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アーフェン  作者: 菜々
Episode.02
33/38

18.暴露

よろしくお願いします!


※今日はあと二話投下します

「なんの真似だ? ライザ」

「ん? 別に、オレは都合の悪いことは他人に見せたくないだけだぜ」

グレイシャーが地面に崩れ落ちた後、クロスは前方を睨みつけながら言った。そこには、気を失った王女オネットを片手で抱きかかえたライザの姿がある。

 交わされる会話から、二人は既知の間柄のようだった。

 理由は簡単。


姉ちゃん(・・・・)にだってわかるだろ?」


 そう言って笑ってみせるライザ。それは真に気を許している家族に見せる気負いのないものだ。

 対する、"姉ちゃん"と呼ばれたクロスは無言のまま。けれどその瞳は僅かに同意を示していた。笑うライザの空いている手には、一つの注射器が。

 これを使って彼はグレイシャーに麻痺毒を注入したのだ。戦いが終わった後の一瞬の隙をついて、彼に気づかせずに。クロスはその一部始終を見ていたが、何も言わなかった。

 なんとも悔しいが、このずる賢い弟のやることは、間違っていたことがないのだ。ここからの会話を聞かれるわけにはいかない。……手段が乱暴すぎる気もするが。

「で、そいつ」

ライザが指し示したのは、倒れているグレイシャーではない。地面に広がっている黒々とした灰。もはや人の姿なんて欠片も残っていないアルフレッドのことだ。

「まだ生きてる。どうするんだ?」

だというのに、ライザははっきりと言った。もはや土と見分けがつかないアルフレッドの残骸と呼べてしまうものを指して『まだ生きてる』と。

「……」

その通りだった。異常な生命力、それこそがこいつら影人の厄介なところだと、クロスは思っている。

 影人を完全に滅ぼす方法、それを持つものはこの世界にただ一人しかいない。というか、ただ一振りしかない。

「兄貴はいないし、槍もない。一旦(はら)うのか?」

「そうするしかない」

霊槍サクリファイス。その槍こそ、世界でただ一つ、影人を完全に滅ぼすことができる武器なのだ。そしてその槍を持つ人物は、ティオたちが捜している者。

 ライザが兄貴と呼んだ、つまるところライザとクロスの兄……フェイだった。サクリファイスがない以上、この場で彼らにできることは少ない。そう、彼らに出来るのは闇を祓う(・・)こと。

 浄化とも言われるその方法は、魔力でもって一度影人を霧散(むさん)させる魔法だ。散らばった影が元に戻るのには膨大な時間がかかる。それでも、この方法は気休めにしかならないが。

「どいてて」

「あいよー」

軽く受けたライザは、地面からグレイシャーを軽く持ち上げると、城の壁に寄りかからせるように移動した。それから一度伸びをすると、

「んじゃ、オレは行く」

「……」

瞳を閉じているクロスが軽く頷いたのを見て、ライザは深呼吸をした。

 そして夜の闇の中、二つのことが同時に起きる。

 まずはクロス。目を見開いた彼女の周りの地面に、まるで光が織りなすようにして紋を描いていく。それは彼女が地面と水平にして構えた矛から生み出されているようだった。

 よく見れば、矛には無数の文字が刻まれている。光はゆらゆらと折り重なり、やがて一つの陣を作り出した。中心に立つクロスは、じっとアルフレッドだったものを見つめている。

「仮初の自由を、彼に」

まるで歌うように(つむ)がれたその言葉に、変化はすぐに訪れる。彼女の目の前から、灰が消えていく。……違う。どこからともなく吹いた風によって灰が舞い上がっていくのだ。小さく渦を描いて、遠い空に向かって。


『良いよな姉ちゃんは。万能型ってこういう時便利だと思うぜ?』


 地面から灰がなくなり、陣を消したクロスが聞いたのは、そんな呆れを含んだどこか違和感のある声。まるで深い井戸の中から聞こえてきているように、何重にも反響しこもっている。

 クロスはため息をついた。

「あまり目立つなよ?」

『大丈夫、大丈夫ー。もし見つかったら記憶操作するし。それに、大概のやつは勝手に脳内で誤魔化してくれるからさー』

その声はライザのものと似ていた。だが、クロスの目の前にいるものは、彼とは似ても似つかない存在。

 クロスは一度だけそいつを睨みつけると、壁のグレイシャーの元へ向かっていく。

 もうすぐ、夜が明けてしまう。大勢の人々に騒がれるのは面倒だった。それに、グレイシャーの怪我の手当てをしなくては。

 風に大きく(あお)られクロスの結ってある髪が乱れる。彼女が顔をしかめながら振り返った時、すでにそこには何もなかった。

 王女の姿も、弟の姿も。


  *


 硬い感触と、冷たさに目が覚めた。丁寧に整えられた髪が激しく風に弄ばれ、ドレスの裾も大きくはためいている。けれど今この瞬間、そんなことはどうでも良いと思えた。

「これは……」

無意識のうちにこぼれ落ちたのは、感嘆の言葉。

 オネットは思わずこぼれ落ちそうになった涙と、胸の内で湧き上がる感情の行き先を見失ってしまった。吹きすさぶ風は痛いほどなのに、今は笑みが浮かんできてしまう。それくらい、目の前の光景は美しかった。

 眼前に広がっているのは、本当に人が作ったものなのだろうか。

 美しい白亜の城壁に反射した薄い朝の光は、城の下に広がる街並みを、そっと照らしていた。考えられないほど遠くまで連なり合う家々の屋根。その奥にうっすらと見えるのは、丘の緑。僅かに顔を見せた太陽が緑の丘を今、白のベールで包んでいた。


『……王女様、もう少しお眠りになられてもよろしかったのですよ?』


 その声は突然、頭上から降ってきた。オネットは普段と違っている声に、くすりと笑ってしまいそうになる。殺しきれなかった笑いを口の端に乗せながら、オネットは、

「いいえ、ライザ(・・・)。起こしていただかないと。こんなに素敵な眺めを見逃すなんて、ありえないです」

あっさりと声の主をライザだと言い当てる。

 一瞬の沈黙。

『どうして私がライザであると? よもやこの姿が見えていないとでも?』

「――いつものあなたと同じ色、ですから……」

ライザ、とオネットは再び呼ぶ。

『反則だな。だいたい、魔力が見えるのはこっちの特権じゃねえのか?』

途端に慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度が剥がれ、ぶつくさ言いだす声。オネットは思った通りの反応に、今度こそクスリと笑みを漏らした。彼女は恐れる様子もなく、頭上を仰ぎ見る。

 といっても、彼女が見ることができたのは自分を掴んでいる鉤爪(かぎづめ)のついた手と、腕が生えている真っ白い部分だけだ。薄い毛で覆われ、規則正しく起伏している。

『もうすぐ着く。見たいのはわかるが……あまり腹を見るな。見透かされてる気がする』

まさしくオネットが見ているのは、彼女を抱きかかえている存在の腹の裏。いつもライザが人を食ったよ言うな笑みで隠している部分だ。

「ぜひとも知りたいものですわね」

などと、軽く冗談を飛ばしながら彼女たちは、あっさりと目的の場所にたどり着く。

 バルコニーの窓は割れ、室内も倒壊したままのそこは、ティオとメロアが侵入を試みた場所だ。オネットは、そのバルコニーにそいつの手の中から降りたった。

 鋭い爪は滑りそうで怖かったが、バルコニーの手すりを掴んでやり過ごす。固い床に足をつけ、軽くドレスを払い髪を整えた後で……オネットは意を決して振り向いた。

 朝日がだんだんと昇っていく中、白み始めた空を背景に、彼は……そいつは堂々と翼をはためかせていた。爬虫(はちゅう)類のように細く切れた眼。全身を覆う硬く鋭い鱗。

 背から広がる翼は世界を覆ってしまいそうなほど巨大なもの。極め付けには、鉤爪のついた手足。もはや伝説のものとなってしまった生き物――ドラゴン。

「ライザ……あなたは」

神話上の生き物はしかし、オネットの(かす)れた声に、まるで人間のように笑ってみせた。

 朝日を背に、橙色のドラゴンはバルコニーに近づいていく。

「でもどうしてあっさりと私にその姿を?」

『どうせお前は気づくだろ?』

そう言ったドラゴンの姿が、瞬きほどの間で見慣れた青年の姿に変わる。空中から音を立てずにバルコニーに降り立ったライザは、オネットを呆れたように見やる。

「下手に詮索(せんさく)されるよりは、こうしたほうがいいと思ったからな」

「……」

黙り込んだオネットも、まだ驚きを隠せてはいないが余裕があるようにも思えた。薄々気づいてはいたのだ。魔力が見えるようになってから、この青年の異質さには。

 まず魔力を当たり前のように宿していること。そして、あまりにも強い輝きを放つ魔力。だとしても、

「まさか、神話上の生き物をこの目で見られるなんて……」

ドラゴンであるとは欠片も思わなかった。

 ――百年以上に前に、他ならない人間の手によって滅ぼされたはずの種族。生き残っていることも驚きだが、それがここにいることが信じられない。

「それでは……あなたのお姉様であるクロスもドラゴンなのですか?」

「……お前、どこから起きてたんだ?」

彼女が眠っているうちに交わされた会話の内容をあっさりと出し、オネットは首をかしげた。

「ついさっきですよ」

「……」

しれっと言ったオネットを、ライザは油断のならない心境で見つめる。やっぱり彼女は賢く、そしてだからこそ弱い。

「それでは、要求をどうぞ?」

「なんのことだ?」

「とぼけないで下さい。今ここで私に正体を(さら)したのには、それ相応の訳があるはずです」

「まったく。純粋なオネット姫はどこに行ったんだかな」

「ここにいますよ?」

「……。

 このとーり、オレはお前に見せた。オレの秘密……手持ちのカードを全て」

「その言葉、本当に信じていいのですか?」

「今のところはね。オレがお前を信じるように、お前もオレを信じろ」

「……まあ、いいでしょう」

ライザの挑むような真っ直ぐな視線に、オネットは少し頬を染めて呟いた。

「では、私は何を差し出せば良いのです?」

「知恵を、声を、力を」

間髪いれない流れるような声。


「お前には、この国の王になってもらう」


 オネットの顔つきが真剣なものに変わった。


ありがとうございました(´∀`*)

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