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第3話

 実家に寄って作業用のシャベルかなにかを探したほうがいいか、と彩葉に確認すると「タイムカプセルは必ずしも土の中に埋めなきゃいけないってわけじゃないと思うよ」と、どこか諭すような口調で言われてしまった。


 タイムカプセルは地中に埋めて然るべきものだと思っていたが、それはどうやら僕の偏見でしかなかったらしい。そのおかげで僕が背負っているバックパックは、本来の用途を果たす使い方をしろ、と背中から文句が飛んできてしまいそうなくらい、呆れるほどに軽い。


 ─東京から電車を乗り継いで約二時間。東京湾からも、県の陸地に接している太平洋からもそこまで離れていない、都会と田舎が中途半端に混在しているようで、けれどどちらかといえばやはり田舎と形容せざるを得ないようなこの街が僕の《《地元》》であり、そして彩葉が生まれ育った地でもある。


 都内の大学に進学してからも年末年始には帰省をしているので、ここに戻ってきたのはおよそ三か月ぶりとなる。駅のホームにも、構内にも、改札口を抜けて目に映った夜の景色にも、以前とさして変化はないようだった。


 地方の再開発だとか、都市化だとか、たまに耳にするそういった近代的な言葉とは程々に縁遠いこの街は、日々その風景が変わり続ける東京という地に比べて、時間がゆっくりと流れているような錯覚がある。


 けれど、たった三か月という期間であっても、きっとこの街のどこかでは変化が生じているのだろう。


 ずっとここで過ごしていない限り気がつくことのできないほどに微細に、そして緩やかに。

 

 僕たちの通っていた小学校までは、そこから一番近くにある最寄りの駅からでも若干の距離がある。歩道の傍らに静かに並んでいる、風が吹いてしまえば倒れてしまいそうなほどに頼りない街灯に導かれるようにして、僕と彩葉は閑静な住宅街を歩く。


 時刻は夜の十時を過ぎていた。


 既にそれなりに遅い時間ということもあってか、道を歩いていても誰かとすれ違うことはほとんどなく、車もあまり通らない。ただ、僕と彩葉のふたつの足音だけが、辺りに交互に響いている。


「学校の備品倉庫に保管するって先生から聞いたんだよね。まぁ、それもかなり昔の話になっちゃうんだけど」


 肌触りの良さそうな濃紺色のマフラーを首に巻き直してから、彩葉は静かに言った。今年の春は例年よりも気温が下がる、とネットニュースで盛んに取り上げられていたことを思い出す。


 タイムカプセルを開ける日時を決めたのは、当然だが彩葉だった。


 当時のクラスメイト達が集まる前日─つまりは今日の夜、僕たちは母校に忍び込む。そして、学校のどこかに保管されているであろうタイムカプセルを探して、それを開ける。


 もう小学校は春休みの期間に入っている、と行きの電車の中で彩葉が教えてくれた。だからこそ、卒業生による催しなんてことも企画できるのだろう。


「土の中に埋めちゃうと経年で劣化したり、いざ探しても見つからないこともあるだろうから。普通に考えてみたら、できるだけ良い状態で未来に残したいと思っているものをわざわざ土の中に埋めることもないよね」


 そして同じく僕と彩葉も既に春休みを迎えているので、夜の学校に忍び込む、なんていう計画を─その行為の是非を問うのはひとまず置いておくとしても─実行に移すことができる。大学生という身分は、とにかく時間だけは膨大に与えられるのだ。


「もしも倉庫に保管されているのだとしたら、普通に考えて施錠されているんじゃないかな」

「まあ、どうするかは行ってみてから考えようよ。焦らなくてもタイムカプセルは逃げないからさ。たぶんね」


 それはもちろんそうだ。突如としてタイムカプセルに足が生え、ばたばたと脱兎のごとく逃げだす、なんていう奇怪な現象はきっと起こりえない。


 そして、もしも足が生えたとしても、外側から鍵をかけられているのであれば、そもそも逃げることはできないのだ。

 

                ◇◇◇


 降りた駅から数十分ほど歩き、もしかすると見覚えがある道を通っているかもしれない、と意識し始めた頃には僕たちの母校に着いていた。


 ─久しぶりに見ても、僕たちの通っていた頃と何も変わっていないような。


 けれど、例えば一度でも瞬きをしてしまえば、やはりあの頃と比べてところどころ校舎の外壁が色褪せていると感じてしまうような。そんな何の変哲もない公立の小学校が、そこにあった。


 それを見てまず抱いたのは、懐かしいという感情よりも、そういえばこんな建物だったな、という他愛のない感想だった。この学校に思い入れがないということの証拠かもしれない。何しろ、僕に至ってはたったの一年間しか通っていないのだ。


 校舎の窓を見る限り、明かりの点いている教室や部屋はなかった。とはいえ、たとえ春休み中であっても宿直をしている教師であったり、警備員が校内に居ても不自然ではない。


「─やっぱり小さいね、この学校は。こうして見ると」


 僕のすぐ隣で、彩葉が校舎を見上げながらぽつりと述べた。彼女の言葉を受けて、もう一度、目の前にある校舎をじっと眺めてみる。


 ─小さい、だろうか。もちろん広大な敷地を有している学校や、もはや絢爛と言っても遜色のないほどに設備の整っているような学校も、探せばどこかにあるだろう。けれど、一般的にはどこの小学校もこの位の規模ではないだろうかと、少なくとも今までに何度か転校を繰り返してきた僕は思った。それが都会と呼ばれる地であっても、田舎と呼ばれる地であってもだ。


「小さいっていうのは、校舎が?」


 彩葉は今、この学校を何と比べているのだろうか。気になって、僕は聞いた。


「色々、かな」


 もしもそうなのであれば、僕の見ている光景は、彼女の目にはきっと違って映っている。

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