表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーフェン  作者: 菜々
Episode.03
38/38

03.街へ

よろしくお願いします!


闇一色の宮殿は慌ただしさに包まれていた。

いかなる生き物も住めないかのように見えるここには、けれど蠢くものたちが今忙しなく行き来していた。

姿は人間そのものだったが、ここにいる者達は全てが影人。

暗い眼孔に光を映さない黒い石のような瞳が埋まっている。

思考も意思も何もかもを失って、今彼らが考えているのは一つ。

彼らの讃える王の意志のみ。

けれどその彼らが今動いている。焦っているかのように。

これは異常な事態だった。


「シャウラ様。王のお姿、やはり見えません」


その報告に、王の側近シャウラは尾を床に叩きつけ、柱を目一杯に殴りつけた。

宮殿の玉座の間はしばし静寂に包まれる。

張り詰めるようなそれを破ったのは、シャウラの軋むような歯ぎしりの音だ。

今彼女が使えるべき主はこの宮殿にいない。

もはやわかりきっているその事実を再確認し、


「もういいわ」


シャウラの右腕が薙ぎ払われ、報告をしていた人間の首が飛んだ。

ぼとりと落ちたそれは、宮殿の闇に飲み込まれていく。

しばらくそれをじっと見ていたシャウラだったが、

「乱暴ですね。彼がお嘆きになりますよ?」

「・・・・・・」

その声にバッと入り口をねめつける。

いけ好かない奴が来た。

シャウラの顔にはありありと不快感が浮かんでいる。

現れたのは、闇に埋もれるような黒い燕尾服を纏った男。整った顔に片眼鏡が光っていた。

「ナミア・・・そもそもお前のせいだろうに」

つかつかと歩み寄るシャウラ。

そのまま、がっ、とナミアの首を鷲掴み、手近な柱に叩きつける。

首を締め上げられているというのに、ナミアは涼しい顔だ。

その顔にますます苛立ちが募るのか、シャウラは鋭い爪をナミアの首に食い込ませた。

「王をどこにやった?」

「・・・・・・これじゃあ、苦しくて答えられない」

慇懃無礼な言葉遣いはどこに行ったのか。普通に話しながら、ナミアは自分の首を絞めているシャウラの手を指す。

青筋の浮かんだシャウラの額。

数秒後、解放されたナミアはやはり汗一つかいていない顔で首を振っている。

「あー、あー。王なら人間どもの街に行った」

「な・・・?!」

そのまま何気ないように言ったため、シャウラは危うくその言葉を聞き逃すところだった。

「なんか、どれくらい変わったかを見たいんだってさ。まあ、理解できなくもないから、送ってきた」

服の埃を落とすナミア。片眼鏡を外し、布で吹き始める。

その周りの空気が突如として震える。

いや、震えているのはシャウラの体だった。

炎のような髪が踊り始め、闇に一つ、二つ火花を散らす。

「王は・・・今何処に?」

怒りで震えた声に、ナミアはあっさりと答えた。

「カドル。あそこが一番変化を見やすいから」

青年が告げた街の名前はルビー区の中心街だ。当然大勢の人間がいる。

「・・・・・・」

黙って入り口に向かうシャウラ。

彼女が歩いた後が静かに灰になっていく。

そのまま見送るかに思えたナミアはけれど、

「これは一同僚としての提案だけど、今カドルにはあいつがいるから・・・迎え頼んだらどうかな?」

ピタリと止まるシャウラの足。

ナミアが言う"あいつ"に、シャウラは数秒後たどり着く。

「信用できない」

「だから試すんだって。彼の行動も含めて、確かめられる」

「・・・なるほど。では、影人どもを監視につかせよう」

「良いんじゃないか」

ようやく満足したのか、片眼鏡を元の位置に付け直したナミアが笑みを浮かべる。

心底満足げな彼に、シャウラは冷たい視線を送った。



「本当に良いのかい?」

「俺の方こそ、メロアを任せてしまって・・・」

「それは大丈夫だよ。けれど、なんだか申し訳なくてねえ」

「これくらいやらせてください」

「・・・じゃあ、頼もうかねえ」

小屋の玄関先でそんな問答を散々繰り返した後、ティオは籠を背負って小屋を後にした。

いつもは軽い籠の中には、今ぎっしりと布が収まっている。

そろそろ冬の近づくこの時期、めったに森から出ないカミラはカドルの街で織物を売るらしい。

市に向けて織られた織物は、糸の質は悪いものの、きっちり織られていて丈夫なものだ。

毎年一人で売りに行っていたらしいが、今年は自分がいる。ティオは任せてほしいと願い出た。

年老いたカミラにとって森を抜けるのも一苦労ではないかという推測からの行動だったが、彼女は喜んでくれた。

最後まで迷っていたようだが、それでも安心している様子が見られた。

だからティオはようやく恩を少し返せる気がして小屋を出た。

それに、街に行くのにはもう一つ理由がある。

メロアがなぜ目覚めないのか、街の人ならそういう病を知っているかもしれない。

「天使が病を患っているとは考えにくいけど・・・」

尋ねてみる価値はあるだろう。

そんな気持ちで出発し歩き、半日かけてたどり着いたカドルで。

少年はあっけにとられて門の前で立ち尽くした。

王都ルディはすごかった。

商人や旅人が行き交い、常に昼間のような喧騒があたりを満たしていた。

けれど、今目の前に広がるカドルも負けてはいない。いや、それ以上かもしれなかった。

人ごみを息を切らし掻き分け、民家の壁際に籠をようやく下ろし、ティオは大きく息をついた。

すでに折れそうになっている心を奮い立たせ、

「織物ーー! 冬が近いこの季節にどうぞ!」

道中考えていた売り文句を叫ぶ。

冬が近いのは事実。

その言葉につられて、ちらりとこっちをみる人も何人かいたが、いっこうに立ち止まる気配は無かった。

「織物ーー」

見せびらかすように織物を持ち上げ、必死に声を上げる。

外はそれなりに気温が低いはずなのに、汗が流れ始めていた。

商売が簡単なものだとは思ってなかったが、ここまで大変なものだとも思ってなかった。

ようやく二つ目を売り、ティオは思わず深く息を吐きかけた。

「・・・・・・」

が、目の前で立ちどまる気配に顔を上げ、営業スマイルを浮かべる。

「いらっしゃいませー!」

そこにいたのは、ティオよりも背の高い青年だった。

来ているものは高そうな生地の服だった。黒いそれは染めた絹のようで、滑らかに夕日を反射している。

青年はどこか無機質な瞳で、ティオの手の中の反物をじっと見つめていた。

奇妙な沈黙に、そろそろティオが降参の声を上げそうになった時、

「二つ・・・」

青年が呟いた。

ティオはその言葉に一瞬虚を突かれるが、ふと思い当たることがあって青年に布を差し出す。

「よくわかりましたね! 実はこれ綿と麻をよって作った二つの糸でできてるんですよー!」

本当のことだった。カミラさんが少しだけ得意げに話してくれたことを思い出す。

「こうすると糸の間隔が狭くなって、丈夫な上に温かいわけですね!」

青年の反応をそれとなく伺ったが、特に思うところはないようだった。

だがティオはめげない。金持ちらしい客を逃すものかと、織物をぐいぐいと前に出す。

青年の暗い色の髪と対照的に、明るい桃色をしているそれを彼は一瞥して、

「弱い。二つでは足りない」

ぼそりとした声は、不吉な響きを伴っているような気がした。

思わず織物を持つ手を下げてしまう。

「それを知っている、でしょ?」

初めて青年がまっすぐティオの目を見る。

その目を覗き込み、ティオの心に得体の知れない激情が湧き上がる。

目の前の青年は真実初対面のはずだった。

それなのに、どうしてこんなに、こんなに懐かしくて・・・。

「おい、兄ちゃん!」

「え?」

「大丈夫か、ぼうっとしてると盗られるぞ?」

いつの間にか目の前にいた青年は消えていた。

注意してくれた髭面のおっさんはティオ不思議そうに見ている。

その理由に、遅れてティオは気づく。

「なんだ、これ?」

呟く側からまた、右目から一筋涙がこぼれ落ちた。

別に悲しいわけでも、目にごみが入ったわけでもない。

なのに、片目だけから流れる涙は止まってくれない。

(今日は店仕舞いだな)

ぼんやりとそんなことを思った。

こんな顔で商売はできないし、道行く人は訝しげな目線を送っている。

一度目を強くこすり、結局二つしか売れなかった織物をティオは仕舞い始める。

黙々と片付けながら、結局さっきの青年はなんだったのかと思うが、答えは当たり前に出てこなかった。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ