08.どこ
よろしくお願いします
「おい! どこ行くんだ?!」
草むらを掻き分けながらコエルが一心不乱に走っていく。ティオはその小さな背を見失わないようにしながら、コエルの後をとにかく追いかけていた。
コエルは何かを探している。そして、その何かにティオが探しているものかもしれないのだ。
コエルはフェイの親友だった。ティオが目覚めたときにはすでに一人と一匹が一緒にいるのは当たり前だった。
そのコエルがここにいる。つまり、フェイはコエルでさえも残してどこかへ行ってしまったのだ。だったら、コエルが今必死になって探しているのはフェイかもしれない。
「……」
知らず足に力がこもる。この先にフェイがいるとしたら?
まずは怒鳴ってやるのだ。こんなに家を空けて、どうするつもりなんだ! と。
コエルを追いかけて辿り着いたのは、森の中の開けた場所だった。周囲の大木たちが目隠しになり、この広間の存在を隠していた。
コエルがいなければきっとこんなところは見つけられなかった。そのコエルは今地面に鼻を押し付けて、何やら匂いをかんでいる。ひょっとしたら、ここにフェイがいたのだろうか。
緊張が高まるのを抑え付け、ティオはコエルの次の行動を辛抱強く待った。
不意にコエルが動きを止める。
何故だろう。ティオは動物の言葉を解することはできないが、コエルの瞳に映る感情を理解してしまった気がした。
それは「諦め」だった。その瞳が向かう先を、ティオは信じられない気持ちで一緒に眺める。
コエルは首を伸ばして真っ直ぐに上を見ていた。もう日が昇りきり、薄い青に包まれた空を。
「空……?」
見るとコエルは力なく肩を落としている。
おそらくフェイの匂いはここで途絶えていた。そして、それが意味することは……。
ティオは再び空を見上げて、ありえないと首を振った。フェイが空に消えているなど、どう考えても信じられない。彼に翼が生えたのでもなければ。
でも、そんなのもっとありえない。確かにフェイは不思議な力を持ってはいるが、あくまで人間の範疇にとどまっていた。
「……腹、減ったな」
そういえば最後に食事をしたのは一昨日の昼だった。色々なことがありすぎて、今の今まで空腹すらも忘れていた。
今更になって腹の虫が鳴き始める。
「キュル――」
悲しげな声に、見ればコエルもお腹に手を当てていた。その姿があまりにも人間臭くて、ティオは思わず笑みを漏らす。久々に笑った気がする。
小柄な体を抱きかかえ、森の中を戻りながら朝食に何を作ろうかと考えた。
(何を作ろうか。コエルは木の実でいいとして……あいつフレンチトースト好きだよなー、スクランブルエッグとどっちが好きだっけか)
そこまで考えて、いなくなってしまった友のことを当たり前に考えてしまっていることにようやく思い至り、ティオの表情が陰る。
結局のところ、ティオの暮らしは今までフェイがいたから成り立っていたのだ。
(俺は何が好きだったっけ……)
いくら考えてもそれは思いつかなかった。
*
大木が丘の上に見えた。
「ん?」「賢者様!!」
ティオが訝しげな声をあげるのと、その少女の声が聞こえたのは同時。
ティオが異変に気付いた時にはもう遅い。愛すべき家である大木の前に蟻のように群がっている人だかり。そこから、一つの影が飛び出してくる。
ティオは完璧にこいつらの存在を忘れていた。
影はこっちに近づいてくる。喜色満面の笑みを浮かべ近づいてきた少女は、ティオの姿を見てフェイじゃないことを悟ったのか、明らかに表情を曇らせた。
「……」
なんともいたたまれない空気が流れる。やがて少女がおずおずと話しだした。
「その、賢者様はどこにいらっしゃるのでしょうか?」
(知らねえよ。そんなのこっちが聞きてえよ!)
そう叫び出しそうなのを必死に我慢して、ティオはどう対応するべきか考えを巡らせていた。