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アーフェン  作者: 菜々
Episode.03
36/38

01.ソマレト王

第3章です!


よろしくお願いします


「お父様・・・!!」

真白の肌。そして、時折緑に輝く瞳。

それだけだ。かの女に似ているのはそれだけだ。

でも、それで十分だった。

男は自分に向けられた声に、読んでいた書物を下ろし、椅子の背もたれから背を浮かした。

「どうした、オネット。こちらへ来い」

自分でも驚くほどに柔らかい声。

王女オネットがソマレト王を訪ねてきたのは、夜も深まろうかという夜中の九時のことだった。

彼女がこんな時間に訪ねてくること自体も珍しいが、それよりも珍しいことに、オネットは赤くなった目を伏せていた。

それでも、頬の涙の跡は隠せない。白い肌が台無しになってしまっていた。

「どうした」

再び問う。

王の膝に手をやり、王女オネットはまた涙を流した。

「怖いのです、お父様。またあの者がやってきて、私を、わたしを・・・」

震える肩にそっと手を乗せる。

痩せて頼りない体は今にも折れてしまいそうだった。

オネットの言葉に、王は思わず歯ぎしりをしてしまいそうな気分を持て余してしまう。

あの羽虫を逃がしたのは失敗だった。いや、誤算だろうか。

目の前の愛する娘に恐怖を残していった侵入者ども。

先日この城に侵入を許し、あまつさえ逃走までもを許してしまった罪人。

幼い娘が不安に思うのも無理はなかった。

「大丈夫だ、オネット」

あの時、謁見の間では家臣の手前あまり弱みを晒すわけにはいかなかった。

けれど王は身が張り裂けそうな不安を感じていたことを覚えている。今この瞬間にもそれは襲ってくるのだ。

オネットの金髪を撫で、大丈夫だとせめて言い聞かせる。

「いいえ、いいえお父様。助けてください・・・今の護衛ではとても・・・」

先は想像ついた。

王がオネットにつけているのは、近衛兵の中でも指折りの猛者。

それでも、オネットの味わった恐怖を打ち消すにはまるで足りていないのだ。

(どうしたものだろうか)

王は撫でる手を止めずに思案する。浮かんできた顔が一つあった。

強く、信頼でき、そしてオネットに寄り添える人物。

「お父様?」

「・・・あ、ああ。そうだね、オネット。不安に思わなくてもよい」

都合の良いことに、今日彼らを呼び出していた。

断言した王に、オネットは一瞬不思議そうに首をかしげたが、その後すぐに、

「はい!」

と言って頷いた。

綻ぶような笑顔。自分を信じている故のそれに、否応なく王は表情が緩んでしまう。

敵わないものだ。

一度立ち去りかけたオネットが扉のところで振り向いた。

「お父様・・・おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみオネット」

本当に敵わない。



「失礼いたします」

それから程なくして、かすかなノック音とともに、その声はした。

「入れ」

王の厳しい声が響くと、扉から一組の男女が部屋、それも王の私室に入り込む。

許された者だけが立ち入ることができる私室。そこに入るのを許した数少ない人物達。

高い金を出して雇っている王の私兵だった。

「此度のご命令、我々の力が足りず王女様をあのような目に合わせたこと、お許しください」

まず深く頭を下げる男女に、

「許さぬ」

王は迷わず持っていた本を投げつけた。

硬い革張りの表紙が女にあたり鈍い音をたてる。

だが、女は頭を下げた姿勢のまま微動だにしなかった。

それに苛立ちが増すのを感じながら、王は努めて平静な声で、

「次はない」

それだけを言った。この話は終わったとばかりに関心切り替える。

「報告せよ」

「は。

侵入者は偽の天使と共に逃走、今尚捕まっておりません」

「・・・その話はもう聞いた。他にないのか」

冷たく言いながら、王は男が侵入者の名を告げる瞬間、ほんの少し声に乱れが生じたのを敏く感じ取っていた。

だが、

「・・・ありません」

男に代わり、女の冷静な声だが答える。それ以上の追求を無言のうちに拒否していた。

王であるソマレトに効果はないはずだった。

(今は見る時・・・)

「もう良い、下がれ。

・・・いや、そこのお前」

一礼し、下がりかけた男女が一斉にこっちに目を向ける。

三つの目の凍えるような冷たさに、しかし王は怯まない。

「クロス、お前に命じる。

此度の失態、本来なら許されまい。しかし、我は貴官にチャンスをやろう」

「・・・・・・」

「貴官には、我が最愛の娘オネットの専属護衛官になってもらおう。今、この瞬間からだ」

拒否権はない。

もとより雇われている身。思った通りクロスは跪き、

「御意に」

静かな声で諾の意思を示した。



初めて彼女に会ったのは、彼がほんの若造の頃。

陶器のような白い肌に、深緑をそのまま写し込んだような深い緑の髪。

瞳の色を知ったのはそれからすぐのことだったが、あの時の彼には十分だった。

恋に落ちるのには十分すぎた。

たとえ、彼女の手足が醜い鱗で覆われ、爪は鋭く硬く尖っていたとしても。

その美しさはもはや完全なものとしてそこにあった。

そう、あった、のだ。

彼女からはおよそ命というものが感じられなかった。

まるでお伽話に出てくるような豪華な棺の中、手を折り重ねて目を閉じている彼女は、とうに死に体と等しい存在だった。

胸は上下している気配を見せず、その薄桃の唇は硬く閉じられている。

けれど、彼の父親は言ったのだ。

ーーこれをお前に与えよう。これは先の戦で死んだはずのもの。・・・死に続けているものだ。

彼にはその言葉の意味が全く理解できなかったが、それでも女の異質さはよく理解していた。

ーーなあ****、無駄はいけないことだねえ。

女の体からはまるで糸のようにいくつもの光の筋が伸びていた。

父親がその糸に指を絡める、ように見えた。

それは実体を伴わず、指をすり抜ける。

ーーこれは魔力・・・強すぎる力は身を滅ぼす。これもまさにそうなのだよ。これは我々によって生かされていると言って良い。

我々。その言葉に引っかかり、聞き返した彼の背後。その人影は押し殺した笑い声をあげた。

ーー良いのですか。そんな風に話して。

知らない声。ひどく不安を掻き立てるその声に、けれど彼は迷わず振り向いた。

ーーやあ、王子様。闇の女王も君を歓迎しているだろうね。

全てはそこからまた、狂い始める。

ありがとうございました!

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