保健室の罠
空があまりにも高く、抜けるような青に、眩暈がする。
黒髪の少女が見事なをスライディングしてホームベースに滑りこむ様子に、歓声が上がる。
ソフトボールをするクラスメイトを視界の隅に映しながら、校庭の木陰に座り、至恩はため息をいた。
とにかく、身体がだるくて仕方がない。
頭のてっぺんから指の先まで、血が巡りきらない倦怠感が支配して、思考がうまく働かない。
朝飯の糖分とカロリーが足りなかったというわけでもない筈だ。なにせ、炭水化物の大盤振る舞いのパンケーキだったのだから。
やはり、一度死んで生き返ったせいか。
膝を抱えるようにうずくまり、目を閉じて深く息を吐く。
貧血によく似た体調不良以外、特に変わったところはない。しかし、一回ぐらいは病院に行くべきか。いや、それで検査だなんだと大事になったら困る。
あらゆる方法で調べたが、一度死んで生き返った人間などそうそういない。
化け物に殺されて生き返ったとなればそれこそ検索はノーヒットだ。
数日様子見をして、それでも体調が悪ければ病院に行こう。それしかない。
「……至恩、だいじょうぶです?」
俯いていると、心配そうな、かわいい声が聞こえた。顔を上げる。
木陰の影にかかった、体操服を着た快活そうな少女が、かがみこんで眉を八の字にしている。
青いジャージの膝が汚れているのは、先ほどホームにスライディングしたからだろう。運動神経のいい瑛里奈は、体育ではひっぱりだこだ。
見学席に来ていてもいいのかと首をかしげる至恩に、ぶんぶん首を振って瑛里奈は口を開いた。
「瑛里奈、試合はいいの?」
「あ、はい。チーム替えして次の試合は休みなのです。それより、至恩やっぱり具合悪そうで……」
膝から顔を上げると、白い指先が、
額にのびてきて、触れる寸前、爪の間の土埃に気付いて、手のひらの中にひっこんだ。
恥ずかしそうに目を伏せて、ごめんとつぶやいて手を後ろに隠す。
それから瑛里奈は、至恩と距離を近すぎず遠すぎず慎重に座った。
「ええと、その、至恩が心配されたくないのはわかってるんですけど」
でもでも、心配なんです、と。
しきりに短い髪をいじりながら、瑛里奈が膝を抱えてうつむく。
「バカだな。大丈夫だよ、瑛里奈」
「……至恩」
膝に顎をのせたまま、瑛里奈の大きな水色の瞳が、気遣わしげにまたたく。
何か言いかけて開いた唇が、一度閉じる。ふいと視線を外し、ボールを蹴るクラスメイトを眺めながら、瑛里奈は言った。
「志恩、悪いときはちゃんと保健室行くんですよ。昔っから無茶しますから。ダメですよ、そーいうとこ!」
「わかったわかった。ほんと瑛里奈は心配性なんだから」
「当たり前です。私は至恩のお姉さんですから」
「えー」
堂々と無い胸を張り、胸を叩く瑛里奈。
幼馴染で同い年なのにと苦笑したが、幼いころ、今と同じ言葉を言って両手を広げ、自分をかばっていた少年のような少女の姿を思い出し、至恩は目を細めた。
──あの少女は、今も自分を守っている。
「そうか。なら、瑛里奈にあんまり心配かけさせなようにしなきゃな」
昔も今も、瑛里奈は髪を短く切っていた。
どれだけ男女とからかわれても、なぜ髪を伸ばさないのか至恩は聞いたことがない。
ただ、今も自分は昔のように、弱く頼りないだろうかと思い、自嘲気味につぶやく。その様子を瑛梨奈はきょとんとした顔で見つめ、
「そ、そんな……嬉しいですけど、至恩の心配できなくなったら私さびしいです……」
「えぇー」
頬を赤らめて両手で顔を覆う瑛里奈に、今度こそ本当の苦笑いを向ける。
「まあ、でも、俺もがんばるよ」
いつまでも女の子に心配されるのは如何なものかと思う程度には、至恩も男だった。
頷いて笑うと、瑛里奈が顔を上げる。
瑛里奈は眉が太く、目が大きい。顔も小さくて、髪が短くても可愛いが、きっと髪を伸ばしてもよく似合うだろうと、何となく思った。
「あの、志恩」
「うん?」
「何かあったんですか?」
瑛里奈がじっと観察するように志恩を見つめる。
昨夜の事件を思い出し、一瞬どきりとしたが、それを瑛里奈が知るはずもない。
こっそり息を吐き、何事もなく唇を引き上げる。
「……いや、特には何にもないよ。なんで?」
「えっとなんか……なんか志恩が急に、男の子になった気がして」
「なにそれ。ていうか、そもそも男だからね?」
「そ、それはそうですけど」
膝を抱えてしどろもどろする瑛里奈に、思わず笑みがこぼれる。
安心したら急に喉が乾いた。寄りかかっていた幹を支えに志恩はゆっくりと立ち上がり、
「――あっ、危ないです、至恩!」
水を飲みに行こうとしただけだった。
それだけだったのだが、なぜ視界が反転するのか。
地面に盛り上がった根につまづいたような気もするし、視界にちらつく光に目がくらんだような気もする。
どちらにせよ、急激に重力に引っ張られた。転んで地面に顔から落ちたはずだった、が、
「──ッ、ごめん。瑛里奈。けがは……」
怪我してないか、と言いかけて志恩は目の前の惨状に時が止まった。
衝撃が、やけに少ない。
気づけば、青色の瞳が目の前にあって、そして甘い匂いのするやわらかいものの上に落ちていた。
具体的には、庇おうとした瑛里奈に覆いかぶさるように転んでいた。
「…………し、しおん」
涙目の瑛里奈の声。
くっついた体操着の布越しに、制汗剤と肌の混じった匂いがする。
それから、起き上がる支えにしようと右手が掴んだものが、妙にふにふにしている。
なんだこれ、と数回ほど揉んだあと、鼻がうずまった場所が(薄めとはいえ)れっきとした胸の谷間だと理解した瞬間、頭が真っ白になる。
意識が急激に遠のいた。
瑛里奈がしきりに名前を呼んでいるが、起きたあとの全責任を放棄して至恩は意識を手放した。
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甘い、甘い匂いがする。
だが、瑛里奈に比べてひどくクセがある。というか、妙に鼻にかかって仕方ない。
家に一切の女っ気がないからピンとこないが、人工的というか、化粧品の匂いというのはこういう感じなのかもしれないと思う。
好きか嫌いかと言えば、嫌いだ。
甘ったるく濃い匂いが、下半身から上身体に、蛇のようにまとわりついてきて気持ち悪い。
歯を食いしばってうめくと、寝苦しいと思われたのか、シャツの襟のボタンが外される。誰かの指先が、鎖骨の間をなぞり、うなじから切りそろえられた髪に触れる。
——肌をなぞるいやらしい手つきに、背筋がぞわりと泡立った。
血の気が引いて、目が醒める。
「——誰だッ!!」
「あらぁ? もう起きちゃったの?」
瑛里奈やレイゼルとは全然違う、かわいさの欠片もない、高濃度の色気をたっぷりと吐息にまで塗り込んだような女の声。
ベッドから飛び起きて抜け出そうとしたが、素早く腕を掴まれ拘束された。視界が見事なブロンドで埋め尽くされる。
肺の底まで化粧品の匂いを息を吸い、志恩は眉間にしわを寄せて口を開いた。
「一体何なんですか、久木先生!?」
「怒った顔も相変わらずカワイイわ、志恩くん。大人のお姉さんは嫌い?」
「人の話全然聞いてないし!」
化粧の匂いと交互に、消毒薬の匂いが部屋に漂う。カーテンに仕切られた保健室には他に誰もいない。
目の前では目尻に泣きぼくろのある、校内随一の美人保険医が微笑んで志恩を押し倒していた。
よく言えば菩薩の微笑み、見る者が見れば獲物を前に舌舐めずりをする狐と同じ顔をしてにんまりと笑った。
「あのねぇ、君、貧血で倒れたーって保健室に運ばれてきたのよ。覚えてる?」
「……なんとなく覚えてます。いや、そうじゃなくて、それなら普通に退いて欲しいんですが」
「んー。おでこ、擦りむいてるのね。消毒するからちょっと待ってて」
「そんなんいいですか……むぐっ」
笑いながら久木が手を伸ばして、反対側のベッド脇から茶色いエタノールの小瓶を取る。
その拍子に、胸が寝ている志恩の顔にどしりと乗った。
成長期のささやかな瑛里奈のそれとは桁違いのレベルの、重量でいえば二つで四キロ近くはある胸が顔に覆いかぶさる。
「ちょっ、まっ……苦し」
シルクのブラウス越しに、柔軟剤の混じった肌の匂いが鼻腔を占拠する。
やわらかいが弾力があり、ブラジャーの硬さなどどこにも見当たらなかったが、志恩にそんなことがわかるはずもない。
久木を押し返そうと試みるものの、胸を触るのは論外として、白衣越しに肩を掴むとびっくりするほど細くて思わず離した。
そもそも女に触れた経験など無いに等しいのだ。
固まっていると、にんまり笑う久木と目が合う。だから保健室に来たくなかったんだと谷間の間から志恩はにらみつけた。
「やだ、今日はいつもより積極的じゃない?」
「ぷはっ……誤解されそうなこと言わないでくださいよ。アンタほんと入学式から全然変わんないな!」
「ふぅん。誤解されたくないのはあの髪の短い女の子?」
「どういう意味ですかそれ。……っ、痛!」
「カワイイ声ね。はい、痛いの痛いの飛んでいけー」
エタノールを含んだ脱脂綿が額にしみる。ビリっとした刺激に片目をつむると、久木が楽しそうに目を細めた。
ふ、と赤い唇をゆるませた女の指が、志恩の頬をなぞる。
「正直、この程度なら舐めとけば治るんだけどね」
「消毒した意味なくない!?」
「だっていちいち慌てて怯えるんだもの。あんまりにもカワイイじゃない?」
つんつんとよく手入れされた爪先に頬を突かれるが、なにも嬉しくない。
とりあえずいい加減、自分の上から退いてほしいとねめつけるが、久木は面白そうに枕元に頬杖をついたまま微笑んだ。
そして、不意に顔が近づく。
長い睫毛が艶めいてまたたき、琥珀色の瞳が嗜虐的に輝く。真っ赤な唇の上を舌がぺろりとなぞった。
「じゃ、いただきまーす」
「いただかないでくださいませんかね!?」
久木が片目をつむって両手を合わせ、行儀よく一礼する。だが内容は礼儀の欠片もない。
罠にかかった兎がもがくように、身体をひねって逃げ出そうと四苦八苦する志恩を久木は楽しそうに眺め、手を伸ばす。そして、
「何やってんだこのバカ女」
次の瞬間、鈍い音と共に豊かな金髪がベッドに沈んだ。
全神経を研ぎ澄ませ、ベッドに沈没する久木を避ける。シーツの下から滑り落ちるように飛び降りたあと、志恩は顔を上げて目を瞬かせた。
「……ち、」
そこには、出席簿を久木の後頭部に振り下ろして志恩を救った大恩人、担任の月守千歳がため息まじりに立っていた。
「千歳!!」
「こら、学校では月守先生と呼べって言っただろ
「なにその隠れて付き合ってるカノカレみたいな会話」
「もう一発いっとくか? 玉藻」
出席簿を素振りする千歳に舌を出し、ベッドに脚を組む久木。
起き上がった久木の、黒いタイトスカートから伸びるしなやかなふくらはぎを避けるようにして、志恩は床に転がった内履きをひっつかんだ。
そして、そのまま千歳の後ろに隠れた。
「千歳……あーいや、月守先生、助かった。本当に、心の底から。まじでありがとう」
「御供にお前が保健室行ったと聞いたんだ。間に合ってよかった。こいつは責任持って俺が締め上げとくから気にするな」
「どういう関係なの? 千歳のクラスの子なのは知ってるけど」
「わかっててやったのか、お前。……別に、個人的な話だ。お前に言う必要はないだろ」
「二人が付き合ってるって言いふらすわよ?」
「家が隣。三歳の頃から知ってる」
「月守先生ちょろすぎ」
ジト目で志恩がつぶやくと、頭を抱えたまま千歳がすまんと小声で謝る。ふんふん頷いたあと、久木が口を開いた。
「それで、何しに来たの、千歳。悪いけど、私は若くて顔のカワイイ男の子が好きなの。大人数も楽しくて良いモノだけど、年増の参加はお断りよ」
「お前ほんと教育委員会にぶち込んでやるからな」
「あら、望むところね。やってみなさいよ」
「理事長に言うぞ」
「この度はご迷惑をおかけしまして大変申し訳ございませんでした」
ブロンドを平伏させて、ベッドの上に百点満点の土下座をする久木。
そのあまりの変わり身の早さにキョロキョロする志恩の頭をぽんと叩き、千歳は困ったように笑った。
「で、こいつはもう連れてくからな、玉藻。軽い貧血だったんだろう?」
「ああ、うん。顔色も良いし、もう授業出て良いから。またいつでも遊びにきてね!」
「もうこんな奴に捕まるんじゃないぞ。志恩」
「いや捕まりたくて捕まってないし。もう絶対来ないから」
本来なら保健室ほど安全な場所はないはずなのに、とぶつぶつ文句を言いながら千歳に背を押されてドアから出る。
廊下はしんと静まり返って、保健室での騒ぎが夢のようだった。
靴音が、妙に響く。数歩進んで、思い出したように水飲み場の前で止まった。
「あれ?」
久木に手当てされた額の傷が、実際どんなものなのか気になった。
だが、どれだけ鏡を覗きこんでも、傷がない。
久木に騙されたのか。いや、その可能性はなくもないが、エタノールで消毒した際、確かに痛みがあった。それは間違いない。
眉間の少し上に、炎症の赤みは残っているが、傷はどこにも見当たらない。
しばらく考えたが結局答えは出なかった。思えば、以前久木に手当てされたときも、えらい目にあったものの、怪我は驚くほどはやく治った。
本当に大迷惑ではた迷惑な保険医だが、腕はいいのかもしれないと考えて、志恩は怪訝そうにもう一度額をなでた。
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「あの子、面白いわ」
溢れんばかりの色気を消し去った、千年の女帝のような威厳をたたえて、久木は微笑んだ。
志恩を送り出してドアを閉め、千歳は嫌そうな顔で振り返る。
しなやかな脚を組み直す久木を見下ろし、壁に寄りかかったまま腕を組んだ。
「だからってからかうな。訴えるぞセクハラ保険医」
「馬鹿、からかってない。私はいつだって本気よ。……そんなことじゃなくて、千歳、知ってる?」
「真顔で言うな。尚更タチが悪いだろうが。……何がだ」
「あの子の血、とっても美味しかった」
口元を指先でいやらしくなぞり、舌舐めずりする久木の胸倉を、千歳の腕が勢いよく掴みあげる。
ブラウスからボタンが外れてあらわれた豊満な胸を全て無視し、冷たくにらみつける千歳を面白そうに見上げて久木は口を開いた。
「まるで、産まれたての赤ん坊みたいだった。あんなに新鮮な血は久しぶりだわぁ」
「……どういう意味だ、それは」
「さあ? 私は手当てついでにちょっと味見しただけだし、知らないわ。そんなこと」
「味見するんじゃない、バカ女。まったく、望も苦労してるだろうな。……アイツが産まれたて? あり得ないだろう、そんなこと」
誰がバカよ、と久木が眉をしかめるが、それも無視して千歳は目を細める。
不満そうに唇を尖らせ、久木がため息まじりにつぶやいた。
「本当にあり得ないことなんて、この世にはない。お前が一番知ってるでしょうが」
「…………」
「あの子、如月博士の息子でしょ? 朝陽の失踪に関係あるかもね」
「……黙れ、玉藻」
「あ、そっかあ 。だから、隣に住むことにしたのね。千歳?」
「いい加減にしろ、女狐」
低い声で吠える千歳に、心底嬉しそうに久木が微笑む。
人を嘲り、人を操り、人を虐げることこそ我が真価と笑みを浮かべる獣から手を離し、千歳は苛々と舌打ちをした。
亜麻色の髪をかきあげ、ため息をつく。この女の手口に付き合う気はない、とシーツの上から散らばった教科書を拾う。
つまらなそうな久木の視線を背中に感じながら、ドアに手をかけ、千歳は肩越しに振り向いた。
「なんにせよ、もうあいつに関わるなよ」
鋭い眼光で釘をさす。
大人気なくあっかんべーをする久木をドアの中に締め込んで、疲れたように頭を振った。
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静かすぎる廊下に、もうひとつの靴音が響く。
志恩が振り返ると、千歳が難しい顔で歩いていた。
「志恩、まだ行ってなかったのか」
もうチャイムが鳴るぞ、と教師らしく言う千歳にちょっと笑って、志恩はその隣を歩くことにした。六時限目の地理の中村は来るのが遅いから、間に合うだろう。
「いや、うん。傷が気になって」
「ああ、そういえば転んだって言ってたな。大丈夫か?」
志恩の額をまじまじ見て、千歳が頷く。千歳が見ても傷がないのかと考えたあと、志恩は別のことを口にした。
「ちと、じゃなくて月守先生って久木先生と仲良いの?」
「…………」
上を見て、下を見る。千歳がこれ以上ないほど、毒を飲まされたような顔をして、苦々しく唸った。
「断じて仲は良くない。昔の知り合いなだけだ」
「昔の知り合い?」
「昔の。あー……何度捨てても戻ってくる腐れ縁ってあるだろう。そういうやつだ。お前こそ、ああいうろくでもないのに引っかからないようにしろ。気をつけろよ」
「引っかかりたくて引っかかってないっていうか、起きたら蜘蛛の巣に放り込まれてたっていう感じなんだけど……」
不可抗力にもほどがある。
それにしても、あの久木と千歳に接点があるなんて、と志恩は不思議そうな顔で見た。
「腐れ縁で思い出した。そうだ、志恩。阿原木の奴、学校来てるか?」
「コウちゃん? 昼に見かけたから居ると思うけど場所は知らないよ」
「そうか。まあいい、来てるならこっちで洗い出して捕まえるからな。任せろ」
「山狩りかよ」
生徒指導から逃げ回ってるからなあと頭をかいて、コウに心中で合掌する。
コウとは親友だがそれはそれとして、授業に出ないことを庇ったりはしない。コウが志恩に友達増やせというように、授業にでればいいのにと志恩も同じぐらい思っているのだ。
「そういえば、志恩」
「うん」
「御供とまだ話してないだろう? ずいぶん心配してたぞ」
ひゅっと呼吸を止め、動きを止める志恩。
青くなったり白くなったり赤くなったり色彩豊かな志恩の顔を不審そうに覗きこんだあと、千歳は上を向いて遠い目をした。そして、
「……まあ、がんばれ」
女絡みで男が男にできることはそう多くない。
骨は拾ってやるからと今にも死にそうな志恩の背中を励ますように叩いた。
/*/
——下校のチャイムが鳴る。
赤々とした夕焼けの下、校門に差し掛かると、見慣れた人影が志恩を見つけて顔を出した。
瑛里奈だった。