三章
ゲルドラードの魔王。
人間側で、その名は大魔王よりも恐れられている。"人間最悪の敵"、"歩く恐怖"、"世界七大災害"など様々な異名もつけられている。
しかし、これから攻め落とす予定の城塞都市アーガウは、多少面白味のある敵なのではないか。
アーガウそのものの特徴はまず外壁が魔力を吸収する魔吸石で造られ、単純な防御力だけ見ても強固であること。
上級魔術すら通用しない強力な造りに加えて、壁を護るように深い堀がある。これにより敵の進行を困難。また籠城に耐えられるよう、街には食糧生産の拠点も十分にある。
武器の物資面においても備蓄は常に細心の注意が払われていた。鉄や魔石の貯蓄から、職人の勤務時間まで細かく決められている。
また、先日のサズリ達による騎士団
壊滅の報は既に各国に届けられている。情報網の緻密さと速さも屈指。攻められようとすぐさま連絡が届けられるようになっており、援軍も二日以内に到着できるという。
なおかつ報告を受けて各国の神聖巫女が総動員し、この城塞に巨大な法術の結界を張っていた。
元々サズリ以外の上級悪魔たちの侵攻から十二度も耐えた実績もあり、文字通り難攻不落の鉄壁。
人間最強の守りと言えよう。
「これまでは、の話です」
魔王の背後に控える"賢王"サルトナが言う。
「手は打ってあります」
「うむ」
小さく魔王が頷く。
目に見えるサズリの姿はこの二人だけ。
他には見えない。
サズリ達の動きはない。姿は確認されている。だからこそその静寂さは不気味なほどで、アーガウ城壁守備隊隊長は不安を抱く。
「果たして何を仕掛けてくる」
「大丈夫だって隊長さん! 俺様がいんだからよ!」
声を掛けたのは"宿敵"日比谷健伸。
彼は用意させた専用の、金色色の悪趣味な鎧を着ている。
背後には呆れ顔のジャンヌと不安そうなアンヌ。
彼女たちは目の前でサズリの実力の一端を見ているせいか、中々これから去来するであろう殺戮の空想が頭から離れない。
それもこれも、この男が一体何者なのか掴みかねているせいかもしれなかった。
「俺様が"力"を使えばちょちょいのちょいよ! 」
「しかし、"勇者"殿。」
「それよその"勇者"って響き! 最高だね! もう勝てるイメージしか湧いてこねーって!」
「い、いめーじ?」
「とにかく! 俺様があんな辛気臭い連中ソッコーで倒しすから安心するな!」
"あの"サズリたちを相手にしているというのにこの自信、この大言壮語。
当初こそ多くの兵、ジャンヌやアンヌ、街の者たちはこの少年を侮っていた。
皆不安との戦いだったのである。そこにこれほどまでの、彼等からしたら根拠のない自信は滑稽どころか哀れに見えたろう。
それが時間が経つにつれ、またこの少年が練習の一環で見せつける能力の凄まじさに、彼の自信が徐々にではあるが伝搬していった。
だから隊長も、
「そうですな。"勇者"殿がおられるなら、我等にも勝機はありましょう」
「そうだ! その意気だ!」
他の兵たちも加わって、彼等は大盛りがありだ。
「な、なんか凄いねジャンヌちゃん」
「ふん。戦に油断は禁物だが、あまり自信をなくすというのも良いことではないが」
「勝てるかな?」
「まだ戦っていないから何とも言えんな」
ジャンヌとアンヌは彼等の姿を見て、そう囁きあった。
それから二日のことである。
「我らは、これより貴様等を滅ぼしょうと思う。
まずは"宿敵"よ。
お前からじゃ。
お前に関わるしゅべての人間を、
皆等しく、平等に、
殺戮と、
虐殺を授けよう
ビャラビャラ(バラバラ)にしょう。
くびゅろう(クビ)ろう。
斬殺し、
刺殺し、
圧殺し、
噛み殺し、
突き殺し、
なぶり殺し、
撲殺し、
射殺し、
そしゅて、
鏖殺を授ける 」
城塞都市アーガウの頭上に浮かぶゲルドラードの魔王が、明け方に放った宣戦布告の全文である。
相変わらずの舌足らずさで威厳は急落し、精鋭二万とアーガウに住む市民は緊張が解けた。
緊張というより、多少の安心を得たと言えば良いのか。
「あんな子供が敵?」
「しかも言葉も上手く喋れないぐらい小さかったって」
「何とかなるんじゃないか?」
「もしかしたら、俺たちは恐れ過ぎていたのかもな」
市民の中にそうした声が現れた。
それはやがて、兵士たちにも伝わっていく。
彼等は職業軍人であり、魔国との戦も数多く経験しているから中々そうした話に釣られなかったものの、新兵を中心にそうした雰囲気が伝染病のように広がった。
「敵が現れれば討って出ても問題ないのではないか?」
「しかし相手はサズリ。油断は大敵だ」
「敵は討てるときに討たなくては。今がその時だ!」
「そう簡単に敵が倒されるものか!」
兵士達の間に出兵論と籠城論を巡る議論が生まれた。"宿敵"日比谷健伸はやはり出兵論に傾いており、城壁守備隊隊長はそもそもこのような議論は馬鹿らしいと相手にしなかった。
しかし現場責任者の一人として他の隊長連中が答えたように、自分も答えなくてはならなくなってきた。
「これは敵の誘いかもしれない。ストングフス帝に似たような故事がある。つまり、敵は我々を暖かい家から追い出し、外の寒い雪の中で凍死させるつもりだ」
と出兵論の兵士達に告げる。
兵士から隊長は籠城論者ですか、と問われると、
「あくまで現状での話だ。戦は状況によって変わる。もしも籠城で敵が消耗していれば討って出る、逆に敵がこのまま姿を見せなければ籠城で良かろう? その方が被害も少ない。機会を待つのだ諸君、戦は最後に勝てば良い、その機会をいかに見出だすかが肝要だ」
この言葉に議論は一様の決着を見た。
日比谷健伸も不満はあったが納得できる言い分に頷き、大人しくする。
が、功を焦る新人、血気盛んな者、元々隊長に反抗的な者達、といった不平分子を生んでしまう。
そんな内紛が終息したのもつかの間、まるで悪夢のような光景が目の前に広がっていた。
「星を造るのも久方振ぶりゅよ」
策など最初からなかったのではないか、と人間側の誰かが言った。
彼等の目の前には、王城よりも大きな、巨大に合わさった岩や土砂で創られた、塊が浮かんでいる。
秘術"星"。
ゲルドラードの魔王が創出した魔術である。
土に関わる素材を一ヶ所に集めそれをぶつけるという単純なもので、下級魔術にも同じようなものはあるが、彼女の場合は規模が根本的に違う。
"宿敵"の世界で言うところの"巨大な隕石"に他ならない。
「しゃあ、落ちゅよ」
戦略戦術に関してはまっっったくわかりません。でも書いているうちに楽しくなったのは事実です。