八章
神に多様な面があるように、善神ナーサにも同じような多面性がある。
代表的なものが、名にある通り善。
悪に対するもの、全てを司る。例えば悪と戦う勇者。だからこそ勇者に力を与える。
もう一つ著名なものが、愛。
そう、愛である。
しかし神話や物語向きな善よりも、どちらかというと悪名で知られていた。
何故かというと、まったくお節介もといトラブルメーカー的すぎるのである。
「おいこら離せ!」
健伸は必死に手を離そうとするが、びくともしない。まるで接着剤のようにピタッと貼り付いている。
当然ゲルドラードの魔王も離そうとしているが、こちらもびくともしなかった。
今すぐ腕を切り落としてしまうべきなのだが、そう思うたびに霧が晴れるように消えてしまう。
代わりに蜜のように甘ったるい感情が湧いてくる。
顔が熱い。心臓の鼓動が強く脈打つ。
元々空中に浮いているのもあるが、立っている感覚が無くなるような不思議が襲う。
だが構うものか、早く"宿敵"を倒さなければ。
何とか気持ちを切り替えて攻撃しようとするが、出来ない。
おまけに。
「っ」
胸に鋭い痛みが走る。
一瞬攻撃を受けたのかと思ったが、違う。
"宿敵"は何もしていない。
自分と同じように胸を押さえて痛みに堪え、戸惑っていた。
「な、何でお前顔赤いんだよっ」
「・・・・っ」
お互いの顔が真っ赤、そして方方の手には花。まるで。
「イチャついてる?」
誰かが言った。
二人の耳に入ったのか、一瞬で湯気が出るほど顔の温度が上がる。
「「っ!!??」」
「あははははははは!」
とても楽しそうな笑い声が割り込んだ。
この訳のわからない状況で笑えるのは、この訳のわからない状況をを生み出した張本人。
善神ナーサその人である。
彼女は既に白いローブの神の格好で空中に浮いていた。ジャンヌはハッと後ろを見るが、そこに商人の姿はない。
ナーサは言う。
「全ては我がナーサの計画通りだ!」
これ以上ないくらい邪悪に笑った。
お前の方が悪役じゃないか、と健伸は思った。
アーガウの住人たちは誰一人現状についていけてない。誰も口を開かず成り行きを見守るしかない。
「ゲルドラードの魔王。君はひじょ~に厄介でね! 今まで何人の勇者が君にやられたことか! 君は強いし、あんなアンポンタンに忠実だし、オマケに可愛いし完璧だ! 正攻法じゃどうやったって叶わない!
さっきの矢には私の力を込めた。曰く、この矢に傷をついた前後の者は必ず愛し合うというな! ははははは! 上手くいったよありがとうお嬢ちゃん!」
ジャンヌは唖然と弓を見る。
事実、無敵の能力"チート"を持ってしても互角が精々。更に彼女には強力な配下たちが控えている。
しかし、そこは神様。
奇想天外な策略を思いついた。
「私はこう見えて、愛を司っている!」
「・・・・何言ってんだあいつ?」
「・・・・」
思わず健伸は魔王に訊ねた。それくらいアホらしい。
ナーサは「そこうるさい!」とわめき、気を取り直して続ける。
「こほん。そしてだね、愛という視点で君を見たとき、君には愛が決定的に足りていない! それはそうだ君は悪魔! 愛など抱いたら君は消滅する!
そこでだ、君には愛を抱いて消えてもらうことにした! 問題は相手だ! 君が目を離さない、そう"勇者"という宿敵を利用しようと考えた!
何故ならば愛とは常に目を向けるものに向けられる! 君にとって勇者がそれだ! まぁ童貞引きこもり野郎が相手なのは我慢して欲しい、それでも勇者だから使い物にはなるだろう!」
思いつきの突飛な行動ではないという。
「何故、私を」
善神の長話を聞いた魔王は、顔を下に向けて訊ねる。
「あぁ、君をその姿にしたことか? それは君が手を繋ぐ男が、幼女趣味の変態だなからさ!」
「おいてめぇ!?」
健伸は真っ赤な顔に大量の汗を流して叫ぶ。心なしか、奥の城壁にいる連中からの視線が冷たい気がした。
身の潔白を弁護すべく隣の魔王の方を向く。
「おい違うからな!? 俺はロリコンじゃないからな!? そ、そりゃあ確かに漫画とかアニメとかゲームの幼女キャラ好きになる傾向はあるけどって何言ってんだ俺!? と、とにかくリアルでそんなことあるわけないからな!?」
「しょ、しょうか」
魔王は異世界の用語の意味はわからなかったが、ニュアンスで何となく意味を理解して一応頷いた。また何故か視線を合わせないよう下を向いたままだった。
「ロリコン・・・・とは何じゃろう?」
とりあえず書けるところまで