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一章

幼女になった? ふざけている。

ゲルドラードの魔王でなければ、誰しもそう叫んでいるだろう。

しかし、魔王と呼ばれるサズリの首領はある種持ち主が死んでも回り続ける水車のように、構わず淡々と任務を果す。


「王!」


"賢王"サルトナがサズリ達を率いて駆けつける。彼等は皆、主の変化に気づいていない。

が、いの一番に駆けつけた風のレクが声を上げる。


「こりゃあ驚いた! 王様、あんたっ!?」


年少故の軽薄さで、彼は無礼にも首領の顔を覗き込んでいた。

サルトナが即座に引っ張ろうとするが最速のレクはかわして、近くの岩場に腰掛け両手を広げる。


「びっくらこくぜ!」


"武王"ガルンドが仲間の悪態に嘆息して、首領の前に膝をつく。


「反撃を?」


戦闘分析を最初に済ませている彼は、"敵"の能力が著しく低い素人だというのは分かっている。

無敵の能力"チート"を持っていたとしても、ゲルドラードの魔王が遅れをとることはまずあり得ない。

となれば。


「善神ナーサですな? あの忌まわしい神が介入した」


"賢王"サルトナが答えた。サズリの首領を妨害できるのは数少ない。少なくとも"敵"には無理だろう。

王が顔を上げる。その僅かな動作だけで、


「っ!? 王、そのお姿は!?」

「なんと」


二番目に変化に気づいたのはサルトナ、次いでガルンド。"炎王"ヅォートラルンガ、"腐蝕王"座癌は興味が薄くあまり驚かない。

最初に気づいた"風のレク"は既に欠伸を噛み殺していた。

"人馬のサナーラ"はキチンと驚きながら、必要ないと思いつつも周囲の警戒を。

"血のガガーランド"は既に近隣の村を襲いに行って不在、"氷のカドレ"は退屈そうに足元の花を凍らせていた。

さて、ゲルドラードの魔王は幼くなった少女の姿のまま立ち上がると、魔術で黒衣を現在のサイズに合わせてから、振り返り号令を。


「追うじょ」


意外に舌っ足らずだった。



サズリたちは命に忠実である。

例え、首領が幼女になっても命の強制力には逆らえない。

空を飛ぶ魔術で"敵"を探す。

大魔王さえ手を焼くと評された血のガガーランドも、殺戮を止めて追撃に加わった程だ。


「お前は余の鼻腔を潰す気か!?」

「××××!!」


嫌悪感を隠さないヅォートラルンガは鼻を摘まむ。彼は肉の焼ける臭いを過剰に好むが、血の臭いは適量を求める。ガガーランドの言葉は言葉ではなく、まるで魔物か獣の雄叫びである。


「ははは、おっかねぇ。そう思いませんか賢王」

「風よ黙っておれ」

「武王は?」

「・・・・・」

「相変わらず"王"と"敵"さんにだけにしか会話しないの辞めません?」


やれやれ、サズリって奴はどいつもこいつもとレクは茶化す。

それからレクは先頭を飛ぶ首領の背中を見た。

首領が女であることは知っている。それもとびきりの美人であることも。

そのことについてこだわる者はレクだけであり、実際幼女になってそろそろ一刻が経つがサズリたちの動揺、または変化は皆無。

動揺というより、興奮が収まっていないレクはニヤニヤ笑う。



見つけた。

「あそこのようでございますです」

人馬のサナーラが指を示す。

その方向の遠くには騎士の一団の進行する姿があった。

連邦を形成する国の一つ、剣をくわえる竜の旗印はトナハルト王国第一竜騎士団のもの。

総勢三万二千と一人。

歩兵二万。

弓兵八千。

騎兵五千。

そして恐らく、"敵"一人。

強敵かと言われれば、雑魚だ。


「座癌、レク」


魔王は指を鳴らそうとしたが、幼い指に馴れず上手くいかなかったので、口頭で。


「殺れ、残らじゅ」

「我のフケで十分であるぞ~」

「了解了解」


二人は高度を下げ、夜の闇に紛れた奇襲を行う。

先ずは序列上位の座癌。彼が撒いた"フケ"はレクの"風"に乗り、広範囲に広がった。

"フケ"は騎士たちを狂気に陥らせ、味方同士で剣や槍を使わせた。首が飛び、鮮血が散って、骨を砕き、臓物を引きちぎる。

レクは斬風を操るまでもなかったが、見ているだけもつまらないので顔の良い騎士の首を、鼻歌混じりに切り落とす。


「魔物の餌にはピッタリだな」


しかし、惑わされない強者も千名程いた。


それなりに騎士団の数も減ってきた。一気に殲滅といこう。


「ヅォートラルンガ、ガガーランド」

「余とこの獣を選ぶとは、いや良かろう。王よ」

「××××!!」


炎王が作り出した炎の蛇が騎士たちを焼き飲み込む。

ガガーラランドが雄叫び、新鮮な血を求めて首と心臓と目玉を抉る。

"血のガガーランド"。

魔国一の狂戦士。欠点は大魔王や魔王にしか止められないということと、戦いになると常に新鮮な血を求めずにはいられないということ。


「ぬっ、獣め! 余を狙うでない!」


たった今殺したばかりの騎士が持っていた槍を投げたガガーランド。あわや、別段受けたとしても傷一つないが、ヅォートラルンガはすこぶる不機嫌に首を傾けて避ける。


「王よ、あの者達で十分でしょう」

「武王の言う通りです。ただ、あくまで人間の殲滅だけならば」


ガルンドが進言すると、サルトナが含みを持たせた言い方で補強する。

そう。

あくまでサズリの目的は、"敵"を倒すことである。

しかしその"敵"が現れない。

村人を虐殺した時のように、"敵"なら現れるはずなのだが。


「王よ。 あの人間共は囮です。最初からそうだったのでしょう。四方に使い魔を送ったところ、西からそれらしき姿があります」

「我々を」


賢王と武王が進言する。

が、ゲルドラードの魔王はそれを聞くと即座に動いた。

西へ。


西の森を進むのは"敵"と、その手を引く二人の女騎士。

一方は短い金髪、背が高く、胸が薄い。抜き身の剣を右手に持ち、その剣よりも鋭い碧の瞳を持つ。左手には松明を掲げ先陣を切る。

もう一人は同じく金の、こちらは長い髪。背は低いが、胸は大きい。弓矢を持ち、垂れがちな碧の瞳。転んでは慌てて立ち上がり、二人に遅れないよう付いていく。


「××××?」

「いいから来い! アンヌ遅れるな!」

「わわっ、待ってよジャンヌちゃん!」


三人は逃げる。騎士団が精一杯時間を稼いでいるが、長くは持たない。

わかっているつもりだが、わかりたくないという気持ちは、ジャンヌとアンヌには根強い。

そのせいか余裕がないように見える。

ジャンヌは苛立ち、アンヌは不安。

それぞれの性格に沿った精神的な不安定さが現れ始めていた。

そんな時に、"敵"は能天気そうに訊ねた。


「×××?」


"敵"が首を傾げながら前方を指差す。

言葉はわからないが、ニュアンスとして、


『この道で合ってるの?』


だろうか。

アンヌは何度目かになる転倒から起き上がったばかりで何なのかは掴めない。見ていたジャンヌは眉間に皺を寄せて、わめく。


「この道だ! ふざけるな!」


怒りが爆発し、


「決して間違っては」

「あれ、こっちじゃないの?」

「何!?」


アンヌが首を傾げながら指差した方向は、これから進もうとしていた方角よりも比較的整った道だった。

なにより、"アーガウ"と書かれ、矢印まで描かれた立て札もある。

アーガウとはトナハルト王国で最も堅牢で知られる城塞都市。彼等の目的地である。

顔を真っ赤にするジャンヌは、ぐぬぬと歯を食いしばって恥に耐え、いそいそとアンヌの指差した方向へ向かう。


が。


「見つけたじょ」


ゲルドラードの魔王が道の前に降り立った。

首領の背後には"賢王"サルトナ、"敵"から近い場所の巨木の前には"武王"ガルンド。

三人の正面に"人馬のサナーラ"、"氷のカドレ"。

逃げ場はない。


ジャンヌは松明を近くに投げ、剣を魔王に向けて両手で構える。

アンヌは悲鳴を上げて小さく震えた。

"敵"は、魔王の姿にポカンとしている。


「××××××××××? ××××!?」


『お前、何でそんなにちっこくなったんだ? つか女の子!?』


とでも言っているのだろうか。

しかし魔王は言葉よりも、攻撃で以て答える。


「××!」


ジャンヌを押し退け、"敵"が前に。


「サルトナ、ガルンド。殺るのじゃ」


本当は"だ"と言ったのだが、上手く舌が回らない。

サルトナは用意してい魔方陣を"敵"の真下に発動し、ガルンドは魔剣を抜いた。


「××!?」


"敵"は踏み込もうとするが、動けない。

魔方陣は、縛術"陣"と呼ばれる上級魔術。

少しでも範囲にいれば何人も動くことはできない。

"敵"は歯を食いしばる。

例の無敵能力"チート"を発動。

光が湧き出る、前にガルンドが。


「終わった」


"魔剣を鞘に納めた"。

直後、"敵"の首が切り飛ばされる。


「あぁ!? ま、まさか!?」

「えぇ!? そんな!」


ジャンヌとアンヌは驚愕する。

首のなくなった胴体はしばらく血を噴かせ続け、しばらくして前のめりに倒れた。

斬られた首は、ちょうど"敵"の右手の前に落ちる。


「行くじょ」


ゲルドラードの魔王、サズリたちは顛末を見届けると飛び立っていく。

勝利の咆哮はない。淡々と、ただ淡々としている。







まさに、一瞬の出来事。

二人の女騎士は絶望に泣き崩れる。

暗い森の中に慟哭が響く。

その時。


「××××?」


なんと、なんとなんと。

首だけになった"敵"が喋った。


「わぁぁぁぁぁ!?」

「きゃああああ!?」


二人は更に驚く。

何せ、首のない死体が勝手に動き、あまつさえ首を拾って元に戻したのだから。


「ふぅ、やっとわかってきたぞ」


"敵"がこの世界の言葉を喋る。

二人は驚くことに疲れたのか気を失った。


「わっわっわっ! ちょっと待ててって! 俺だって驚いてんだからさ!」


"敵"は慌てたが、あんまりわめかれるより良いと判断してそのままにすることにした。

二人も色々あって疲れていることだろう。


「へへへ、でもわかってきたぞこの能力。これなら何とかなるかもしんねぇ」


"敵"が拳を作る。自信を深めた表情で昇っていく月を見た。


「俺様、日比谷健伸がこの世界を救ってやろうじゃねーか!」

物語が動いたのかわかりませんが、自分的には良い感じに流れてきたと思ってます。

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