#4 小難しい宰相
捜査は、難航する。
あの3人だが、やはり「北者」だった。
「北者」とは、王都の北側にある貧民街で活動する非合法集団のことだ。殺し、強盗、誘拐、放火……彼らに金を積めば、この手のことは大抵引き受けてくれる。
彼らも金で雇われ、指示通りに動いただけだった。相手の素性など知らない。このため脳波尋問を用いても、相手は黒いマントの男としか分からず。ついに主犯には、迫れなかった。
だが、明らかに主犯は我々のセキュリティシステムを心得ている。でなければ、セキュリティの手薄な場所など分かるわけもない。
そのセキュリティだが、あの放火未遂のあったエリアは、あの時たまたま故障していた。その故障のタイミングを狙ったように、あの3人が侵入した。
だが、ログを解析したが、内外部からの意図的な操作は認められなかったらしい。自然に壊れたとしか思えない、システム部門からはそんな回答だった。
だが……どうもこの一件、違和感がある。
このシステム、故障があればその旨を管理局がすぐに把握できるよう自動通報されるなのだが、なぜかその通報機能が作動しなかった。セキュリティー自体も二重三重に冗長性を持たせてあるため、一つが壊れてもすぐに機能を失うわけではない。だが、しかけられた仕組み全てが、今回は機能しなかった。どう考えても不可解だ。
しかも、だ。たまたま開いたそのセキュリティの穴を掻い潜って侵入者が現れた。それも確かに不可解だ。
だがそれ以前に、もっと不可解なことがある。
農場などに放火して、何をするつもりだったのか?
この辺りについて、捜査官らは「現地住人の不満が向けられたもの」と推測する。
確かに、我々に対する不満のようなものは、ここの住人の中に少なからず存在する。ここ数ヶ月のうちに、我々のもたらすものは、この国の、この街の人々の暮らしをガラリと変えてしまった。
当然、職を失う者も出る。その代わりに我々は新たな職を提供してはいるが、その職に馴染めない人々は確かに存在する。
だから、この事件を引き起こすきっかけは、いくらでもある。
に、してもだ。
それならばなぜ、もっと直接的な、もっと感情的な行動に出ないのだろうか?例えば、王都にいる無防備な地球719の住人を襲撃する、などだ。実際、散発的に起きるそういう類の事件の話は耳にするものの、ここまで手の込んだ事件はない。
結局、今回の事件は、たまたま機器の故障によるセキュリティの穴に、我々に対して不快感を抱く現地住人の誰かが仕向けた3人が入り込み、犯行に及んだ……そう結論づけられた。
むしろ、捜査官の疑問は我々に向けられた。
「なぜ、あなた方はあの場にいて、ドローンを使おうなどと思ったのか?そしてなぜ、あの3人組を見つけることができたのだ?」
ただでさえ、偶然が重なって引き起こされた事件だと言うのに、そこに図ったかのように我々がいた。不審を招かないはずがない。
この捜査官の尋問に対しては、たまたま松明の明かりがチラッと見えて、不審に思って調べた、とだけ応えておいた。幽霊のおかげで発覚したなどと話したところで、あらぬ疑念を招くだけだ。結局、それ以上のことは探られなかった。
こうして、事件は幕を閉じた。……はずだったのだが。
さらにその翌日に、僕はこの件で領主に呼び出される。
この農場のある場所は、オーヴァルニュ公爵の領地だ。そのオーヴァルニュ家の当主であるヴェルナール様が、この件で僕を呼び出したのだ。
この時点で、僕は憂鬱になる。
というのも、ヴェルナール様は遠く宇宙の向こう側から来た我々に対し、あまり良い感情を抱いてはいない。
これまで何度か、僕はヴェルナール様にお会いしたことがある。が、その度に小言を聞かされる。我々の便利すぎる技術は人を堕落させるだの、甘い食べ物で人々を籠絡しているだのと、延々と説いてくるのだ。
この農場にしてもそうだ。ヴェルナール様は元々、この地を開墾することに反対だったらしい。が、国王陛下の采配により、渋々農場の開墾を認めたようだ。今はこの農場も軌道に乗り、我々の星から派遣された遠征艦隊への食糧供給が行われ、公爵家に莫大な利益をもたらしつつある。それゆえに、この公爵様の考えも、以前より少しは変わりつつある。
だが、そんなところに今回の一件だ。
どう考えても、何事もなく済むはずがない。我々への不信感を増大させているに違いない。僕は鬱屈したまま、オーヴァルニュ家の屋敷へと向かう。
王都の中心部、王宮のすぐそばに、オーヴァルニュ家のお屋敷がある。
ここは、本当に大きな屋敷だ。駆逐艦一隻が軽々と着陸できるほどの広い庭があり、王宮の次に大きな屋敷として知られている。
というのも、オーヴァルニュ公爵家は代々、この王国の宰相を輩出しているほどの家柄だからだ。
この王国の政治の中枢は、貴族院にある。
王国というだけあって、国王陛下が統治権を持っているのだが、事実上、この貴族院がこの国を統治している。その貴族院での決定を、陛下は追認する。もう300年もの間、その政治システムが続いているそうだ。今回の同盟樹立においても、貴族院での承認があって実現された。
170人のエスタード王国貴族が集い、政治的決断を行う場所、それが貴族院だ。
その貴族院の頂点である宰相の位は、貴族院に参加している貴族らの多数決によって決められる。だがこの300年の間、慣例的に2つの公爵家がその座を独占し続けている。
一つは、オーヴァルニュ家。もう一つは、モンフォルニュ公爵家だ。
この両家の当主が、5年おきに宰相として任命される。それが伝統として今も続いている。そして今、宰相の座についているのは、まさにこのオルヴァーニュ家の当主である、ヴェルナール様だ。
そのヴェルナール様の待つ屋敷の前に、僕はたどり着いた。
門番の一人に、訪問の用件を伝える。するとその門番が、僕を屋敷へと案内する。
そして門を潜ると、広い前庭と2つの邸宅の横を通り過ぎる。そしてその奥には、駆逐艦ですら着陸可能なほどの広さの中庭が現れ、それらを横断してようやく屋敷の前にたどり着く。
車ならば1分もあれば走破できるほどの距離を、門番とともにただひたすら歩き続ける。これだけでも重労働だ。
だが、本当の労働は、これからだ。
「やれやれ、遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」
もはや嫌がらせとしか思えないこの広い敷地の行軍を終えて辿り着いた僕に対し、自らの権限を誇示せんとしてか、嫌味の一言で迎える宰相閣下がそこにいた。
「はっ!ラウル少尉、ただいま参りました!」
老人の小言にいちいち対応していたら、さらに滞在時間が長くなってしまう。僕はヴェルナール様の嫌味をさらりとかわす。
「……まあいい、それよりじゃ。昨日の一件、聞いておろう。いや、そなたはその場におり、それを防いだのであったな」
「はっ、不届き者に、危うく農場に火を放たれるところでした」
「うむ……じゃが、この事件、どうにも不可解じゃの?」
「はあ……」
うーん、やはり宰相を務めるほどの人物だ。この事件の詳細を聞いた後も、僕と同様、不可解に感じているようだ。
「考えてもみよ。あそこがわしの領地と知っての犯行じゃぞ。となれば、自ずと犯人の目星はつきそうじゃが、どうであろうか?」
「は?いえ、そう申されましても……」
……いや、僕の抱いている不可解さとはちょっと違うな。この口ぶりからすると、この領主様はどうやら僕とは違う犯人像を考えているようだ。
「あの農場に火がつけば、わしの威信が失墜する。そうなれば、誰が一番利益を受けると思う?」
「は、はあ、ええとそれは、ヴェルナール様に不満を抱いているお方ということに……」
「そうじゃ。そしてわしに最も不満を抱いている相手とは、誰であるか分かるか!?」
「い、いえ、そこまでは……」
うう、僕はそこまで貴族事情に詳しくない。しかしヴェルナール様のこの通り、ねちっこい性格だ。王都に住むほとんどの住人が、敵に回っているんじゃないのか?
「……ヴェルテラードじゃ」
「ヴェ、ヴェルテラード様……ですか?」
「そうじゃ。あやつしかおるまい」
「し、しかしヴェルテラード様が……なんのために……」
「考えてもみよ、わしが威信を失えば、わしは貴族らの支持を失う。となれば、5年おきの宰相の座はあやつが独占することができる。300年のこの伝統の破壊こそが、この放火の思惑ではないのか?」
ヴェルテラード様とは、宰相を担当するもう一つの公爵家、モンフォルニュ家の当主だ。慣例に従えば、あと2年で宰相となれるお方だ。
確かに、ヴェルナール様の推理にも一理ある。5年おきに権力が移動するこの仕組みというのは、この2つの公爵家にとっては煩わしい仕組みだ。せっかく得た権力を行使しようにも、5年もすれば他家に渡ってしまうがゆえ、無闇なこともできない。
が、その仕組みゆえに、宰相ほどの権力者を腐敗に陥れることなく健全に保つことができる。が、それは当の公爵家にとっては、デメリットでしかない。
この事件で何らかの利益を受けるのは、ヴェルナール様と対極にあるヴェルテラード様だろう。
だが、ヴェルナール様には申し訳ないが、僕はこの考えにはあまり賛同できない。
だいたい農場一つ焼いたくらいで、果たしてヴェルナール様の威信が地に落ちることなどあろうか?
そして、おそらくだが、貴族らにとって5年おきに宰相の座を変えるこの制度は都合が良いのだろう。でなければこんな仕組みが、300年も続くわけがない。国王陛下に匹敵するほどの2つの公爵家の暴走を止めるために貴族らがたどり着いた仕組みが、この5年おきの宰相なのではないのか?
と考えると、多少威信が失墜したところで、貴族らはこの慣習を改めようなどとは思わないだろう。その仕組みが、自身にとって不利益をもたらさない限りは。
……と、当の公爵閣下に申し上げたところで、聞き入れてはもらえないだろうな。お家の権威と自身の人望ゆえに、宰相の座についていると考えているお方だからな。
そういうわけで、僕はヴェルテラード様の動きに注意致しますとだけ応えて、その場を去った。
再び広い中庭を通り過ぎ、2つの別邸の間を抜けて門にたどり着く。そこから王都の城壁へと向かう。そして城壁の門を出て宿舎に帰る頃には、すっかり日が暮れていた。
ああ、気がつけばもうすぐアーダと会う時間だ。宿舎に帰っていたら、間に合わないな……仕方がない、僕はあの交差点でアーダの現れるのを待つことにする。
おそらく同じこの王国の貴族であったはずのアーダは、先ほどのあの老人と比べれば身分の低い貴族の出身なのかもしれない。
しかし、同じ貴族でありながら、抱く印象がまるで違う。
少なくとも、今の足取りが先ほどまでとは異なり、軽やかに感じているのは、そのせいだろう。
いつもの約束の時間より1時間ほど早く着いてしまった。しばらくそこで、アーダを待つことにしよう……
そう思っていたのだが、すでにそこにアーダは立っていた。
そして彼女は私を見るなり、両手を振り回してワタワタしている。
ああ、一昨日と同じだ。また何か、起こるのか?僕は、アーダの元に走っていった。




