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アーフェン  作者: 菜々
Episode.02
34/38

19.謀

よろしくおねがいします!


気づけば日付が変わっている恐怖。すいません……。


「……説明はしてもらうぞ」


「答えられる範囲でなら、答える」


 グレイシャーが目覚めたのは、それから五分もしない内だった。あの馬鹿な弟は、それなりに効力の低い薬を使ったらしい。

 クロスは肩に回していたグレイシャーの腕を離す。自分の足で立ち上がったグレイシャーは、もう完全に調子を取り戻していた。紅い筋が入り、閉ざされたままの右目を除いて。

「まず、俺たちを襲ったアルフレッドの様子がおかしかったことに関して。知っているな?」

「……お前も聞いたことぐらいはあるだろう? 二百年前、大陸を恐怖に陥れた軍隊を」

クロスは歩くよう促し、語り出した。対するグレイシャーは無言で頷く。目に浮かんだ驚きは、クロスが素直に話し始めたことが意外だったからだ。

影人(ドール)。私たちはそいつらをそう呼んでいる。

 自分の意思を持たず、ただ生者を襲い続ける魔の生き物。異常な回復力、身体能力。全ての人間に(あだ)をなすもの」

「ちょっと待て。今、自分の意思を持たないと言ったな。じゃああいつはアルフレッドじゃないのか?」

「違う。奴らは、人間の成れの果て。闇の魔力に負けた存在……」

言葉を切ったクロスに、グレイシャーはすでに基地の前に来ていたことに気づく。今日の騒ぎについて、いろいろと報告をしなくてはいけないことが生じたが、今は黙って戻らなくてはいけない。何かがあったことを一般の隊員に悟られるわけにはいかないからだ。

 だからだろう。基地の見張りの姿が見えた時、クロスが黙り込み、自分の腕をつかんだことをグレイシャーは疑問に思わなかった。

 グレイシャーの腕を掴みつつ、クロスは堂々とした態度で門をくぐる。見張りの視線はこっちを食い入るように見つめていたが、グレイシャーは努めて気にしないことにした。

「おい、見ろよ! あの二人……また朝帰りだぜ?」

「うわお」

ヒソヒソ言う声も無視して歩き、二人は無事に13番隊の隊舎にたどり着く。隊舎の談話室で、クロスはようやく彼の腕を離した。

「影人になった人間は、自分の意思を失い、ただ生者を求めて彷徨(さまよ)い歩く」

淡々と説明を再開するクロス。ちなみに影人がなぜ人間を襲うのか、理由は解明されていない。彼らの王の命令に従っていたという説が有力だった。

「あいつはアルフレッドとやらじゃない。そいつの形をした化け物だ」

「……あいつには俺の攻撃が一切通じなかった。それはどういうことなんだ?」

実際には、切ってもすぐに再生してしまった。

「影人に効くのは、魔力を帯びている攻撃のみ。だから……」

クロスは今の今まで担いでいた矛を指す。正確には柄の部分に刻まれている細かな文字を。

「一定の魔力を宿した武器でしか倒せない。もちろん、魔法はある程度有効だ」

クロスの持つ矛の正体は、魔石で造られた霊装と呼ばれる武器だった。魔力を宿した石、魔石で造られる武器はその刃に魔力を(まと)うのだ。

「大体のところは理解した。お前が何故その武器を持っているのか、影人は何故現れたのか、いろいろ謎は残るがな」

「それは良かった。じゃあ、私は寝るとする」

報告は後日あらためて行うしかなかった。城の騒ぎに、本来自衛隊は関わっていないはずだからだ。今から隊舎を抜け出すのは不可能だろう。

「待て」

すぐさま踵を返しかけたクロスの腕を、グレイシャーが掴む。

「なんだ?」

「お前、最後の攻撃の瞬間、奴の体液を浴びていただろう?」

「……それがどうかしたか?」

「あいつには毒があると言っていたな。お前は……大丈夫なのか?」

「は?」

一瞬、クロスの瞳が大きく見開かれる。能面な彼女の表情を崩してしまうほど、グレイシャーの言葉は意外だった。

「いや、別に……問題ない」

クロスは腕を振り払うと今度こそ談話室を去った。やや荒い足取りでいなくなったクロスに、何か不都合なことを聞いてしまったのかと、グレイシャーは首をかしげた。

 その右目は閉ざされたまま。

 クロスは何も言わなかったが、おそらく気づかれているとグレイシャーは予想した。開いた右目に普段通りに映る景色に、グレイシャーは思わずため息をついた。

 今夜は本当にいろいろあった。クロスの謎は多くなる一方で、それに比例するようにして、しなければいけない後始末が積み重なっていく。まずはアルフレッドの件をどうにかしないとな……。

 今更になって仲間を失ったことに思い至り、歩き出そうとしたグレイシャーはふと立ち止まって、窓からずっと上を見上げているのだった。


  *


 ようやく見えた気がした。

「オレの……いや、オレたちの目的は一つ」

この国の一端をようやくつかんだのだ。

「――知りたいんだよ」

真実を。

「この国は平和すぎた。ハリボテの平和が、今ようやく剥がれてきたわけだ」

長きに渡った平和が崩れつつある。けれど、それこそ上等。

「ハリボテの奥には、何が隠れてるか知ってるか?」

隠されているものがようやく顔を出し始めた。

「答えは、醜さ。お前は王がやっていることを知ったんだろ? それが答え」

武器はある。力もある。知恵もある。そして今、声が手に入る。

 人々に真実を告げるための声が。

「別に人間が自滅するのは勝手だ。けど、そうもいかない事情があるのさ」

犠牲にされた大切な人がいる。いるはずなのだ。

「ハリボテで覆われたその先を、オレは知りたい」

暴いてみせる。もう日和(ひよ)るのはやめる。動き出す音が聞こえたから。

 見つけるのだ。


「――この世界の真実を」


 もう、目を逸らさない。


  *


(どういうことだ……?)

今しがた聞いた内容が信じられず、グレイシャーは思わずそう叫びたいのを抑え込んだ。

 目の前で沈鬱な表情を浮かべている隊長トーマスは、嘘を言ったわけではないようだ。隣のクロスは何も言わない。いや、言えないのだ。グレイシャー同様、彼女もまたあの場には“いなかったはず”なのだから。

 だから、彼らは黙って一礼すると隊長の部屋から出て行った。



「どういうことなんだ?」


 グレイシャーは隊舎の外ですかさずクロスにそう尋ねた。クロスは無言のまま、何かを考え込んでいるようだ。

 今朝、彼らは昨日の夜の騒動のことで呼び出された。王城への侵入者と、王女の誘拐未遂。

 そんな大事件について上から一言もないことはない、そう予想していたから呼び出しは意外なことではなかった。

 ただしそこまでは、だ。トーマスは淡々と上からの報告を副隊長である彼らに伝えた。

 すなわち、

『昨夜我らの隊に所属する、アルフレッドが王城に侵入、王女オネット様を人質に逃げ出した』

そんな耳を疑うような言葉の数々。

 王城の警備の目を盗んで侵入したアルフレッドは、天使を(かた)る謎の人物とともに王を襲った。謁見の間から王女を人質に逃げ、姫は保護されたが今も逃亡中。

 当然、そのほとんどが間違いだということをグレイシャーは知っている。

 だが、昨夜アルフレッドに襲われたのも事実。けれどそれは王女の件とは全くの別物なのだ。王女を人質にした侵入者は天使とともに空へ逃げて行った。影人になったアルフレッドの襲撃のどさくさに紛れて、だ。

「どうもこうもない。そういうことになったんだろうな」

ようやくクロスはそれだけを言った。何かを諦めたような目つきをしている。

「誰かが、そう決めた。だからそうなった。事実アルフレッドはいなくなっている。それが状況的な証拠だ」

冷静な声。グレイシャーの中で何かが切れた。


「……お前はそれでいいのか?!

 仲間が犠牲になったことに、何も疑問を持たないのか――?」


 他人事のように語るクロスに、思わず声を荒げて叫んでいた。珍しく怒りの色が表情に浮かんでいる。


「いいわけないだろう! でも、それが……」


 そこでハッとしたように言葉を切ったクロス。予想外の勢いに、グレイシャーは驚いていたが、その実一番驚いていたのはクロスだった。

 肩を上下させている彼女に、一瞬たじろいだグレイシャー。けれど彼が何かを言う間もなく、クロスは背を向けて走り出した。

 あっという間に背は見えなくなる。

「あーあ、ダメだろ追い詰めたらよ」

声がしたのはその直後だった。

 グレイシャーは軍刀に手をかけ振り向いた。気配は無かったはずだが……。はたして、近くにあった木の裏から、人影がゆっくりと姿を見せた。

 現れた青年には見覚えがあた。一瞬全身から力を抜きかけたが、ふと気づく。たしか青年は王立図書館の司書をやっていたはずだ。そんな彼がここにいる、基地の中にいるという違和感に。

「どうやって入った?」

警戒を強め、グレイシャーは本を片手に持つ青年に尋ねる。青年はというと笑みを浮かべながら、軍刀を構えるグレイシャーに近づき両手を挙げてみせる。

「普通に入っただけだ。ちょっと届けたいものがあってな」

以前図書館で見かけた時とは全く違う雰囲気の青年は、そう言ってある物をグレイシャーに投げ渡す。

 飛んできたそれは抜き身のままのナイフ。

「おー、ナイスキャッチー」

危なげなくナイフの柄を(つか)んだグレイシャーに、青年が間延びした声を発した。

「これは」

「ただのナイフだな。

 けどそこに『アルフレッドの』って付けば、あんたにとって、そのナイフの価値は跳ね上がるだろ」

青年の言葉に、グレイシャーの警戒心は霧散(むさん)した。目の前の男は謎だが、ナイフへの関心が打ち勝った。

「あいつの……」

手の中のナイフを見つめてしまう。正直、グレイシャーもアルフレッドと特別な関わりを持ったことはない。けれど、仲間であることにだって変わりはない。

 背中を預けられるこの隊に、彼は胸を張って所属していたのだ。

 何者かによって歪められた事実で、世間から抹殺されたアルフレッド。もう形見なんて手に入らないと思っていた。

「感謝する。……だが、侵入は見過ごせない」

グレイシャーは黙って頭を下げる。軍刀の切っ先も、もう降ろしていた。

「わかってるって。もう消えるよ。あー、あとさ」

青年は意地の悪い笑みを浮かべ続けた。けれど笑っていない鋭い目でグレイシャーを見ている。

「あんたのその右目、用心が必要だぜ」

その言葉に、グレイシャーが目を見開いた時、青年は既に消えていた。

 はたから聞いていても訳のわからないことだったが、グレイシャーは最後の言葉を重く受け止めていた。けれどその表情は何も変わらない。ただ探るように(まぶた)に触れただけだ

「……」

入れ替わるようにしてそこにいた人影にグレイシャーはナイフを投げる。

 そういえば、さっきのやつとこいつはどこか似ている。どっちもよくわからないところが。クロスは少しだけ赤くなった目元を見開き、手の中のナイフを見つめた。

 よく見れば、もう刃はボロボロで、柄も傷ついている。そのナイフがどんな経緯を経て、自分の手の中にあるのか察したクロスはそれを握りしめる。

「失くすなよ」

冗談で言ったグレイシャーに、クロスは真剣な顔で首を振った。彼女にさっきの問いを繰り返すような馬鹿な真似はしない。

 その表情がありありと答えを伝えていた。アルフレッドは確かに仲間だった。

 たとえ世間が彼を許さなくても、彼らはそう信じ続ける。


  *


 闇に塗り固められたその場所で、(うごめ)くものがあった。何重にも重なり合ったうめき声や悲鳴。

 怨嗟(えんさ)の声は怒号にかき消され、泣き喚く誰かは、ついには狂ったように嗤いだす。

 地獄。そう形容しても足りないそこに、今また新たな魂が流れ着く。銀色の魔力の残滓を、尾のように引いて魂は闇の世界に溶け込んでいく。


(なツかシイ……いロ……?)


 いや、初めて感じたものだったか。いや、やはり初めテ違うこれはあの子のチガウこんなの知らない、違う、ちがう、ちがう、ちガウ、チガウ―――――!!!!

「ちがウ?」

彼女は渦を巻き始めた思考に、(よど)んだ意識を(ゆだ)ね手放した。だらりと垂れ下がった頭。

 その深緑の髪が水面に揺蕩(たゆた)うように広がり、彼女の剥き出しの肢体を覆っていく。薄く開いた瞳に、意志の色は無い。

 糸のような何かで(はりつけ)にされている彼女は、傀儡(くぐつ)のように動かず、ただ呼吸だけを重ねた。


 また一つ、影が生まれる。

ありがとうございました!

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