トマス 赤鬼と言われた男 異世界開拓地物語 外伝
このお話は異世界開拓地物語の外伝になります
赤鬼のトマスの誕生秘話
本編の物とはまた違うお話を、お楽しみください
いきなり頬を殴りつけられた。
鉄の味が口の中に染みる。
唇が切れて、腫れながら熱い痛みに変わる。
妻が頬に傷のある兵士に連れて行かれる所だった。
「…ダリア!」
そう言って追いかける瞬間に。
「…お母さん!!」
そう叫びながら、小さな娘が駆け寄ろうとしていた。
娘が殴られたら!、そういえば思った瞬間に、娘を抱き締めて止める。
娘はトマスの腕の中で泣きながら。
「………お母さん!………お母さぁ…ん…」
そう叫びながら、泣いていた。
頰に傷のある兵隊がトマスを蔑みながら。
「用が済んだら、返してやるよ…いつかはわからんがな」
………そう言ってダリアを連れて行った………
その日の夜、娘は泣きながらトマスにしがみ付いて寝ていた。
「………お母さん…帰って来る?………」
そう言っては、トマスの胸に顔を埋めて泣く娘に、トマスは。
「………あ…ああ、………帰って来るよ………だから…2人で…待ってような」
そう言うトマスの目に…涙が光っていた。
その頃、ブロッケン領の山間部では、ダリアが夜の月明かりの中で、頰に傷のある兵隊に追われていた。
ダリアの服の胸は裂け、スカートは足の付け根まで破けていた。
夜になって野営していた時に、頬に傷のある兵隊に、いきなり襲われた。
途中で、兵隊がズボンを脱ごうとしている隙に、突き飛ばして逃げた。
兵隊がズボンを履き直しているうちに、距離を稼ぐ。
「待て、この女ぁ!」
そう言って兵隊が追いかけて来た!。
後ろから怒号を叫びながら、兵隊に追われているうちに、足が石に引っかかった。
アッ!っと思った瞬間、ダリアの身体は崖から落ちていた、甲高い悲鳴と共に崖の下に落ちて行く。
頰に傷のある兵隊は、それを見て舌打ちすると。
「………糞が…まだ途中で死にやがって………」
そう言うと戻りながら、ブロッケン領で代わりの女を都合する段取りを、頭の中で考えていた。
開拓地、王国と呼ばれる国の南南東にある未開の土地で、国王が住む王都から南にあるブロッケン領の右隣にある。
その為、流通はブロッケン領を通らなければならない、辺境の土地でこの土地の山間部から金が発見されたのが、全ての始まりだった。
国王は金山に囚人を送って労働力を確保すると同時に、開拓地を開墾する農民を募集した、金山への労働力への食料を確保する為である。
その為に開拓する農民は最初の数年は納税は免除し、ある程度の支度金を渡す触れを出した。
トマスは農家の三男として生まれた、当然自分の農地は無く、このまま家で手伝いをしながら食わせてもらうか、雇われ農夫として人に使われるか、2つに1つを選ぶしな無い中での、開拓地の開拓民募集を聞いて、幼馴染のダリアと共に、夫婦として開拓に参加する事にした。
何も無い土地にあばら屋を建てて、木の根元を掘り起こし、大きな石を掘っては退ける。
最初の年は収穫なんて無いので、野草や木の実を食べる、それでも足りなくてやっと蓄えの食料に手を付ける。
貧乏だった…それでも日々自分の農地が広がるのは励みになった、そして翌年に初の収穫を迎えた年………娘が生まれた。
………今でも思い出す…娘を始めて抱いて初乳を与える…妻の姿を。
疲れて…フラフラになりながらも…満足そうな…そして慈愛に満ちた笑みで…娘を抱く姿を思い出しながら………トマスは泣きながら娘を抱いて…寝ていた。
それから一年に一度程度の頻度で、ブロッケン領から兵隊が来ては、娘や姉…時には妹など…年頃の女を攫って行った。
トマスが住んでいる近くの村の村長が、開拓地領の領主に掛け合うも、良い返事は期待出来なかった。
隣のブロッケン領の領主、カール ブロッケン ジュニアは王族の末席の一族で。
王都に叔父などがおり、身分の低い貴族ほど、逆らえるはずもなく…皆が泣き寝入りの状態だった。
そんな時に、開拓地領の領主が、交代すると噂が流れた。
新しい領主の名は アルフレッド ファン フロンティア。
帝国との戦争で名を馳せた人物だった。
その人が何故?こんな辺境の開拓地へ?
聞けば…娘を隣領のブロッケン伯に妾として差し出すのを拒んだ為と聞いた。
それを聞いて、トマスの中でのアルフレッド伯の評価があがった…その年…不作の年が訪れた………
元々、ここの土地は痩せていて作物の実りも良くは無かった…そして不作………
誰もが飢餓を恐れていた時に新しい領主の兵隊がやって来た………
「領主、アルフレッド様の言付けを伝える」
兵士はそう言うと、食料は足りているか?また特に子供の居る家庭は、子供に食料は足りているか?………そう聞いて来た。
「後日、足りない食料の補給と農業指導に人が訪れる」
そう言うと、見ても慌てない様にと言うと戻って行った。
トマス達は村長と話し会った。
「納税の話が出て来なかったんだが?………」
「逆に不安になるな………」
そんな声が聞こえる中、数日後にその人物達が現れる。
規則正しい音の連鎖の後に土と石を踏む音、馬の無い馬車が現れると村人は目が点になった。
「………あれは?………一体?………」
村人が目を見張る中でトラクターを積んだ軽トラと肥料や種芋を積んだトラックが数台村に着くと、前回来た兵士が村長に。
「こちらは斎藤さん…流れ人だ…」
流れ人?…それを聞いて村人達が驚愕する。
流れ人とは、魔石山脈の霧に運ばれた異世界の人の事で、魔石山脈の霧は気まぐれに、こちらの人や魔物を別の世界に送り、あちらの世界の人や物を運ぶと言われている。
軽トラから降りた老人は歳の割には元気そうで、皆の前に来ると。
「斎藤と言います、異世界〈日本〉から来た百姓です」
その他にも医者と栄養士と名乗る男女が居た。
斎藤と名乗る百姓は何やら機械に乗ると畑を耕し始めた、同行していた兵士によるとトラクターと言うらしい。
トラクターが土を耕した後に、兵士が袋から肥料と呼ばれる物を撒いていた。
トマス達は種芋と呼ばれる芋を等間隔に埋めて行く。
ジャガイモとサツマイモ、玉ねぎ、ニンジンなどを植えて行く。
医者は村民を診察すると、兵士に栄養面で問題、特に子供にあると言い。
栄養士と呼ばれている女性は、村の女達を集めて、今植えている野菜の食べ方を教えていた。
最後に当面の食料と調味料、子供達にはお菓子を配ると、兵士達は帰って行った。
「来年の種蒔きの時期にまた来る、それまでお元気で」
そう言って帰って行く兵士達を見送る村民達の目には。
………希望が見えて来ていた。
翌年、種蒔きの時期に再び兵士と斎藤さんが訪れると、麦畑を拡張し出した。
「機械でやると早いから、あと病気に強い種も持ってきた」
そう言うと麦畑だけでは無く、トマトやキュウリと呼ばれる野菜も育て始めた。
栄養士と紹介された女性がトマトとキュウリを見ながら。
「トマトはそのままでも、料理にしても美味しいの、キュウリはこれから暑くなると食べるのに良いわ」
ナスやカボチャなども少しずつ増えだした。
秋には実りの多い年になり、年貢を納めて余剰が出来るほどだった。
収穫が終わって、行商人がやって来ると、砂糖や塩などの生活物資と共に。
………銃が積まれていた。
行商人は年寄りの男性で目が鋭い、しかし話して見れば、話しに引き込まれる。
そんな男がトマス達に、ウィンチェスター ライフルと呼ばれる、レバーアクションの45口径と呼ばれる拳銃弾を使う銃を進めて来る。
「こいつの利点は弾が14発詰めておける、拳銃弾だが45口径なら、畑を荒らすイノシシくらいなら充分さね」
そう言って、銃の右横のスリットに弾を込めると、レバーを引いては次々と打ち出した。
トマスは緊張して、どもりながらも。
「と、盗賊とか………人でも…使えるのか?」
そう言うと行商人は笑顔で。
「勿論だ、今なら手入れする道具と説明図に弾を100発付けよう」
そう言うとトマスにライフルを渡して、使い方を指導しだした。
トマスはライフルと娘に土産の人形、それに日用品を買うと、農場に戻った。
それ以下、トマスを含めて、村で自警団を作り、運営をしだした、農場に来た害獣を狩っては、冬の食料にする。
王国内で不作と言われる中で、開拓地だけは、異世界〈日本〉の技術と指導で豊作だった、そしてブロッケン領から兵士達が来たのは、その時だった。
王国内で、不作の為に食料が不作していた。
ブロッケン領でもそれは、例外では無かった。
ブロッケン領の兵士達は、食料と出来れば若い女を調達しようと思い、トマスの農場に入り込んだ。
トマスはその時、馬屋で馬の世話をしていた、多数の馬が付いた音と人の話声を聞いて、馬屋の陰から覗くとそこにはブロッケン領の兵士達の姿があった。
兵士達が家の中に入ると、夕飯の支度をしている娘の姿があった。
下卑た笑いを浮かべながら、娘の手を引き外に連れ出す、娘は泣いて抵抗するのだが、兵士の腕力には敵わない。
娘の悲鳴を聞いて、トマスは駆け出したい思いを堪えながら、裏口から家に入った。
ベットの下に置いてあるウィンチェスターライフルを取ると、レバーを引いて初弾を薬室に送ると銃を手に外に出る。
…十年前の記憶…連れて行かれる妻の顔と娘の顔が重なる。
…今度は…連れて行かせない!…そう決心してトマスは、銃を手に駆け出した。
兵士が2人で娘を馬の方に連れて行こうとしていた、残りは倉庫に食料を探しに行ったようだ。
トマスは兵士の後ろから声をかける。
「…俺の娘を返してもらおうか」
「お父さん…!」
と娘の声を遮る用に兵士が。
「なんだ貴様は!…抵抗するのか?」
そう言うと兵士は娘から手を離すと剣を抜いてトマスに近づく。
トマスはウィンチェスターライフルを、剣を抜いた兵士に構えると、腹を狙って引き金を引いた。
バァンっと大きな音に、兵士達が驚く顔が見える、腹に45口径を喰らった兵士が腹を抑えてうずくまると、トマスはレバーを引いて空薬莢を排出すると次弾を薬室に送ると、膝を着いた兵士の頭を狙って引き金を引く。
再びバァンと音がして、兵士の頭に穴が開いて脳の一部が飛び出た。
それを見てもう1人の兵士が、悲鳴をあげながら剣を抜こうとするのを見て、トマスはレバーを引いて次弾を装填すると、その兵士の胸を狙って引き金を引く。
バァンと音と同時に、胸に45口径を喰らった男が、後ろに倒れた。
「お父さん!」
泣きながらトマスにすがりつく娘をなだめると、倉庫から兵士達が飛び出した。
トマスは咄嗟に出て腰だめにウィンチェスター ライフルを構えると、レバーを激しく動かしながら連射させる、狙いなんて付けてる余裕は無かった。
バァン…ガチャ バァン…ガチャ ウィンチェスター ライフルの射撃音が連続して響く。
飛び出して来た3人の何処かに当たったのだろう、バァン…ガチャ バァン…ガチャ を繰り返しているうちに、3人は地面にうずくまっていた、トマスは再度レバーを引くと。
兵士達の頭にトドメを撃ち込んで、倒れて呻き声を上げている3人を黙らせると、倉庫の後ろから馬が飛び出した。
馬には兵士が乗っていた、トマスはレバーを動かすと、馬上の兵士に向かって引き金を引く。
…カチッ…っと音がして弾が出なかった、レバーを動かしても、薬莢が出ない。
弾が尽きたか………そう思っている間に、兵士はドンドン離れて行った。
トマスは、銃を下ろして娘を抱き締めると、娘に。
「………村長の所に連れて行く…しばらくあっちに泊まりなさい………」
そう言うと娘を家の中に連れて行った。
村長の息子とトマスの娘は幼馴染で、今年結婚する事が決まっていた、娘を連れて馬車で村長の所に行くと、村長と息子が家の外に出てきた。
「トマス………何があったのか?………」
そう聞く村長に、トマスは。
「…さっきブロッケン領の兵士が来て………娘と食料を奪いにやって来た………」
それを聞いて村長は目を見開いて驚くと。
「………なっ!…なんだと?………それで…どうなった?………」
そう聞くとトマスは。
「………5人迄は倒したんだがな………1人逃げられた………」
それを聞いて村長は耳を疑った、トマスは嘘を吐くような男では無い、しかし一人で五人も一度に倒すとは。
村長が考えているとトマスが。
「………銃を使ったんだ…彼奴らは銃を知らない…油断してたんだろう…」
そう言うのを聞いて村長は、それにしても人を殺せる男じゃ無いはずだ、そう思っていると、トマスが。
「………十年前…俺は…見てるしか無かった…」
それを聞いて村長は思い出す、トマスの嫁が十年前に連れて行かれた事を。
「………今度は娘が………そう思ったら………居ても立っても居られずに………撃っちまったよ………村長………」
そう言いながらトマスは………泣いていた。
何も言えない村長に、娘を頼むと言うと、トマスは馬車に戻って。
「………彼奴らは………また来るかもしれん………済まんが娘を頼む………」
それを聞いて娘が、泣きながら。
「………お父さん、何で?…何で戻るの?………ここに居ようよ…」
そう言う娘にトマスは。
「やった事に…責任は取らんといかん…村長…俺は家で待ってるから…済まんが領主様の所に…使いを頼む………」
そう言うと馬車で家に戻って行った。
後には、泣きながらそれを見送るトマスの娘とそれを抱き締めてなだめる息子、それに村長が残された。
村長は息子に、家に入る用に言うと、村で一番乗馬の上手い男の家に行くと、領主様の所に使いを頼んだ。
「………替え馬を連れて…大急ぎで頼む…」
そう言うと男を送り出した。
トマスは家に着くと、兵士の死体をどうするか迷ったが、そのまま置いておく事にした。
ウィンチェスター ライフルをテーブルに置くと、急に腹が減って来たので、パンを水で流し込む。
「………結構…食えるもんだな…」
そう言うとそのまま椅子に座って仮眠を取る、報復に備えて弾をあるだけテーブルに乗せると、そのまま眠りに着いた。
村長から頼まれた男は馬を変えながら、不眠不休で領主様の館を目指す、着いた時にはもうすぐ夜明けになる時間帯だった、空に2つの月と太陽が昇り始める頃に、領主の館の門の前に着くと、門番の兵士に。
「ブロッケン領の兵士が…村はずれの農場に押し込んで来ました…領主様にお伝えください」
そう言うとその場で疲労の為にうずくまった、門番の兵士は直ぐに領主様の所に向かう、残った兵士は倒れた男に水を飲ませて介抱をする。
開拓地領、領主アルフレッド ファン フロンティアは騒ぎで目が覚めた。
………何があった?………
そう思いつつ最近、異世界から取り寄せた、護身用の拳銃 ブローニングHPを、ベットの側のチェストの引き出しから出すと、スライドを引いて初弾を薬室に送り込むと、安全装置を掛けて身に付ける。
ブローニング ハイパワーは銃器設計の天才、ジョン ブローニングの設計した最後の拳銃と呼ばれる、世界80か国以上で使われその信頼性は高い。
弾倉は初めて2列弾倉が採用され9ミリパラベム弾が13発入る、部品数も少なく、今なお現役である。
部屋の外で兵士がドアをノックすると。
「………早朝から失礼いたします…ブロッケン領から兵士が数人、我が開拓地領に侵入し略奪を行おうとした模様です…」
それを聞いて、アルフレッド伯は。
「…行おうとした?………行ったでは無く?…か?」
そう聞くと兵士は。
「はっ、侵入した6名は村人により射殺され、1人は逃げた模様です」
それを聞いてアルフレッド伯は、最近 村で自警団を組織していると、聞いていたので。
「自警団で撃退したのか?何人で対抗した?…こちら側の被害者は?」
それを聞くと兵士は困惑した顔で。
「………それが………たった1人で撃退したそうです…閣下」
それを聞いてアルフレッド伯は目を見開いて。
「…たった1人で5人を撃退した?………その者は?…兵士か…それとも冒険者か?」
兵士はためらいながら。
「早馬を駆けてきた、村人によりますと、撃退し人物の名は…トマスと言い………開拓村の百姓………だ、そうです」
それを聞くとアルフレッド伯は寝間着の上にガウンを纏ったままで。
「………詳しい話を聞きたい………応接室に通す用に………」
そう言うと、応接室に兵士と共に移動した。
応接室で兵士と共に待っていると、村から来た男が支えられながら入って来た。
部屋のソファに座らせると、最初は遠慮して床に跪くつもりだったのだが、疲労の為にそれも出来ず、ただただ萎縮する村人にアルフレッド伯は微笑んで。
「無理をさせて済まんな、詳しく教えてくれるか?」
それを聞いて村人は堰を切ったよう用に話し出した。
十年前にブロッケン領の領主が変わってから、たびたび略奪に訪れて女と食料を攫って行くと。
「トマスさんの奥さんも…十年前に攫われてから音沙汰なくて………そんで…今回は娘まで攫われてそうになって………」
そこまで言うと村人は目に涙を溜めながら。
「トマスさんは悪くねえです…彼奴らは………野党と変わらねえ………」
そう言うと押し黙った、アルフレッドはそれを聞いて。
「………その…トマス?…っと言ったか………元は兵士か冒険者なのか?」
そう聞くと村人は。
「………いんや…トマスさんは…ずっと百姓だけしてた人です………」
そう言うと、アルフレッド伯の方を見てから。
「…おねげえします!…トマスさんは悪く無えです…トマスさんは悪く無えですから!………」
そう言って泣き崩れる村人を見ながら、アルフレッド伯は決心していた。
「………わかった…トマスとか言う者の事は心配するな………野党相手に、家族と財産を守った男に罪は問えん………」
それを聞いて、村人は安堵するとアルフレッド伯に感謝しながら、兵士に付き添われて部屋を出た。
執務室に残ったアルフレッド伯は、部屋に戻ると着替えを済ませてから、兵士に通達する
「襲われた村に赴いて、死んだ兵士の死体を処分させろ、あとトマスとか言う農民は罪には問わない、野党から家族と財産を守った男に、罪は無い」
徹底させろと命令を出すと、何名かの兵士が飛び出した。
「3人の軍事参謀を呼べ、計画を早める」
………もう好き勝手にはさせん………
アルフレッド伯は国境に出兵させる事を決断した。
夜が明けて日が差すと、椅子に座って仮眠していたトマスは目を覚ました。
銃を持って外に出ると、昨日の兵士の死体が目に付いた。
「………埋めるか………」
そう一人呟くと、納屋に道具を取りに向かった。
アルフレッド伯の命令により、トマスの 住む村を目指している兵士は四輪駆動車に分乗して向かっていた。
昼過ぎに村に着くと、村長の家を目指す。
ひときわ大きな家から、村長が家を出てきた所に声をかける。
「アルフレッド伯からの使いできた…仔細を聞きたい」
村長は自己紹介をしてから仔細を話した。
現場はトマスの農場で、トマス自身もそこで沙汰を待っていると言い。
「………トマスは…ブロッケン領の兵隊からの報復があるかも知れんから残ると…そう言って農場に帰りました」
そう言うと村長は兵士に。
「…トマスは…罪に問われますか?…」
そう聞くと兵士は微笑みながら。
「心配はいらん…アルフレッド伯も罪には問わんとおっしゃっておる」
それを聞いて村長はホッとした顔で。
「トマスの家に…案内いたします」
トマスは家から少し離れた、畑の側の木の近くに穴を掘っていた、鍬を振るっていると車のエンジン音が聴こえて来た。
木に立て掛けてある、ウィンチェスター ライフルを取るか迷ったのだが、どうやら開拓地軍らしいので、鍬を持ったまま待つ事にする。
村長の案内でトマスの農場に向かうと、途中で鍬を持った農民に出会った。
村長に確認するとトマスで間違い無いらしい、男の側に行くと近くの木にライフルが立て掛けてあった。
トマスと見られる男は、銃を取るでも無く鍬を持ったままジッとその場を動かなかった。
車を降りて側に行くと声をかける。
「お主がトマスか?、領主様からお沙汰を伝えに来た」
そう言うとトマスは鍬を放すと、その場で膝を着いた。
「………この度は…お騒がせ致しまして…誠に申し訳ございません」
そう言うとトマスは深々と頭を下げて沙汰を下されるのを待っていた。
それを見て兵士は好感を覚えると。
「領主様からのお沙汰を伝える………野党から家族と財産を守っただけの男を罪には問わん………そうお沙汰が下った」
兵士はトマスの方を見ると微笑みながら。
「よって…無罪だ…良かったな…」
そう言うとトマスは肩を震わせながら。
「…ありがとう…ございます…」
そのまま、しばらくその場を動かないトマスに。
「賊の死体を片付ける…案内を頼む」
トマスの家の前には死体が5つあった、傷と懐を探ってみる。
全ての死体の頭に穴が空いていた。
………冷静だな………そう思いつつ懐を探って所持金など金目の物を取ると、四輪駆動車の荷台に遺体を乗せて、トマスが穴を掘っていた所に向かう。
全員で手分けして埋めると夕方になっていた。
取った所持金をトマスに渡すと。
「迷惑料がわりに貰っとけ…武具や防具は軍で使わせてもらうがいいかな?」
トマスは最初戸惑っていたが、最後には懐に仕舞うと。
「………すいません…銃の弾を分けてはもらえませんか…また奴らが来る時に使いたいので…」
何の気負いもなくそう言うトマスに戸惑いながらも、45口径の弾を渡すと。
「………また来る…早まるなよ…」
そう言うと兵士達は四輪駆動車に乗って戻って行った。
数日後、領境いに砦を建設する為に開拓地領軍は再びトマスが居る牧場と村にくることになる。
彼らは早朝に村に着くと、村長に面会する。
「砦を建設する為にこの村で食事を作って運んで欲しい、もちろん対価は払うし、食事の材料はこちらで用意する」
そう言う領軍の指揮官は黒人の老人だった。
マクマザーンと名乗ったこの老人は異世界から銃器と共に送られて来た軍事顧問で他にも二人の軍事顧問が居た。
「あと義勇兵も募集する…対価は勿論払う…」
そう聞くとトマスは前に出て躊躇いながら。
「すみません…対価なんですが…ある程度まとまった額が必要なのですが………」
その後、トマスは村長の家に寄った。
村長の家にはトマスの娘が、あの日以来泊まって居た。
トマスは村長と娘に袋に入った金を渡すと。
「…すまんが…嫁入りの支度金として納めてくれ…」
そう言うと、このまま娘を嫁に貰ってくれと頼むと。
「…俺は義勇兵に志願したから………しばらくは戻れない………娘一人だと物騒だから………頼みます」
そう言うと足早に家を出ると娘が。
「…お父さん!…帰ってくる…よね?…」
躊躇いがちにそう言う娘にトマスは。
「ああ…帰って来るよ……済まんが後を頼む…」
そう言うとウィンチェスター ライフルと雑嚢を手に、軍のトラックに乗り込んだ。
ブロッケン領と開拓地領との間には川が流れており、石で出来た橋が架かっていた、
馬車が通るその橋は、トラックで言えば2トンが通れるくらいの幅しか無い、これ以上幅を広げると重量物に耐えられない。
開拓地領軍は異世界から入った機械と材料で馬防柵を作って行く、パイプで組んだサッカーゴールに似た型にフェンスと有刺鉄線を巻き付けて行く、触るだけで身が切れる有刺鉄線の棘はまるで、鋼鉄の薔薇の様だ。
それを橋の角から川沿いと、橋の幅で真っ直ぐに400メートルほど伸ばして、鋼鉄の薔薇のゲートで真っ直ぐだけしか進まなくさせる。
無論遮蔽物も無い、敵が来たら弓の射程外かから狙い撃ちする、それが開拓地領軍の軍事顧問、マクマザーンが取った作戦だった。
そして400メートル先には、行き止まりの銃眼付きの壁があった、ビルの解体現場で使う借り足場を使ったこの銃眼は高さは6メートルを超える、縦に3人が立って銃撃出来る様に工夫されていた。
トマス達、義勇兵は資材の運搬や組み立ての補助に回った、トマス達の知らない機械がどんどん資材を下ろしてトラックを返して行く。
それは2・5トンのディーゼルエンジン付きのフォークリフトだった、青い作業服を着たリフトマンが次々と荷物を降ろしては、トマス達の近くに置いて行く。
防御陣地が出来た頃、上の見張りから警告のサイレンが鳴らされた。
「ブロッケン領軍を橋の向こうに確認!各員配置に付け!!」
ブロッケン領軍と開拓地領軍との激突がここに始まった。
ブロッケン領軍からの使者にマクマザーンは。
「戦をするならかかって来い坊主…それとも王国のスカートの中に隠れるか?」
そう言って追い返すと兵達に戦闘糧食を配って。
「そのまま待機、交代で食事を取れ」
そう命令が下ると各自で見張りと休憩に分かれる。
トマスは貰った箱を開けた、中にはクラッカーやビスケット、チョコレートなどそのまま食べれる副食と缶詰が入っていた。
交代で休憩を取って居るとサイレンが鳴った。
「ブロッケン領軍が接近中、狙撃隊は騎兵と指揮官、後の撃ち漏らしは各自で狙え」
そう命令が下るとトマスはウィンチェスター ライフルのレバーを引いて初弾を薬室に送ると待機する。
最初は最上段の狙撃隊が撃ち出した、騎兵が倒れて馬が逃げ出す、接近する兵を狙撃兵以外の開拓地領軍の兵が撃ち出した。
トマス達の拳銃弾では100メートルくらいが限界だ、引きつけてから撃ち出す。
次々と倒れるブロッケン領軍は近づけもしない現実に打ちのめされ、敗走し出した。
「殲滅しろ、橋から敵が居なくなったら改造車両用意」
橋からこちら側に抵抗勢力が居なくなった時点で、馬防柵の一部が外されて改造車両が次々と走って行く。
倒れたブロッケン領軍の兵士の上を2トンのトラックを改造した戦闘車両か通ると、悲鳴と呻き声が上がる、最後に陣地破壊用の防弾ホイールローダーが出るとトマス達にブロッケン領軍の後始末を頼むと依頼が来た。
銃剣を装着したエンフィールド ライフルはまるで槍の様だ、それを使って開拓地領軍の兵士はブロッケン領軍の負傷兵にトドメをさす。
胸を刺して反応が無い遺体を、バケットを装着したフォークリフトのバケットに入れると、そのままダンプの荷台に放り込む。
息がある者は重傷者はトドメを刺し、軽症者は捕虜にした。
その作業をしていると、見覚えのあるブロッケン領兵が倒れていた、腹に銃弾を食らって穴が開いているその兵士の顔の傷を見て、トマスは頭を殴られた様にショックを受ける。
十年前に妻を奪った兵士
顔の傷に見覚えがあった、歳を取って太ったが間違いなくあの兵士だった。
トマスは頭を殴られた様なショックを受ける、そして兵士に氷の様な声で問いかけた。
「…俺を…覚えているか?…」
そう兵士に問いかけるが、兵士は何の話だ?
そう言いたげに眉間にしわを寄せる。
トマスは少しずつ男の顔に自分の顔を近づけながら。
「…十年前…お前は…俺の妻を攫っていった…」
兵士はトマスの迫力に怯えながら、逃げようとするがトマスは兵士に馬乗りになった。
腹の傷が痛むのか、兵士は呻き声をあげる。
周りの開拓地領兵が止めようとするが、トマスの背中を見ると近づけない迫力があった、トマスは兵士に問いかける。
「俺の娘は…泣きながら…お母さん行かないで…そう泣いていた…俺は娘を抱きしめて止めるしか無かった…お前達に娘を殴らせ無い為に…」
そこまで聞いて、兵士の顔に変化があった、明らかに何かを思い出して、トマスの顔を見て震え出した。
「お…俺は…何も知らない…何もしてない!」
兵士の明らかな変化を見てたトマスは確信する、間違いない、コイツは妻を攫って行った奴だと、そしてトマスは男の腹に空いた傷に手を差し込んだ。
「…!…ぐわぁあああああ…」
兵士が下で暴れて出すが、トマスは胸に腰を下ろしたマウントポジションで押さえつける。
「…俺の妻はどうなった?……」
そこまでは冷静な声だったトマスが、次の瞬間に兵士の髪の毛を掴むと。
「………言え!!………」
そう怒鳴ると、兵士の腹の傷の中の手を掻き回し始めた、兵士は激痛で涙を流しながら。
「…あ…あの女は死んだ…自殺したんだ…」
そう吐き出す様に言うと、怯えた目でトマスを見た。
トマスは一瞬、殴られた様な顔をすると。
「………なんで自殺した?………」
そう兵士に問いかける、その声はまるで地獄の鬼の様な迫力があった、兵士が躊躇うとトマスは再度腹の中の臓物を鷲掴みにする。
「…!!…辞めてくれ…いや辞めて下さい!!」
兵士は泣きながら、そう言うと躊躇いながらも。
「…その…夜になってから…少し楽しんでたら…隙を突いて逃げ出して…追いかけたら…崖から………飛び降りたんだ」
そこまで言うとトマスの方を見て怯えながら。
「事故だ!…俺は殺す気は無かった…ただ領主様に頼まれて…」
そう言うとトマスは続けろと催促した。
「領主様が…金髪の…子供を産める年の女を…調達しろと…出来れば子供を産んだ事のある………女が良いと…」
そこまで聞いたトマスは。
「………何の為にだ?………」
そう聞くと、兵士はトマスの方を見ると、怯えた顔で。
「…て…帝国に奴隷として売ると…そう聞いた」
そこまで言うと兵士はトマスの顔に怯え出した。
トマスは鬼の様な形相で兵士を睨むと。
「…妻を攫って行く時に…お前は…用が済んだら返す…そう言っていたな?」
そこまで言うとトマスは、いきなり兵士の腹の中から、握った臓物を引きずり出した。
兵士の血と臓物を背中に浴びながらトマスは兵士の悲鳴を聞く、兵士は叫びながら暴れていた、トマスは掴ん髪の毛を地面に叩きつけ付けて、兵士を黙らせると。
「…お前は…俺を…騙して…」
そう言いながら、抑え付けた兵士の鼻頭に、血で濡れた拳を叩き付けた。
「…娘から…母親を…奪って…」
そう言うと、再度拳を叩きつける、兵士はその度に悲鳴を上げていた。
「俺の妻を…自殺に追い込んで…殺してない?…」
そこまで言うとトマスは掴んだ左手を離すと。
「…ふざけるなぁあああーー!!」
そう言うとトマスは両手で交互に兵士の顔を殴り出した。
周りの開拓地領兵達も止められない、止めれば殺される、そう思わせるだけの迫力があった。
やがてトマスの両手の拳から、骨が見え出した、指が折れてもなお殴る。
そしてトマスの近くに1人の人影が近づく。
「………トマス………」
躊躇いながら、声を掛けるその人影は、異世界から来た軍事顧問の1人、狙撃隊隊長のボーヴァンだった。
「…トマス…もういい…もういいんだ…」
そう言ってボーヴァンは、トマスの身体を抱き締めて止めると。
「…奴はもう…死んでる…」
そう言われてトマスは我に帰った、兵士の顔面は潰れて息が無かった、トマスはそれを確認すると天を見上げていた、その目には涙が光っていた。
「お…俺は……娘に…お母さんは…帰って来るから…そう…言いながら」
そこまで言うとトマスは天に向かって絶叫しながら。
「か…帰って来るからってな…そう言いながら………自分にも言い聞かせてたんだ……帰って来るてぇえええええ………ああああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
そう言いながらトマスは絶叫していた。
今回、開拓地領軍は異世界から様々な車両を運んで来た、電源車、ポンプ車、そして救急手術車両。
トマスはそこに運ばれて手の治療を受けていた。
車のドアの横の施術中のランプが消えると、中から医者が出てきた。
医者は車の外に設置してある、喫煙所に行くと煙草を咥えて火を付ける。
一服着いた時に声を掛けられた。
「先生、トマスの容体は?」
そう聞くボーヴァンに医者は。
「…骨は全部カケラも含めて…元に戻して置いた…しかし」
握力は元には戻らんかもしれん、そう言ってからボーヴァンの方を見ると。
「それより…本人の心の傷だな…外科医には治せん…」
一般病棟に移したら面会して良いと、ボーヴァンに声を掛けてから車に戻って行った。
トマスは一般病棟の個室に移動していた、プレハブの建物の中で窓から外を見ると、引っ切り無しにトラックが出入りしていた。
開拓地領軍は領境いの橋を占拠した後に敗走したブロッケン領軍の宿営地を急襲した、ブロッケン領の領主のカール ブロッケン ジュニアは敗走し、足止めに騎士見習いの者や、年貢を払えない代わりに差し出された女達を見捨てると、側近だけを連れて居城に敗走したらしい。
開拓地領軍はここに城塞都市型要塞を建設する為に資材と人員、そしてそれを賄う為の設備を送り込んで来ていた。
ドアが開いて黒人の指揮官、ボーヴァンと白人の少女が入って来た。
「邪魔するぞ、赤鬼」
そう言うとボーヴァンは持って来た紙袋から桃缶を出すと、缶を開けて食べ始めた。
それを見ながらトマスはボーヴァンに。
「赤鬼?ってなんだ?…あと…その子は?…」
そう聞くとボーヴァンが少女にも桃缶を開けながら。
「この子は年貢の代わりに差し出されたらしい、名前はマリー」
マリーは桃缶を食べながらトマスの方を見ると頭を下げて挨拶した。
口が聞けないんだ、ボーヴァンはそう言うと
「赤鬼ってのはお前さんだよトマス、うちの兵隊から捕虜までそう呼んでる」
そう言ってから呆れた顔でトマスを見ると。
「…お前さん…そりゃ…腹から臓物を引きずり出してから…素手で殴り殺したら…鬼とか呼ばれるわ…」
それを聞いてトマスはバツの悪そうな顔をして。
「…それは…まあ…事実だが…赤鬼って…」
そう言うとボーヴァンが笑って。
「…お前なぁ…百姓なら鍬とか鎌とか…なんかあるだろうが…素手は無いわ…」
そう言うとトマスも慌てた声で。
「…鍬とか鎌とか…一揆かよ!………」
それを聞いてボーヴァンは爆笑し出した。
「…一揆って…お前…無いわ〜w」
そう言うとトマスに、俺の事はグッドと呼べ、そう言うと。
「それとな赤鬼身の回りの世話はこの娘がしてくれる、夕方になったら保護者代わりの女が迎えに来るから」
そう言うと、マリーに赤鬼にも食わせてやってくれと言って、帰って行った。
その日はマリーに桃缶を食わせてもらうと夕方になった、マリーを迎えに来たのは、ローズと言う名前の女性で、歳の頃は30代前半くらいの金髪の女性だった。
「…あんたが…トマス?…私はローズ…マリーの世話をしてるの…」
話を聞くと、ブロッケン領軍に置いていかれた女性は、城塞都市型要塞の建設現場の厨房で働くらしい。
「何百人って食事の量だからねえ…猫の手も借りたいらしいよ…捕虜の女の子も厨房らしいよ」
何でも捕虜は、見分けが付きやすい用に、オレンジ色のツナギを着ているらしい。
「異世界の囚人服らしいよ」
そう言うとローズはマリーを連れて部屋を、後にした。
それから、トマスの入院生活が始まった。
最初の何日かは病室で寝ていたが、何せ暇である、そのうち外に散歩に出る様になった。
城塞都市型要塞は毎日それこそ、早送りの動画を見る様に形を変えて行った。
トマスは毎日、飽きる事なくその様子を見ていた、傍らにはマリーを連れて。
マリーは口が聞けなかった、何も言わずにトマスの側を離れようとせず、トマスと共に散歩に付き合っていた。
その日も外でクレーンが、城壁の材料になるコンクリートの壁を、吊り下げているのを見ているとお昼の時間になった。
「マリー…お昼にしようか?」
そうマリーに言うと、コクリと頷いたのでローズの働く食堂へ向かう。
食堂は混んでいた、入り口でトレイにコップとスプーンを2つ取るとマリーと共に並んで待つ。
お昼時は混む為に、グループごとに休憩をずらしていた、お昼は丼物の一点物で今日はカレーらしい、貰う場所でローズがトマス達に気が付いた。
「トマスの分は持って行くから…トレー貸して」
そう言うとトマスの分のトレーを預かる。
「…済まんな…ローズ」
そう言ってトレーを渡すと、近くの空いている席に座って待つ。
マリーに先に食べさせて待っていると、ローズがトレイを持って来てくれた。
「…すまんな…ローズ…」
そう言うとローズは笑顔で。
「気にしなくて良いよ…マリー…後はよろしくね」
そう言って厨房の奥に戻って行った。
食事を終えて出ようと思った時に、オレンジ色のツナギの集団が入って来た。
捕虜の集団が入って来た時に、明らかにマリーの表情が変わった、酷く怯えて顔が真っ青になっていた。
そしてトマスは視線を感じると、捕虜の方を見た、捕虜の1人が明らかにこちらを見ていた。
そしてその視線はマリーを捉えて離さなかった。
外に出てもマリーは怯えたまま、時折トマスの方を見ては、何かを訴えたい様に見えた。
トマスはマリーに優しく諭す様に。
「…マリー…何が相談があるかな?…おじさんに教えてくれんかね?」
そう言うとマリーは、躊躇う様にトマスを見ると、悲しそうな顔で首を振って否定すると、急に怯えだした。
マリーの視線の先を見ると、1人の捕虜がこちらを見ていた、セメント袋を肩に担いだその男は、歩きながらマリーの方を見ては、なにやら睨み付けていた。
その日の夜、トマスはマリーをローズに預けると、ボーヴァンの所に向かった。
ボーヴァンはトマスが来ると、缶ビールを2本出してトマスにも進めた。
「で?…なんか相談事か?…」
ビールを飲みながら、トマスは昼間の事を話すと。
「………前から…おかしいとは思ってたんだが………」
そう前置きしてから、前に妻を攫って行った奴から聞いた話だと。
金髪の子供を産める歳の女で、出来れば子供を産んだ事のある女が良いと、言っていたといい。
「マリーはまだ幼すぎてこれには当てはまらない…姉か母親が一緒に居たはずなんだが?」
そう聞くとボーヴァンが首を捻りながら。
「………嫌?………保護された時は1人だったらしい………ローズもそう言っていたし」
トマスはそれを聞くとボーヴァンに。
「そこで相談なんだが…ボーヴァンさん…」
そこまで言うとボーヴァンは、手の掌をトマスに向けて。
「…グッドだ…近い奴らはそう呼ぶ…」
それを聞いてトマスは苦笑しながら。
「わかったよ…グッド…相談なんだが」
トマスは何やらグッドに相談を持ちかけた。
城塞都市型要塞建設現場にほど近い捕虜収容所、そこはフェンスに囲まれたプレハブ小屋の立ち並ぶ一角で、その中に昼間トマス達を見ていた男が、ベットの上で思い出していた。
男は年貢を納められない代わりに、姉妹を取り立ててていた、そしてその晩に姉を脅しつけて身体を貪っていた。
「お前が拒むなら…妹にするさ…」
そう言って笑うと、姉は黙って服を脱いだ。
事が終わってから、姉の方を見ながら。
「…次は妹とだな…」
そう言うと、今まで地面で横になって震えて居た姉が、急にガバッと起きると。
「この!…人で無し!…」
そう言うと剣を取ろうとしたので、姉の手を足で踏みつけてから、腹を蹴った。
「…ゲフッ!…殺してやる…絶対に殺してやる!」
そう言ってこっちを睨む姉に、馬乗りになると首を持って締める。
「………!………‼︎………ご…ろじ…でぁ…」
………そう言って暴れる姉の首を締めると、やがて動かなくなった。
………そして…事が終わると…視線を感じたその先に…妹が…黙って…その場を…
見ていた………
あの妹の口を塞いでから、逃げる……
男は夜遅くまで、考えていた。
翌日、トマスはいつも通り日課の散歩をすると、マリーと2人で食堂の近くで建設現場を見ていた。
ガチャン!!と音が鳴ると、続けて慌てた声で。
「あー! やってもうたぁあ!!」
と若い女の子の声がする方を見ると、食堂のガラス窓が割れていた。
見るとオレンジのツナギを着た若い女の子が慌てて外に出ると、割れたガラスを片付け用としていた、それを見て現場監督が。
「…それ!…怪我するから触らないで!」
そう言うと、ホウキとチリトリ、あと新聞紙を持って来ると、割れたガラス片を片付け出した。
「…割れたガラス片はナイフと同じくらい切れるから…新聞紙で包んでから捨てないと」
そう言うとガラス片を入れた新聞紙を、現場の廃棄物の処理をするバッカンコンテナに入れる。
そしてその様子を、捕虜達が見ていた。
夜になって捕虜収容所から出る人影が1つ。
その人影はバッカンコンテナの中に入ると、新聞紙に包まれたガラス片を片手に持つ。
用意した軍手とタオルを使って、その凶器を持つと、女性兵士達の泊まるプレハブの建物に近付いた。
見張りの女性兵士を観察していると、外の簡易トイレに入って行った。
その隙に中に入ると、朝から確認していた部屋に入る。
部屋の中には2つ並んでベットがあった、盛り上がりの小さい方に進むと、凶器を手に毛布をめくる。
ガバッと毛布を剥ぐとそこにはマネキンの上半身があった。
…!!…慌てて振り返ると、部屋の電気が付いた、ドアには赤鬼の姿があった。
「………来ると思ってたよ…」
そう赤鬼は言うと男に近付いた!
男はガラス片を赤鬼に斬りつけると、赤鬼は左手のギプスでガラス片を払う。
キンッっと音がしてガラス片が割れる、赤鬼はそのまま、右手を振りかぶると男の鼻面にめり込ませる。
ガスッっと音がして、男の鼻から鮮血が飛んだ。
男は赤鬼を振り切ると部屋を出る。
部屋を出た所から出口に向かうと、暗い人影が両手を前に出して居た。
ボーヴァンこと、グッドは両手で持ったブローニングHPから、男の右脚の太ももを狙って引き金を絞る。
タンッっと音がして、男は右脚を押さえて転がった。
他の部屋に隠れて居た女性兵士達が、サスマタを持って部屋から出ると、男を取り押さえる、それを見てグッドが。
「先に拘束しろ、簡易手錠を掛けろ、手当は後で良い」
グッドから指示が出て男は拘束された。
隠れて居た部屋からマリーとローズが恐る恐る出てくる、男を見て凍りつくマリーに近づくとトマスはそっと抱きしめる。
最初はビクッとして震えているマリーにトマスは。
「…悪い奴は捕まえた、もう大丈夫だ…」
そう言うとマリーの震えが少し収まって来た。
「…マリー…こいつに何をされた?…」
それを聞いて男が暴れ出した、グッドは男の腹を蹴ると、ガハッっと声を出して大人しくなる、トマスはそれをマリーに見せると。
「…儂が、ずっと側に居てやる…怖い思いはさせん…だから…何があったか、教えてくれるかい?…」
そう言うとマリーの背中を優しく摩る、マリーはトマスの顔を見ると、意を決した顔で。
「………お…ね…え………ちゃ…ん…こ…ろ………さ…れ…た!…」
そう言うと男を指差して、目に涙を溜め出した、それを見てグッドは男の方を見ると。
「…証人も居る事だし…森の中で尋問しようか…」
そう言うと男を連れ出して、森に入って行った、その後。歩哨の話によると朝まで悲鳴が止むことが無かったらしい。
トマスはマリーを寝かし付けると、マリーはトマスの手を離さなかった、そのまま朝まで椅子に座って夜を明かすと、マリーが目を覚ました。
「…おはよう、マリー…」
トマスがそう言うとマリーはトマスの顔をぼうっと見ながら、トマスに。
「………お…は………よ………」
そう言うと、顔を赤くして毛布で顔を隠した。
結論から言うと、マリーはちゃんと喋れた、あの男に脅されて、話せないふりをして来たらしい。
「お姉ちゃんの亡骸を………川に捨てる時に………喋ったら………殺すって言われた………」
少しずつ、トマスに説明し出した、それをグッドの所に報告に行くと。
「こっちでも確認が取れた…他にも何人か被害に遭ってるらしい…」
グッドはそう言うと、赤鬼に。
「お前さんの読み通りだったな?」
そうトマスはグッドに相談していた。
トマスの嫁を連れて行った領兵が.トマスに殺される前に自白していた、子供の産める女を集めろと…
トマスはそれを思い出して、何が不自然だとグッドに相談していた、ガラスの件も女性兵士達の泊まるプレハブに隙があったのも、全ては罠だった。
「それとな…トマス…これは尋問の途中でわかったんだが…」
グッドはそう言うと、マリーがあの男に性的な暴行を受けていたらしいと、言いにくそうに伝えると。
「…アイツは一生後悔しながら、これからの人生を生きる事になる…だから…早まるなよ?…」
そうグッドが言うのを上の空でトマスは聞いていた。
その夜、あの男が捕らえられて居る独房の近くにトマスの姿があった、手にはウィンチェスター ライフルを握って自然体で歩いて行く。
そのトマスの前に建物の影から、グッドが出て来て立ちふさがる。
「…トマス…早まるなって言っただろうに…」
困った顔でトマスを見るとトマスは。
「…すまん…グッド………俺はあの子の父親になるって決めたんだよ…」
だから………そう言った後のトマスの雰囲気が変わった!
「…あの子の将来に…傷が付くのは耐えられないんだ…グッド…」
そう言ったトマスの顔は、あの時の素手で領兵を殴り殺した赤鬼になっていた、グッドも思わず腰のブローニングHPに手が伸びそうになる、殺ら無いと逆に殺られる………そんな雰囲気に飲まれそうになる。
「俺はアイツの口をふさぐ…誰にも邪魔はさせない…それがアンタでもだ…グッド…」
ガシャーンとウィンチェスター ライフルのレバーを動かして、初弾を薬室に送る音がすると、建物の影からグッドの護衛が出て来てトマスに銃口を向けた。
「…お前ら…絶対に撃つなよ…お前もだ赤鬼…」
そうグッドが言った時に、建物の影からローズに付き添われたマリーが姿を見せた。
マリーはトマスの側に行くと、トマスに抱き付いて。
「………行っちゃ嫌だ!………また1人は嫌!…」
そう言うとトマスに。
「お義父さんに………なって…くれるんでしょう?…置いて行か無いで…」
泣いてトマスに抱きつくマリーに、トマスは。
「…すまん…置いて行かれるのは…寂しいもんな…何処にも行かないから…」
そう言うとウィンチェスター ライフルを地面に落とした。
それを見てグッドの護衛も銃を仕舞う。
「…やべえわ…マジで死ぬかと思った…」
「農夫の殺気じゃ無えよ!」
それを聴きながらグッドもホッとした顔でポケットからガラスの瓶を取り出した。
「…トマス…これで勘弁してやってくれ…」
瓶を見ると何か入っていた。
「…あのアホの睾丸だ…」
そう言うとトマスに、この戦を早く終わられる為に、アイツには証人になってもらう。
そう言うとグッドはトマスの前から消えながら。
「…困った事があったら…いつでも来てくれ…」
そう言うと夜の闇に消えて行った。
それから数日後、ブロッケン領主が捕らえられたと領兵達が話していた、ブロッケン城は廃城となって抵抗していた勢力も、根こそぎ討伐された。
トマスの腕のギプスは外されて、リハビリに少しずつ動かしていた、冬の間は城塞都市型要塞の建設現場で働いて金を稼ぐ、マリーもローズと共に厨房で働いていた、そして春になり自分の農場に帰る事になり、働いた金で四輪駆動車を買うとマリーの着替えなどを行商人から買って積み込むと…何故かローズが付いて来た…。
「マリーの世話は私がするんだから!…あとついでにトマスの世話もしてあげる…」
そう言うと荷物を積み込んで、四輪駆動車に乗り込んだ。
見送りに来ていたグッドに挨拶をすると、いつでも来てくれと言われて笑いながら。
「…何が困ったら相談するわ」
そう言って城塞都 型要塞を後にした。
何ヶ月ぶりかにトマスは自分の農場に帰って来た、家の前に四輪駆動車からピックアップトラック)を付けると家の中からトマスの娘が出てきた。
「…お父さん…お帰りなさい!」
そう言うとトマスに抱き付いて、泣き出した。
そしてマリーとローズに気が付くと、慌ててトマスから離れると、お客様?…そうトマスに聞いて来た。
家の中でお茶を飲みながら、トマスが娘に説明すると、トマスの娘は。
「…じゃあ、私に義妹と義母が出来た?」
質問系でそう聞く娘にトマスは。
「…相談が無かったのはあやまる…済まんかった」
そう言うトマスに慌てて。
「違うの…実は助かったって思うと言うか………お父さん…あのね」
トマスの方を真っ直ぐに見ると娘は。
「…赤ちゃん出来たの…だからしばらく此処には来れない…あとお父さんの世話も…」
そう聞くとトマスはポカンとした顔で。
「赤ちゃん?…って事は………孫?………え?…」
そう言って戸惑うトマスを置いて、マリーとローズの2人は。
「…おめでとうございます…赤ちゃんか〜可愛いだろうな〜」
「おめでとうございます…トマスの事は任せてください…」
そう言うと2人で、これからよろしくお願いしますしますと挨拶するとトマスの娘も
「ありがとうございます、本当に助かりました…お父さんの事をよろしくお願いします」
そう言って女性陣が盛り上がる中で、1人置いて行かれるトマスであった。
次の日から農家としての仕事が始まった、元々はマリーもローズも農家の出なので、その辺は慣れたものだった、トラクターなどの機械に最初は驚いていたが、やがて作業が始まるとその速さと作業の楽さに驚く。
「…鍬とか鋤とか使わないんだ!」
「…草むしりも機械?…楽だわ〜w」
その他にも手仕事はあるが、全て人力でやって来た2人は目を丸くしていた。
そしてその年に隣領のブロッケン領との領境いの関所が廃止になるとトマスは2人に。
「…すまん…ちょっと隣領に行って来る…夕方には戻るから…」
夕食の時にそう言うトマスにローズは。
「…ひょっとして…前の奥さんの?」
それを聞いてトマスは頷いて。
「…落ちた崖に…花でも添えようかと…済まんな」
ローズは慌ててトマスに。
「違うの…怒ったりしないから…むしろ行ってあげて」
明日はお弁当作るからね。そう言うローズにトマスは。
「…ありがとう…夕方には戻るから」
次の日、トマスは弁当を持って馬で出かけて行った。
のんびりと馬で戦闘があった橋を渡ると、ブロッケン領を奥に進む、峠を登ると崖があった。
トマスの農場からの距離を考えるとこの辺かと馬を降りると、その辺の花を摘んで花束を作り出す。
崖に花を添えると、トマスはしばらく黙祷して祈ると丁度お昼時だった。
弁当を食べながら景色を眺めると、一本の煙が上がって居るのが見えた。
「……………」
トマスは導かれる用にその煙の元をたどると、炭焼き小屋と炭焼きのカマドが見えた、男が1人で炭の番をしているようだ。
トマスは男に近づくと馬から降りて声をかけた。
「こんにちは…儂は開拓地領で農家をしとるトマスって者です」
すると男も緊張した顔をほぐして。
「こんにちは…水でも飲んで行くかね?」
そう言って家から水差しとコップを持って来た。
水を飲むトマスに、男はここへは何の用で?っと聞いて来たので。
「…この上の崖の所で…知り合いが亡くなったそうなので………花を添えに」
そう答えた時に小屋から女性とその子供らしい男の子が出て来た。
「あなた…お客様?」
そう男に問いかけた女性を見てトマスは固まった。
女性は10年前に連れ去られたトマスの妻、ダリアに瓜二つだった、思わずトマスは言いかける。
「…ダ…」
そう言いかけた時に男が。
「妻のリリーだ…あと息子のジョニー」
それを聞いてトマスは言いかけた言葉を呑み込むと女性をマジマジと見る。
女性は確かに妻が10年、歳を重ねたらと思う姿だった。
………他人のそら似か………
そう思ったトマスは水の礼を言うと馬に乗ってその場を後にした。
トマスは呆然としながら馬に乗っていると、いつの間にか馬が牧場まで連れて来てくれていた。
家の中からマリーが飛び出して来てトマスの元に来ると。
「お帰りなさい、夕飯の支度出来てるよ」
そう言って笑顔で迎えてくれた、トマスはそれを見て笑顔で。
「ただいま、馬を厩舎に入れて来る」
そう言うと、馬を厩舎に入れて鞍を外すと、水と餌を与えてからブラッシングする。
終わってから母屋に入ると夕飯の支度は整っていた、皆で夕飯を食べてその日の出来事を話し出す。
その日の夜、一緒に寝ているローズに。
「…たまには花を添えに行きなさいな…」
そう言うとローズは微笑みながら。
「私は前の奥さんの為に赤鬼になったトマスに惚れたんだから…ね?」
そう言うとトマスに抱き付いて来た。
その日の夜、炭焼き小屋の中でリリーは悪夢にうなされていた。
たまに見る夢、いつも同じ夢、女の子が泣きながらお母さんと叫ぶ夢、そして女の子を抱いて止める、男の人…顔がいつも黒いモヤのかかったその顔が、その夜はかかっていなかった。
昼間来た男の人の顔が………そこにあった。
「…トマ…ス…」
口から出るその名前に自分で驚くと目が覚めた!
もう一度名前を言いかけたその時。
「…母ちゃん?…」
自分を不安そうに見ている息子の姿があった。
まるでこのままでは、母親が居なくなる…そんな不安な顔をして。
リリーは息子を優しく抱くと。
「…ごめんね…」
そう言うと、リリーの目に涙が溢れて来た。
それから何年もの歳月が過ぎた、マリーは成人して嫁に行った。
2人の娘に子供が生まれて、トマスは白髪の老人になって居た。
何人かの孫が生まれて周りの環境も変わり出した、城塞都市型要塞は稼働し、村は街に変わった、病院や小学校などが建てられ、毎年街の人には健康診断が無料で受けられる用になった。
そしてトマスが健康診断で再検査になり、街の病院に検査入院する事になる。
心配するローズに、大丈夫だよと声をかけて、トマスは1人四輪駆動車に乗ると病院に検査入院する。
検査が終わった翌日に医者の説明を聞いた。
「…ご家族にも知らされた方が…」
そう言う医者に自分で伝えるからと言うと、トマスは1人、四輪駆動車に乗るとブロッケン領のあの崖を目指す。
崖に着くとそこには見慣れない石碑が建っていた、そしてその石碑には一文だけ文字が刻まれていた。
…………………ダリア………………………
そう刻まれた石碑を呆然としながら見ていると、やがてトマスは四輪駆動車からピックアップトラック)をかつて訪れた炭焼き小屋に向かわせる。
炭焼き小屋は、相変わらずそこにあった、四輪駆動車の音を聞いて来たのか、小屋から男が1人出てきた。
かつて訪れた時より歳を増した、炭焼き小屋の男はトマスの顔を見ると。
「………あんた…もしかして…トマスさん…かね?」
そう言うと家に招くと、トマスにお茶を出してから、一通の手紙をトマスに渡した。
「…死んだ妻が…あんたが来たら…渡す様にと…」
そう聞いてトマスは震えた声で。
「…無くなったのか?…いつ?…」
そう聞くと、半年前と返って来た。
しばらく席を外すから、そう言うと男は部屋を後にする、トマスは震える手で手紙の封を開けて読み出した。
「トマスへ、この手紙が貴方が読む頃には、私はこの世に居ません。
癌になりました、余命は半年だそうです。
貴方に謝りたい気持ちと申し訳ない気持ちで一杯です。
私は10年前に連れて行かれてたその夜に、領兵に乱暴されそうになりました。
逃げる途中で崖から落ちたショックからか、私は記憶喪失になっていました。
崖の下で怪我をして怯えている私を、今の主人が見つけて、炭焼き小屋に匿ってくれて、怪我の治療も、食事の世話もしてくれました。
記憶の無い私をあの人は、大事にしてくれて、夫婦同然に暮らすうちに2人の間に子供も生まれて、私にリリーと言う名前も付けてくれました。
そして私はたまに夢を見ていました、女の子が泣きながら。
「お母さん…」
そう叫ぶ夢を、そしてその女の子を抱いて止める顔の見えない男の人の姿を。
そして10年後に貴方に会ったその夜に、夢の中の顔が貴方になった時に、全てを思い出しました。
トマスと私の愛する娘、その記憶を思い出した時に、不安そうに私を見る息子の顔を。
トマス…私は貴方と娘を愛しています、けれども今の家族もまた愛しているのです。
そして炭を取りに来る商人から聞きました。
開拓地領の赤鬼のトマスの話を。
そして赤鬼が再婚して娘を養女に迎えた話を。
不思議と嫉妬はありませんでした、むしろホッとした自分に落ち込みました。
そしてトマスの妻ダリアは崖から落ちて死んだと。
今の私は炭焼き小屋の男の妻のリリー、そして息子のジョニーの母親だと。
トマス…貴方には謝るしかありません、そして罰が当たった様です。
私な癌になりました……末期だそうです。
死ぬ前に主人には全て打ち明けました、そして崖の上に、昔の私のダリアの墓として石碑を建てて欲しいと。
ダリアと一文だけ刻んだ石碑を見て、もしもトマスが来たら、この手紙を渡して欲しいと。
…トマス…長い間…黙っていて…ごめんなさい…今の奥様とお幸せに。
貴方の幸せを祈っております。
………ダリアより………
手紙はそこで終わっていた、読み終わったトマスは…1人…泣いて居た。
そしてトマスが落ち着いた頃、炭焼き小屋の主人が現れた、申し訳無さそうな主人にトマスは。
「…ダリアが…世話になった…」
そう言うと、炭焼き小屋の主人に。
「………頼みがあるんだが………」
その後、炭焼き小屋を出るとトマスは四輪駆動車に乗って、城塞都市型要塞に向かった。
城塞都市型要塞の正面ゲートにトマスの姿があった。
トマスは申し訳無さそうに、ゲートの守衛に。
「…すみません…基地司令のボーヴァン司令にお会いしたいのてますが…」
面会の予約は?そう聞く守衛に。
「…申し込みはしておりません…一言だけお伝え願えませんか?」
そう言うとトマスは自分の名を名乗ってから。
「…一言だけで良いので…トマスが来たと…」
守衛はため息を吐くと、電話で話し始めた。
「…はい…司令に会いたいと…ええ…それは承知しております…はい…一言だけ伝言を頼むと…はい…トマスが来た…そう伝えて欲しいと…はい……………はい!?」
守衛はトマスの方を見ると、あり得ない者を見る目つきで。
「…は…はい!…そう伝えておきます…は」
そう言うと、電話を置いてからトマスの方に直立不動の敬礼をすると、おそるおそるトマスの方を見ながら。
「…し…司令がお迎えに来るそうです…しばしお待ちください!」
その声に他の兵士達が固まる、トマスの方を見ながら目を大きく開いて、何者だこの爺さんは?顔がそう伝えていると、正面ゲートに続く通路の正面玄関に、黒い巨体が姿を現した、それを見て兵士達は2度驚く。
「…し…司令?…」
頭に白髪の混じった黒人の軍人がそこには居た、そしてトマスの方を見ると、最初は驚き、そして満面の笑みを浮かべるとトマスの側に駆け寄った、司令が駆け寄る姿に兵士達は、ただ呆然と見ているだけだった。
「赤鬼…白髪の爺さんだが…間違いない…赤鬼のトマスだ…」
そう言うとトマスに抱き付いてハグをすると。
「…なんだよ…すっかり好々爺になっちまって…赤鬼が泣くぞ!…トマス」
そう言うと一旦離れてトマスをマジマジと見る
「…元気そうだな…赤鬼…」
それを聞いてトマスも
「…あんたもなぁ…グッド…また太ったのか?」
それを聞いてグッドは笑いながら。
「恰幅って言うんだよ…腹が出ねえと貫禄がつかねえ…」
そう言うとトマスを連れて中に入った、取り残された兵士達は。
「………何者なんだ?………あの爺さん…赤鬼って?」
そう言うと遠くから見ていた古参の軍曹が。
「………久々に見たな…赤鬼のトマス…」
それを聞いて若い兵士達が軍曹に。
「…軍曹殿は?ご存知なのですか?」
そう聞くと軍曹は笑いながら、若い兵士達を見ると。
「…お前ら…かつてブロッケン領との領境いの開戦の引き金になった…ある農夫の話しを聞いた事は無いか?」
そう言うと軍曹は若い兵士達に話出した。
基地司令室に通されたトマスは、応接セットのソファに申し訳無さそうに座って居た。
「…済まん…グッド…急に押し掛けて…」
それを聞いてグッドは笑いながら。
「俺にだって休憩時間くらいはあるさ…っで?何の相談なんだ?」
それからしばらく、するとトマスは基地司令室から出ると。
「…済まん…グッド…あんたにしか…頼めないんだ…」
そう言うと正面ゲートに向かって行った。
1人残されたグッドは基地司令室に備え付けられている化粧室で水道の水を出しながら、泣いていた。
「…ちくちょう…なんでアイツが…ちくちょう!」
グッドはしばらく、化粧室から出て来なかった。
正面ゲートに着くと若い兵士達のトマスの見る目が変わっていた、その目にあるのは、緊張とそして…怯え。
トマスに最敬礼して送り出す若い兵士達は、トマスの姿が見えなくなると、ホッとした顔で。
「…あの爺さんが…たった1人で領兵5人と渡り合って…素手で人を殴り殺した?…」
「…赤鬼のトマス…」
その話はしばらくの間、兵士達の間で語り継がれた。
トマスはその後真っ直ぐに農場に帰ると、妻のローズが笑顔で迎えてくれた。
初老になり掛かってもローズの美しさは変わらなかった。
その夜、夕飯の後にトマスは検査の結果を知らせる。
「…癌の末期だそうだ…あと半年らしい…」
そう言うとローズは美しい顔を悲しみに沈めながら。
「…向こうの医学でも…無理なの?…」
そう言うと、トマスに縋り付いて泣き出した。
トマスはローズの背中を優しく撫でながら。
「孫達を連れてピクニックに行こう…そして君と2人だけで馬で遠乗りをしよう…」
身体が元気なうちに、そう言うトマスにローズは泣きながら、頷くしか無かった。
トマスはそれから、孫達や娘達とピクニックに行き、ローズと2人で乗馬で遠乗りに出かけ、かつての戦友達と酒場で飲んで騒いだ。
全てが終わった時にローズに。
「…病院に連れて行ってくれ…」
そう言うと病院に入院した。
入院したトマスは面会に来た、娘や孫達に微笑みながら癌と闘っていたが、最後は車椅子での移動が多くなって来た。
その日も孫達が帰った後に、トマスは車椅子で看護師に付き添われながら、病院の屋上で夕日を見ていた。
黄金色の世界の中でトマスは夢を見て居た。
かつて開拓地に入植したばかりの頃、トマスも妻のダリアも若かった。
ヘトヘトになるまで開墾をした後に、馬車に揺られて帰るうちに、2人とも居眠りをしていた、馬車が止まると家の前だった。
「…馬は賢いなあ…」
そう言うと、お互いに笑って笑顔で過ごしたあの日。
トマスが目を開けると、黄金色の光の中に若い頃のダリアが居た。
………迎えに来てくれたのか?
そうトマスが問うとダリアは笑顔で頷いた。
………長い間…待たせて済まなんだ
そうトマスが問うとダリアは首を横に振って、トマスの方に手を差し出した。
………今度は…離さない…今度こそは
車椅子から伸ばした手を、ダリアは優しく包むと、一言だけ。
………お帰りなさい、トマス
そう言うと、トマスが黄金色の光に包まれた。
トマスに付いていた看護師は、トマスが急に手を伸ばすのを見ていた、そして、その手が元に戻った時に、トマスの心音が停止したのを確認すると、医者を呼びに走って行った。
トマスの葬儀は、身内と古くからの知り合いだけで質素に行われていた。
そして同じ日に、ダリアと刻まれた石碑の隣に同じ形の石碑が置かれていた。
グッドが見守る中で行われる、その石碑には一文だけ。
………………………トマス……………………
そう、刻まれていた。
全てが終わった後に1人残ったグッドは、石碑に問いかける?
「…最後の最後で…でっけえ秘密を置いて行きやがって…」
そう言うと、石碑が申し訳なさそうにしている様に見えた、グッドは笑いながら。
「………確かにローズには頼めんわな………」
そう言うと、最後に石碑に向かって。
「………じゃあな………赤鬼…」
そう言うと自分の軍用車両に向かって歩いて行った、そして車に乗る直前に石碑の方を見ると。
光の中に、若い2人の農民の夫婦の姿が見えた。
グッドが目を凝らして再度見ると、その姿は消えていた、グッドは笑いながら
「あばよ…トマス…仲良くな…もう誰も…2人を引き離したりは…しないから…」
そう言うと、その場を後にした。
それから…長い月日が流れた
2人の石碑は風雨にさらされながら
少しずつ…自然に帰って行った
それはまるで…仲のいい老夫婦が
少しずつ…年月を重ねる様に
やがて…その文字すらも…掠れて
読めなくなり…そして
自然に帰る…その姿を
万年雪の頂く…魔石山脈の山々だけが
ずっと見ていた
………………fin………………
トマスと言うキャラクターは最初は
名前も無い一話だけの設定でした
それがここまで育つとは
小説とは生き物なのです、それを実感いたしました
本編の異世界開拓地物語もよろしくお願いします。