七章
殴る。
殴る。殴る。蹴る。殴る。殴る。殴る。蹴る。殴る。蹴る。殴る。蹴る。殴る。殴る。蹴る。蹴る。蹴る。
"宿敵"がのけ反る。魔王が圧倒するものの、すぐに反撃を受けて形勢は逆転。
二人はひたすら、格闘を続けていた。
言葉はいらない。全てを倒す武器も大袈裟な魔術も無敵の能力も。
「おおおお!」
「ふっ!」
二人は咆哮を上げる。
倒れない。
倒れるわけにはいかない。
倒れた方の陣営が負ける。
だから、目の前の宿敵を倒す。
「まさか、王がここまでやるとは」
策は予想通り上手くいった。誤算があるとすれば、ゲルドラードの魔王の魔術が失敗に終わったことと、魔王が手傷を負い、そして今行われている殴り合いを行っていること。
"賢王"サルトナは唖然とする。
今だかつて見たことがなかった。自分の主が、ここまでやる姿を。
しかし、彼とて"賢王"。ここで感情に流されてはいけない、首領の意図はわかる。
"これまで通り、予定通りのことをしろ"
と言っているに違いない。
だからこそ、"宿敵"の目を魔王に向けさせているのだ。
ならば。
「第三の策をー」
冷静さを取り戻し、次なる手で動こうとしたときだ。
「おい勇者! 頭を下げろ!」
善神の加護があるという弓矢を構えたジャンヌが叫ぶ。
直後に矢が放たれ、それはまっすぐ"宿敵"日比谷健伸とゲルドラードの魔王の方向へ飛んでいく。
「こらこら、避けちゃダメダメ」
そう言ったのは、古めかしい商人風のローブを身に纏った、他ならぬ善神ナーサ。
加護も何も彼女が創造した傍迷惑な弓矢である。
その効能とは。
「とりあえず二人とも傷者になってね~」
善神は笑う。
放たれた矢は魔王の蹴りでのけ反った為、健伸は紙一重で当たらない。魔王は既に気づいていたので首を横に動かすだけでかわす。
が。
善神ナーサが関わるのだから面倒なことが起きる。
女神は自身が産み出した物であるから、力を使って矢を操れた。それを実行したのだ。
まず、真っ直ぐ進んでいた矢が円を描くように魔王の背中に進むという、あからさまに不自然な軌道へと変えた。
「っ!?」
たまたま胸ぐらを"宿敵"に掴まれて動けなかったことも助かり、矢は脇腹を掠めた。魔王は避けた筈の矢が戻ってきたことな驚く。
それだけで十分。
矢はそのまま"宿敵"の脇腹を同じように掠める。
「あだっ!?」
"宿敵"も声を上げる。これで善神の思惑は達成された。
矢は二人の上を漂って、ポンッと音を立てて消えた。それから呆気に取られて距離を取る二人にそれぞれ贈り物が。
健伸の手には赤い花が一輪、魔王には白い花が一輪。
二人の頭の中には「?」が浮かんでいる。また、二人の戦いを見ていた者全ての頭にも同様のものが浮かんでいることだろう。
「よーしよしよしよし!」
善神ナーサは一人手を叩く。
詰め寄ったのは矢を射ったジャンヌ。
「おい、何だあれは!? 仕留められなかったぞ!?」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろお嬢ちゃん」
「だ、黙れ! あんな訳のわからぬ」
「たった今、この世界最強の夫婦が誕生したんだからよ。祝福しろ」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
何を言っているんだ。全くもって理解の追い付かないジャンヌの顔には、そう書かれている。
慌てて二人の方へ振り返った。
既に、兵士たちはざわめいている。
ジャンヌもその光景を見て目を疑った。
何と。
何と何と何と。
あの、ゲルドラードの魔王と。
あの、"宿敵"日比谷健伸が。
花を持っていない方の手で握手をしていた。
握手だけではない。攻撃、殴りあったりということを辞めている。
二人が体ごとこちらを向けた。
なるほど、彼等も戸惑っているようだ。表情に信じられない、訳がわからないと書かれている。
そして、魔王の代わりに健伸が叫ぶ。
「何がどうなってんだ!?」
みんな思った。
「こっちの台詞だ!」
と。
やっと書けたー