昧でした。
「…ああ!私、突き落とされて……」
そうでした。階段から誰かに突き落とされたことを思い出しました。
人混みの中だったので顔は見えませんでしたが、何処かで見たような赤いドレスと金色の髪は犯人の方でしょうか。
(やっぱり早く、婚約破棄していただいた方が良いですね…)
私が突き落とされたのは、きっと、というか絶対、私の婚約が原因です。
───アルジェント・グラディウス様。
私の婚約者は、白銀の髪に水色の瞳のとても美しい人です。だからもちろん、同じ年頃のご令嬢方に人気で、熱烈なファンがたくさんいらっしゃいます。
……本当にどうして、あんなに素敵な方の婚約者が私なのでしょうか。
どこにいても目立つアルジェント様と、地味な私。隣に並べば、いつもご令嬢方の視線が怖いですし、アルジェント様は口数が少なくて、気まずい空気が流れてしまいます。
彼との婚約が決まった、とお父様にお聞きした時は嬉しくて舞い上がってしまいましたが、今では居たたまれなさしか感じません。
ですから、早く婚約を破棄した方が私やアルジェント様を含め、皆のためになると思うのです。お父様とお母様に、申し訳ないと思う気持ちがないわけではないのですが。
(どうしたら良いのでしょうか…。頭が痛くて、あまり考える気分になれないのですけれど)
そう考えた瞬間、私の頭にある考えが浮かびました。
「もしかしたらこの怪我、婚約破棄に使えるのでは…?」
何故思いつかなかったのでしょう。突き落とされた時に頭を打って、記憶がないということにすれば、きっとアルジェント様も婚約破棄してくださるに違いありません。
「…よし、記憶喪失になりましょう!」
…“なる”、といっても、記憶喪失の“フリ”をするだけですが。
(次にアルジェント様にお会いした時に、婚約破棄をしていただきましょう!)
この時の私は全く予想していませんでした。まさか、アルジェント様があんなことをおっしゃるなんて───。
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