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#2 幽霊との約束

 僕はその場で凍りつく。理解を超越した存在に接触すれば、ごく当然の反応だろう。

 この幽霊の腕が、僕の身体をすり抜け、僕の腕のすぐ内側にある。

 通常、人の腕がすり抜けるなどということは、起こりようがない。ホログラム画像で作られた立体画像の人の中に飛び込んだとしても、自身の身体が陰となって、こういう映像にはならない。途中で腕が途切れてしまうのがおちだ。


 僕らの科学力を持ってしても不可能な出来事が、まさに目の前で起きている。


 だが、なぜだろうか?不思議と恐怖をほとんど感じない。


 というのも、見た目があまり幽霊らしくない。確かに身体をすり抜けてはいるが、それ以外には、幽霊らしさはない。

 僕は、彼女の顔を見る。その顔の表情には、この世の恨みや、悲しみなどを感じることはない。

 彼女の表情は、まさに好奇心そのものだ。

 その好奇心は、僕の手の中にあるこの小さなデバイスに向けられている。


「あの……もしかして、これが触りたいの?」


 僕が声をかけると、この幽霊は表情を変えて嬉しそうに首を縦に振る。驚いたことに、こちらの声は聞こえるようだ。


 そこで僕は、地図アプリを指で動かして見せる。そして、僕はその幽霊に話す。


「この青い点が、僕らのいる位置で、ここが王都宇宙港、そこを超えたここが、王都の城門だよ」


 画面を食い入るように見つめるその幽霊は、僕の話にうなずく。それを見ると、本当に彼女は幽霊なのだろうかと、だんだん疑わしく感じる。

 だがその顔は、僕の左肩辺りから生えている。やはり彼女は、人ではない。


 その地図アプリに手を伸ばす幽霊。その手は、僕の胸を貫いている。

 そんな手を伸ばしたところで……そう思っていたが、不思議なことにタッチパネルが反応する。

 彼女の指先の動きに応じて、地図が動く。それを見た彼女の表情が明るくなる。


 満面の笑みというやつか。幽霊なのに。でもなぜかその顔を見て、僕は癒される。幽霊なのに。


 しばらく地図をいじっていたが、ある場所を指差して、パクパクと口を動かしている。何を言っているのかは分からないが、言いたいことは何となく分かる。


「ああ、ここは王都のすぐそばにある、オルレーム村だよ」


 それを聞いたその幽霊は、僕の話にうなずく。そしてまた地図を動かして、別の場所を調べ始める。


 そんな彼女を見ていて、ふと思い出したことがある。

 それは、王都周辺に出るという、幽霊の噂だ。

 宵の口に王都周辺を歩いていると、女性の幽霊が現れるというのだ。

 銀色の長い髪に、貴族が着るような豪華な寝巻き姿のその幽霊は、人を見かけると歩み寄ってくるという。だが、目撃者は恐怖のあまり走り去り、接触した者はいない。


 単なる噂話、しかも、科学的に遅れたこの星の人々の噂だ。とても信じられる要素がない。


 しかしだ。もはや、信じないわけにはいかない。まさに意思を持った、だけど実態を持たない存在が、今まさに僕の目の前にいるのだから。


 噂話では、その幽霊がどこの誰なのかまでは言及していない。だから、この幽霊が何者かは分からない。ただ、好奇心旺盛な幽霊なのは間違いない。


「あの……そろそろ帰ってもいいかな……」


 いつまでも画面から離れないこの幽霊に、僕はこう切り出す。しかし彼女は悲しそうな顔でこっちを見る。その表情に負けた僕は、仕方なく付き合う。

 だけど、もしかして夜が明けるまで、僕はずっとここにいなきゃいけないのかな?明日も仕事だ。それはそれで困る。

 と思っていたら、意外なことが起こる。


 幽霊が、あくびをしている。


 明らかに眠そうだ。いや、ちょっと待て。幽霊っていうのは、寝るものなのか!?

 だが、目の前のその幽霊は、明らかに眠そうだ。頭がこくこくと動いており、今にも寝落ちしそうだ。


「あの、もしかして、眠いの?」


 僕が尋ねると、その幽霊は首を横に振る。しかし、その意思とは裏腹に、目は泳ぎ、首はコクコクと揺れている。

 だから、僕はこう言った。


「明日もこの時間に来てあげるから。そろそろ、ね?」


 そう声をかけると、その幽霊も観念したようで、僕に手を振る。そして、交差点の一方の道に歩き始め。

 そして、消えていった。


 今ごろになって、恐怖が襲う。なんだあれ?あれは本当に、幽霊だったのか。

 だが、僕は約束してしまった。明日もここに来ると。幽霊との約束を破ると、どうなるんだろう?そう考えただけで、僕は怖くなる。


 で、翌日もまた、僕はここにやってくる。

 嬉しそうな顔で手を振り、僕の元に駆け寄る幽霊。

 ああ、なぜだろうか、あの笑顔に癒される。相手は、幽霊なのに。

 それからというもの、僕は毎日、この交差点にくることが日課となった。


 あれから1か月。地図以外のアプリも教えた。それを、目を輝かせて見るその幽霊。

 呼び名がないのも不便だから、僕は彼女に「アーダ」と呼んでいいかと尋ねる。すると彼女は少し考えて、首を縦に振った。それ以来、僕は彼女のことを「アーダ」と呼ぶようになる。


 そして、今日もアーダと会った。あの日交わした約束を、僕は守り続けている。


 ところで、毎日同じ場所で会い続けていれば、当然、他の人に出会うこともある。

 王都に向かう商人だったり、同じ宿舎に住む士官だったりするが、概ね、怪しまれてはいない。

 というのも、ほとんどの人には、アーダが見えていない。

 だから、多くの人は僕が道の真ん中で、スマホをいじっているようにしか思っていないようだ。

 実際、なぜ毎晩あそこで1人突っ立ってるのかと聞かれたことがある。それで僕は、彼女が他人に見えていないのだと悟った。


 たった1人を除けば、だが。


 それは、同じ宿舎で過ごすレーリオだ。

 彼は軍人ではない。民間会社から派遣された、農業専門の技術者だ。主にその土壌にあった種子の選定や、開拓、農場の運用計画を担当している。

 同じ農場で働いているうちに、なぜか彼とは仲良くなってしまった。

 そのレーリオにも、彼女が見える。


 ある日僕は、あの交差点でいつものようにアーダと過ごしていた。そこに、レーリオが現れる。


「あれ?ラウル、そちらはどこのお嬢様だ?」


 レーリオのこのセリフで、僕は彼にはアーダが見えていることを知る。


「ああ、彼女はアーダ。いつもこの時間に、ここで会っているんだ」

「へぇ~、そうなんだ。って、おい、真っ暗な夜に女の子を呼び出すとか、お前、何考えてるんだ!?」

「あ、いや、これには事情があって……」


 などと話しているうちに、アーダがいつものようにあくびをする。


「あ、そうか、そろそろだね。じゃあ、また明日」


 手を振り、立ち去るアーダ。それを見て、レーリオが言った。


「おい、送っていかなくていいの……」


 レーリオが言いかけた時、彼女は消える。それを見てレーリオは、僕に尋ねる。


「……ちょっと待て、今のはなんだ!?あのお嬢様、消えたぞ!?」


 ということがあって、僕はその帰り道でレーリオにアーダとのことを話す。


「……なあ、ラウルよ。俺にはよく分からないけど、そのアーダっていう幽霊、ヤバくないか?」

「うーん、どうだろう?」

「どうだろうって、お前、怖くないのか!?」

「最初はちょっと怖かったけど、今は慣れたかな」

「慣れたって……いやさ、考えてみろ、幽霊っていうのはつまり、この世に未練を残した魂が彷徨っているものなんだぞ!?そんなものと関わってたら、ろくなことにならないと思うんだが」

「いや、それはそうだけど、だからと言ってアーダのことを放ってはおけないよ」

「なぜだ?」

「少なくとも、僕がこうして毎日会ってあげれば、その未練とやらも消えて、彼女の魂が救われるかもしれない。こんな真っ暗なところに毎晩現れて、誰も相手にしない。その方がずっとヤバいことになりそうな気がするよ」

「そ、そうか?だけど……」


 などと話はしたが、結局、レーリオは僕のこの行動を支持してくれることとなる。


 というわけで、アーダのことを知る者は、2人となった。


 さて、僕はアーダのことを調べてみた。あの、幽霊の噂のことだ。王都に出向いた際に、現地の人にそれとなく尋ねてみた。だが、その正体が誰なのか、やはり分からない。


 ただ、分かったことが一つある。

 それは、その幽霊の目撃談がで始めたのは、最近だということだ。

 一番古い情報でも、せいぜい3年前。ということは、彼女はごく最近、幽霊になったということだ。


 しかし、ここ最近亡くなった貴族令嬢がいるという話は、まったく耳にしない。だから、彼女の正体が知れない。


 もしかしたら、なんらかの理由でその死が隠されているのか?

 あるいは、隠し子など、表からは認知されていない娘なのか?

 そうであれば、ろくな境遇ではなさそうだ。


 だけど、毎日会うあの顔からは、そんな境遇にさらされていたとは思えないんだけどなぁ……


 調べれば調べるほど、謎が深まるばかりのアーダ。

 一体、彼女は何者なのか?

 そんなことを考えながらも、今日も彼女に会いに行く。

 いつものように、手を振って迎えてくれるだろう。


 だが、その日の彼女は、いつもと違っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そういや幽霊だからといって、別に怖がる必要はないですよね。化けてでられる心当たりがなければ… 一番怖いのは、幽霊も商売のネタにする生きている人間 そんな人(?)をほっておけないラウル少尉…
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