序章
ゲルドラードの魔王が動いたという神託を神聖巫女から、人間諸国の王たちに伝えられたとき、彼等の表情には例外なく絶望が覆っていた。
ある王は民衆の目の前で身を投げ、ある王は国を捨てて逃げ出したという。
この世界は三つの勢力に別れている。
一つが、人間やエルフ、ドワーフといった善神ナーサの加護を受ける諸王国連邦。
一つが、悪神ガザンの化身である大魔王が支配する、魔物や悪魔たちの魔国。
一つが、それらの争いに一切干渉しようとしない東の果てにある謎多き極東。
ゲルドラードの魔王は、大魔王の最も忠実な下僕であり、主人に次ぐ強大な力を有する。黒衣の悪魔サズリの首領だ。
この忠実なるサズリは大魔王が最も忌む"敵"を倒すために、配下を率いて辺境の国ヤリートのさらに片田舎の村へと足を踏み入れた。
収穫期の穀倉地ゆえか村には活気があり、夕陽に照らされる麦の背は高い。
が、村人たちは突然、阿鼻叫喚の地獄に落とされる。
「逃げろぉぉ!!」
「助けて!!」
絶叫が、悲鳴が響く。
"炎王"ヅォートラルンガが放った魔炎が襲いかかる、燃やし、燃やす。
賢王が序列で下回る者たちに指示を飛ばす。
いわく、"全てを赦すな"。
序列三位、"武王"ガルンドは自慢の魔剣を抜くまでもないと、素手で村人の体を引き裂き、頭を握り潰す。
誇り高い彼は自信が認めた"敵"にだけにしか剣を抜かない。
サズリたちは殺戮の限りを尽くす。
ゲルドラードの魔王は、忠実に"敵"のみを倒し殺すために屠殺へは参加していない。とはいえ配下たちの行いを咎めようともしない、ただ見ているだけであった。
半刻ほどには、血の池が湖になろうとしていた頃、"敵"が現れる。
「×××!」
"敵"は十代後半の少年であった。
どこの国にも使われていない言語を話す。珍しい黒髪黒目で、衣服は"この世界"の物ではない。
それが"敵"の特徴である。
そして。
「×××!!」
少年から眩い光が溢れた。
足を踏ん張ると地面が割れ、目から零れる涙が蒸発する。
"敵"は"チート"と呼ばれる無敵の力を持ち。
"異世界"からやって来る。
ゲルドラードの魔王は冷静に"敵"を観察する。
見たことのない履き物から、珍しい黒髪の先、全てを。
「王よ」
サルトナが近くに寄る。
「もう罠は張っております」
ゲルドラードの魔王が頷いた、その瞬間。
"敵"が割った地面から、巨大な木の根が現れた。
根はサルトナの魔術。"敵"の四肢を縛りつけようと迫るが、光に触れた瞬間に燃え上がって阻まれる。
罠はこの次。
燃える木の根から黒い霧が噴き出る。
序列五位"腐蝕王"座癌が嘲笑した。
「我の垢は絶品であるぞ~」
霧が光を蝕む。注視すると、正確には霧ではなく小さなハエのような虫の群れであった。
「×××!!」
光が徐々に力を失っていこうとしたが、"敵"が雄叫びを上げる。
消えかかった光が更に輝き、ゲルドラードの魔王を除いたサズリたちを吹き飛ばした。
「こやつ」
ガルンドは腰の魔剣を手を伸ばす。
「くくく、ガルンド公も油断されたな」
序列六位、風のレクが軽口を叩く。
直後に黙っとれとサルトナにたしなめられる。
サズリたちはそれぞれで態勢を整え、反撃を挑もうとするが首領に制された。
ヅォートラルンガはさかさず叫ぶ。
「王よ! お一人でやると言うのか! 余から"敵"を滅ぼす栄誉を奪うのか!」
流石にサルトナも加わる。
「王、御無理はいけませんぞ」
サズリたちが次々声を上げる。
ゲルドラードの魔王が発したのはたった一言。
「吾輩の命に逆らうというのか?」
威厳のある、凛とした"可愛らしい"声。
それだけで配下たちは言葉を止めた。頭を垂れ、距離を空けた。
魔王は彼等を脅したのではない。配下たちへただ質問しただけだ。大人しく彼等が従ったのは、首領に質問という手間を取らせる無礼を恐れたからである。
もちろん、命に忠実に従ってもいた。
誰一人として不満を抱いていない。
ゲルドラードの魔王は一歩前に出る。
強烈な力を持つ光に晒されながら、魔王は一向に怯みもしない。
"敵"も他のサズリと格が違うことを理解したのか、不馴れそうに拳を握り、不格好に構えた。
誰が見てもまるっきり素人である。
「やはり能力だけというのは確実だ」
"武王"の名を頂くだけあって、ガルンドは既に"敵"の戦闘分析を終えていた。
「能力が突出していることも足枷になろう」
「うむ、それこそ"敵"共通の欠点だ」
サルトナが頷いた。
"敵"が無謀にも仕掛ける。
流石のサズリたちも向こうから、とは思わなかったらしい。
が、関係なかった。
素人であろうと"敵"は"チート"を持っている。
「×××!!」
走り出しから、予備動作の大きい右の殴打。
速度は風のレクを大きく引き離し、破壊力はガルンドを遥かに上回る。
「!?」
サズリたちが動揺するより速く、ゲルドラードの魔王は既に反撃していた。
腹部に七つの殴打を放った。
迎撃だったために威力は通常よりも高く、"敵"も苦悶の表情を浮かべながら飛んでいく。
「××!?」
自分に何が起きたのか理解できていないのだろう。
「終わりだ」
その間に距離を縮めた魔王は、"敵"を滅ぼすための追い討ちを放つ。
直進する魔王の腕を別の手が掴んだ。
阻まれた。
動揺なぞするより、魔王は構わず片方の腕を伸ばしにかかるが、それも掴まれて任務を阻まれる。
「よぉ、ゲルドラードの魔王」
声がした。忌まわしい神の声が。
「貴様か」
「へっへっへ。おう、貴様だ」
神は人間側、つまり"敵"。
善神ナーサ。
その姿は、白い大きな外套を纏った、長い金色の髪を持つ美しい女である。
女神だ。しかし、性格は善神と呼ばれるわりに良いとは言えない。どちらかというと下品なタイプだ。
「悪いが、あの半人前をヤラせる訳にはいかねぇな。初めては私だって約束したもんでよ~」
「そうか」
魔王は、短く返事をして、掴む腕を振りほどく。それから掌を向け、神の胸に当てた。
「ん? セクハラか?」
瞬間、胸が爆発した。
炎術"爆"。
上級魔術の一種だ。
吹き飛ばされた神など相手にせず、魔王はひたすら"敵"を追う。
神すら眼中にないのだ。
狙うのは、大魔王の命じられた抹殺の対象である。
「あぁくそ! あっちいな! 下手したらお前の可愛い顔まで台無しだぞ!」
上級魔術を叩き込まれたにも関わらず無傷の善神ナーサ。しつこく追いついて、魔王の肩を掴み、次いでその被る黒のフードを掴んだ。
脱げた。
フードの下は、"敵"と同世代ぐらいの少女のものだ。
しかも、ナーサの言う通り美しい顔立ちである。凛として、なおかつ花のような可憐さがある。
肌は抜けるように白い。零れる髪は眩い銀色、瞳は海よりも蒼い。
「相変わらずべっぴんだな~、ぎゃば!?」
魔王は素早くフードを被り直し、それから神を蹴り飛ばした。
動揺はない。が、かろうじて頬が赤くなっている。
そこに生まれた僅かな隙。
先に神が触れた肩が光る。
見ると神だけが使える術式が浮かぶ。
光が魔王を覆うのは"彼女"が気づいたその時であった。
"敵"は随分遠くまで飛ばされた。地面に激突し、この世界に来たときと同じようなクレーターを作って気絶している。
そこに、神が降り立った。
笑っている。まるで、悪魔のように。
「へっへっへ。お前さん、たまげるぜぇ」
ゲルドラードの魔王は自身に襲いかかったある変化に動揺していた。
それは、それは。
「なんだ・・・・・?」
自分の小さな手を見る。顔を触る。声を聞く。
間違いない。
魔術で鏡を作り、確認した。
自分が、幼くなっている。
そう、何とも可愛らしい幼女の姿に。
はじめして。
毎週日曜日更新する予定なので、頑張ります。
個人的に主人公サイドより敵サイドの方が好きですね。