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#10 追撃戦

 銀河解放連盟、略して連盟。つまりそれは、この宇宙を二分する、僕らとは反対側の勢力である、敵陣営の名前。


 その連盟側の機械が、あのカンブリルス山の山頂付近に置かれていたというのだ。想定外の返答に、僕は一瞬、ショックで身体の平衡感覚を失うのを感じる。


「た、大尉殿……それはつまり、どういう……」

「どうもこうもない。この星に、連盟軍が侵入しているということになる」

「そ、それはまさか……」

「当然、その連盟軍はこの辺りに潜んでいるだろうな。そうとしか考えられない」

「で、では……」

「そうだ、非常事態だ!だからついさっき、司令部に駆逐艦の派遣を要請した!」


 思いがけない事態に、僕は恐怖する。それはつまり、戦闘に巻き込まれることを意味する。

 軍人だと言うのに、戦闘に巻き込まれることを恐怖するなどおかしなことだと思われるかもしれないが、僕は軍人とはいえ、敵と遭遇することがあり得ないはずの、技術武官だ。

 大体、戦闘に巻き込まれまいと、軍大学でも敢えて技術武官を目指したというのに、ここに来て突然、戦闘という事態が現実味を増す。


「で、ですが、なぜさっきのあの簡単な装置が連盟側のものだと分かるんですか?」

「我々のデータベースに登録されている、連盟の工作員が過去に使用した機器の中に、今回発見された装置と同じものがあった。同時にこれは、連合側では使われていない装置だ。だから、連盟側のものと結論づけられた」


 なんだって?そこまで決定的なものだったのか。てことは、どう考えても戦闘は不可避ということになる。

 いや、待てよ。連盟軍が侵入しているとはいえ、僕が駆逐艦に乗るわけではないから、別に戦闘に加わるわけではないな。

 技術武官など駆逐艦に乗せたところで、なんの役にも立たない。それに僕には、アルソンフォ様を無事に王都に送り届けるという大事な任務がある。だから、僕が戦闘に加わることは、どう考えてもありえ……


「テオバルト大尉殿!」


 と、そんな時にアルソンフォ様が大尉に向かって叫ぶ。


「何でしょうか?」

「私もぜひ、その連盟とやらの捜索に参加させていただきたい!」


 うわああぁっ、この男爵、なんてことを言い出すんだ。大体、好奇心が旺盛なだけの気弱な男爵様が加わったところで、なんの役にも立たないでしょうが。


「いや、アルソンフォ様、これはとても危険な任務です。王都にお帰りになった方が……」


 そうだそうだ、テオバルト大尉の仰る通りだ。やめた方が身のためだ。しかし、この男爵も譲らない。


「いえ、仮にもここは王国領の只中!あまつさえその地に無断で立ち入った上に、我が命をも奪おうとした!これは王国貴族として、看過できませぬ!」

「……そうですか。いや、仰る通りです。ここは王国領。あなた方、王国の重鎮には、ぜひ見届けていただかなければならない戦いでございますね。分かりました、私が司令部と掛け合って、何とか話をつけましょう!」


 ああ……何ということだ。この男爵の余計な一言を前に、大尉はあっさりと折れてしまう。男爵様が前線に出られるというのに、僕だけが帰るというわけにはいくまい。

 しばらくすると、駆逐艦が一隻、降りてくる。僕らをここまで運んでくれた1192号艦だ。男爵様は下部のハッチから、僕は人型重機に乗り込み、格納庫よりこの艦に乗り込む。


「これより、侵入した連盟艦を捜索する。駆逐艦1192号艦、発進!」

「機関出力上昇、両舷微速上昇!1192号艦、発進します!」


 心なしか、艦長と航海長がやる気満々だ。それはそうだろう。何と言ってもこの艦には、王国の代表者たる王国貴族を乗せている。いつも以上に力が入るのは当然だ。


「高度2000、速力300!」

「僚艦との距離、3500!」

「レーダーに艦影なし!」


 艦橋では、各種計器類を担当する乗員が、各々自身の持ち場の数値を読み上げている。今のところ、まだ敵艦は見つからない。

 おそらく、敵艦は近くにいる。だが、まだ地上付近にいるのだろう。意外に感じるかもしれないが、地上に降りた駆逐艦はレーダーには映らない。ステルス塗装を施した駆逐艦が地上にいると、レーダー波では敵艦と地表との区別ができず、捉えられないからだ。

 こうなると、我慢比べだ。敵が動くのが早いか、こちらが諦めるのが早いか……これはもう、長期戦になるかもしれないな。僕は、意気消沈する。このままでは、今日もアーダに会えないのだろうか。

 何度も言うが、技術武官が駆逐艦に乗ったところで、何の役にも立たない。僕がこうして艦橋に立っていられるのは、アルソンフォ男爵様のお守役だからという理由だけだ。それ以外に、ここに立つ意味はない。


 だが、この終わりの見えない敵艦の探索は、意外にも早く決着する。1192号艦のレーダー担当武官が叫ぶ。


「レーダーに感!7時方向、距離7200!高度6000!急速上昇中!」

「艦種識別、駆逐艦級!艦色視認、赤褐色!連盟艦です!」

「なんだと!?もう現れたのか!絶対に逃すな!取舵150度!仰角60度!両舷前進いっぱい!」


 艦長が叫ぶ。スラスター音がこの艦橋内にも鳴り響く。急速回頭で、周りの風景がぐるりと回る。と同時に、メインエンジンの出力が一気に上がり、ゴォーッという重苦しい音が後ろから響く。

 だが、この艦の慣性制御のおかげで、中にいる我々は加速度を感じることはない。すると、まるで周りの風景がぐるりと動いたかのように錯覚する。これを初めて体感するアルソンフォ様は、その光景を見て目眩を覚え、その場で倒れ込んでしまう。そのまま椅子に座り込むアルソンフォ様。あーあ、だからやめておいた方がいいと言ったのに……って、そんなこと言ってないか。


 僚艦の1193号艦とともに、猛烈な勢いで逃げる敵艦を追う我が艦。しばらく上昇を続け、ついには宇宙との境界、高度4万メートル近くまで達する。すると目の前に、敵艦の姿を捉える。

 この高高度で、敵味方の追いかけっこが始まる。逃げる赤褐色の敵艦、追う2隻の灰色の駆逐艦。

 この高度では砲撃はできない。高度100キロ以上に上昇しないと、主砲は使えない決まりだ。だから敵艦は、我々に悠々と背中を向けたまま逃げる。我々はそれを、追うしかない。

 しかし、追いかけたところでどうするつもりだろうか……追いついても、砲撃できなければ後ろを金魚のフンのようについて行くしかない。ここの艦長は、この追いかけっこの先のことを考えているのだろうか?


 と思っていたが、敵艦がガラスいっぱいに見え、ようやく追いついた1192号艦の艦長が、こんなことを叫ぶ。


「よし!そのまま前進!体当たりだ!」


 ……いや、ちょっと待て下さい艦長、体当たりって、いくらなんでも野蛮すぎやしませんか?それ以上に、こっちの艦が無事で済むかどうか……艦長の言葉に、焦る僕。しかし窓の外には、赤褐色の敵艦がどんどんと大きくなる。敵艦の噴出口から漏れる青白い光が近づいてくる。あまりに異常な光景に、僕は顔からさーっと血の気が引くのを感じる。

 そして1192号艦は、そのまま敵艦の後部に突っ込んだ。


 窓いっぱいに、火花が飛び散るのが見える。ギギギギッという不快な音が鳴り響く。この音には聞き覚えがある。まさに昨日、僕の乗る人型重機があの崩落した岩盤をはじき返した時に出した音だ。

 つまりだ、この艦はバリアを展開したまま、敵の艦に突っ込んだと言うことになる。


 こちらは分厚いバリアを敵の噴出口付近に押し付けている一方、敵は無防備な後ろを晒している。後部というのは、バリアが展開できない場所でもある。このため噴出口付近が、バラバラと崩れ落ちる敵艦。

 徐々に高度を落とす敵の駆逐艦。噴出口ノズルを破壊されては、前進することができない。地上に向けて落下し始める赤褐色の船を、後ろから追う我が艦。

 再び、地上付近へと戻ってきた。エンジンを失った敵艦は、慣性装置のみで着陸を試みる。それを後ろから追いかける1192号艦。そして、森のど真ん中に叩きつけるように、敵艦が強行着陸する。

 落下した敵艦の周りに、4、5隻の駆逐艦が集まってきた。ぐるりと敵艦を囲む。そのまま、一隻が敵艦のそばに降り立つ。


 しばらくの間、1192号艦と僚艦らは空中で待機を続ける。だが、敵艦を調査していた艦から連絡が入る。


『敵艦、確保!艦長以下、90名を捕縛!』


 地上を見ると、次々に敵艦から人が降りてくるのが見える。通信では捕縛と言っていたが、よく見るとその落下した敵艦から次々と担架で運ばれているのが見える。やはり無茶な着陸を行ったため、怪我人だらけのようだ。いや、それだけではない。捕縛したのが90名ということは、少なくとも10人は亡くなったということだろう。


 ともかく、敵の船を捕まえた。つまり、あの岩盤崩落事故を引き起こした張本人達は捕まった。


 そこで僕は、ふと思う。もしかして、最近王都で立て続けに起こっていたあの数々の事件も、連盟軍の工作だったのか?


 そうだとするならば、あの不可解な事件の辻褄が一気に繋がる。

 連合にとって見れば、あの事件によって王国からの信頼を失いかねないところだった。連盟からすれば、これは確かに効果的だ。

 彼らは一体、どれくらいの事件に関与しているのか?この辺りのことは、捕まった連盟軍の生き残りを尋問すればはっきりするだろう。


 ともかく、思ったよりも早く追撃戦は終結した。


 そしてその日は、夜までに何とか王都へとたどり着くことができた。

 その帰り道、僕はいつもの交差点に向かう。そこには、いつものようにアーダの姿があった。


 アーダの顔を見る。昨日、僕は約束をすっぱかしたから、かなりお怒りの様子だ。不機嫌そうな顔でこっちを見ている。声は出なくても、表情で分かる。それにしても、相変わらず表情が豊かな幽霊だ。

 しかし、僕の疲れ切った顔を見て、少し心配そうな表情に変わる。僕の顔をじーっと見つめるアーダ。


「あ、ああ、大丈夫だよ、アーダ」


 僕はアーダに応える。そして、いつものようにスマホを取り出す。

 今日のアーダは、スマホよりも僕の顔ばかり見ていた。その度に僕は、アーダに微笑み返す。


 とても大変な2日間だった。だがしかし、不可解な事件の犯人もこれで判明するかもしれない。そうすれば僕は心置きなく、アーダと会うことができる。そんな2日ぶりのささやかな幸福を、僕は実感していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラウル少尉、とんだとばっちり。もしものときは男爵の盾にならなあかんのね、お気の毒に。 そんなVIPがおるのに突撃かい! 男爵「連盟の艦とやらが墜ちたのから、艦内に突入するんだよな、いよい…
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