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アーフェン  作者: 菜々
Episode.02
30/38

15.交渉、そして...

お願いします!

 謁見の間はにわかに喧騒に包まれた。

 突然王女を人質に現れた少年らしき人影に、誰もが注目していた。兵士たちが各々(おのおの)武器を構える音が響き渡る。

 やがて喧騒が最高潮に達したとき。


「静まれぃ」


 そのしゃがれ声が全ての音を打ち消した。王は静かに立ち上がり、突然の乱入者を見据えていた。

「その者。この女を解放しろと言ったな」

「そう言ってる。王女の命が惜しければ、だが」

王女の首筋に近づくナイフ。少年が一瞬でも力を込めれば、やすやすと王女の白い首を切り裂くだろう。

 それを見てとり、王は片手を上げた。その合図で、隠れて弓を構えていた男たちが武器を外す。

 王は交渉に応じることを示して見せたのだ。


(まずはクリア)


 王女を人質にとっているローブの人物、ティオは密かに安堵する。

『まずはおっさんを交渉の席に着かせることだ。王女を見捨て、問答無用で攻撃してきたら……ジ・エンドだな』

そんな風に語っていたライザの言葉を思い出す。

「もう一度言う。その女を解放しろ。さもなければ、王女を殺す」

『目的と意思は明確に。そしたらきっと王はこう言うはずさ』

「あの悪魔の解放。条件はそれだけか?」

王はライザが予想した言葉を一言一句違えず言った。

「もちろん、それだけじゃない」

『そしたらすかさず次の要求をねじ込め』

「俺とあいつの安全を保障してもらう。永久的にだ」

「……それを是としなければ?」

「これを見ろよ」

ティオはナイフを逆手に持ち変えると、

(オネット様……ごめん!)

王女のドレスを一直線に引き裂いた。見るも無残になったドレスから、王女の白い肌が覗く。

 いや、今そこには黒い文字のようなものが描かれていた。

「ほう……」

感嘆の声を漏らした王は、娘が人質に取られているというのに、どことなく余裕そうだ。

「これは俺が望んだら発動するようになってる魔法さ。王女の命をいつでも刈りとれる……疑うんなら、試してみてもいいんだぜ?」

「なっ?!」

声を上げたのは、メロアに剣を向けていた男だ。全身を震わせ、今にもティオに飛びかかりそうだった。

(兄上……じゃあ、あいつがセレー王子)

さっきオネットがそう呼びかけていたことに思い至る。

「兄様!」

王女が声を上げる。本当に辛そうな声を。まったく、大した演技力だった。それを聞いた王子の、歯ぎしりの音までもが聞こえてくる。

「セレー。落ち着くのだ。

 ……お前のような者が、どうしてそんな魔法を使えるという? 不可能ではないか。その魔法はまやかしか」

試すような視線。


『そうなったら、オレの出番だ。うまくやるから、安心しろよ』


「だったら、確かめさせればいい。名高いルディ城、魔法の使い手なんて腐る程いんだろ?」

「ふん……いいだろう。ライザ」

予想通りの指名。

「お任せを」

優雅な足運びで、謁見の間中の視線を浴びながら、ライザがこっちへ近づいてくる。

「ふざけた真似はするなよ」

王女の体の紋を検め始めたライザに、ティオは形だけ忠告する。

「これは……。

 王よ、このライザが証明いたしましょう。この魔法……確かにこの者の言う通りのモノのようでございます」

もちろん嘘だ。オネットの肌に紋様をテキトーに書いたライザはいけしゃあしゃあと首を振った。

 大げさに驚きながら、ひどく残念だというように宣言する。王はそれをじっと見ていたが、やがて、

「そうか」

と呟くと、メロアの方に目をやった。

「羽虫が出て行くならば、止める道理もないだろう」

メロアの拘束が解かれていく。息も絶え絶えの様子の彼女は、拘束を解かれた途端床に倒れこんだ。

 傷だらけで虫の息だったが、それでもこれで彼女を縛るものはなくなった。本当なら駆け寄りたいところだが。

『交渉が成功しても、安心はするなよ。裏切りなんてどこにでもある。切り札は手放すな』

「彼女をこっちに連れてこい……そうだな、そこのお前でいい」

ライザを顎で示す。彼は頷くと、倒れこんだメロアに駆け寄り抱き上げる。あとはここを慎重に出るだけだったが。

「待つがよい。我が娘の命はどうなる?」

「……こいつは城の門を出たら解放する。だが、下手なことは考えるなよ」

門を出て人質を解放した途端、殺されるなんてことがないように、ティオは王女に刻まれた紋を指し示す。

「わかっておる。だが、お前が娘を殺さない保障など、どこにもないではないか」

監視役が必要だと、暗にそう言っているのだ。

『おっさんは必ず味方を何人か指定するはずだ。同行するようにって。そいつらは……とにかく()くしかない』

「……兵士の隊を丸ごと一つつけてもいいぜ?」

だからあえて挑発する。

 もちろん、本当にそうされたらたまったものじゃない。けれど、この王の性格上、こう言われてするはずはない。

「セレー。お前が犬の手綱代わりだ。王女を食い殺さぬよう、見張っておれ」

「わかりました」

セレー王子が剣を収め、こちらに歩んでくる。一人か。これは意外だが好都合だった。

「どうした。さっさと出て行くがよい」

「……」

ティオはその軽い口調に違和感を覚えたが、黙って謁見の間の入り口まで後退した。 最後に扉の隙間から見えた王の顔は、どこか面白がっているような顔だった。


  *


 道中は無言だった。

 城の構造を把握していないティオは脅す形でライザに案内をさせ、王子の射るような視線を感じながら、黙々と歩みを進めていた。


(こんなに順調でいいのか……?)


 それは城に侵入するときも感じた違和感だったことを思い出す。あのときの違和感は、ある意味最悪の形で当たっていた。

 その結果が、今このメロアの弱った姿である。先ほどから目を閉じたまま動かない。微かに胸が上下しているので生きてはいるが、怪我は相当ひどい。

(街に出たら……まずは教会にでも駆け込むか)

それでも、逃げた先のことを考えられるほど余裕が出てきた頃、ティオと一行はようやく城の入り口にたどり着く。

 人の身の丈の何倍もの高さの扉が、歯車の音を響かせて徐々に開いていく。じれったくなるほどに遅い。

「妹が苦しそうだ」

「ん? ああ」

低い声に指摘されて、ずっと腕を後ろに回す形で拘束したまま、王女を連れ回していたことに気づく。セレー王子は憎々しげな顔でティオを見ていた。

 王女は確かに少し辛そうだったが、拘束を緩めるわけにはいかない。心の中で謝りながら、ティオは扉が開くのを待った。


「なあ、聞こえないか?」


 不意に王子がそう言ったのは、扉の五分の一ほどが開いたときだ。まだ人一人分が通れるほどの高さはない。

 王子は笑みを浮かべていた。それは、目の前にいる存在に対して、決定的な権利を手に入れたものの笑み。勝者の笑みだった。

「聞こえるだろう? 犬の声が」

「は?」

目の前が一瞬暗くなる。

 それが、後ろから誰かが自分を飛び越したことで、できた影だというのに気付いたとき。


「王女を離せ」


 ティオは右手に鋭い痛みを感じて、思わず握っていたナイフを手放していた。それが床に落ちて音を立てるよりも早く、

「がっ?!」

腹に重い一撃が打ち込まれる。

 誰かに蹴られた? 吹き飛ばされ、流れる視界の中で、ティオは黒ずくめの女が足を振り抜いている姿を目にした。

(女……?!)

背中に衝撃。壁に叩きつけられたのだ。

 揺れる視界の中で、解放された王女に王子が駆け寄っていく姿が見えた。女に何かを叫んでいる。

(まほうを?)

ようやく読み取ったとき、再びの衝撃がティオを襲う。

「ティオ?!」

叫び声はメロアのものだ。

 突如始まった戦闘に、ライザに抱きかかえられているメロアは目を覚ました。成す術もなく一方的に蹂躙(じゅうりん)されているティオの姿を認め、悲鳴のような声を漏らす。

 そして廊下をかけてくる男の姿が。彼女の胸を刺した男だ。危険な……。

「お前っ!!」

全身が総毛立つ。戦えるはずもないのに、手を動かしているのは、ティオを救うためか。

 だが男はメロアになど目もくれずに、扉の開閉を操作する機械を動かし始める。開いていた扉が、今度は徐々に閉まっていく。

 退路を完璧に断つつもりなのだ。恐慌状態に陥りかけたメロアの耳元で、


「落ち着け」


 ライザがそう囁いた。この戦闘の中で、一人落ち着いている。

「扉が閉まる前に、あいつを抱いて外に出ろ。とにかく、空へ」

メロアは突然、敵だったはずの男にそう持ちかけられ、意味がわからないという顔をしている。

 だが、そうしているうちにもティオは女に痛めつけられていく。扉もどんどんと閉じていく。目の前の男を信じるか信じないか。逡巡(しゅんじゅん)する彼女に、ライザはある者の名を囁いた。

 メロアの瞳が見開かれる。そこには確かな希望が宿っていた。



 女はもう一度ティオを蹴ると、

「王女にかけた魔法を解け」

そう無表情のまま要求した。

「……」

解くもなにも。魔法なんてものは、はなからかけていない。

 王女に描いた紋はただのフェイク、ライザの協力があったからこそのハッタリだ。だが沈黙を拒否と受け取ったのか、女は執拗にティオを死なない程度に痛めつけていく。

(王もまどろっこしい。さっさと殺せばいいのに、痛めつけろ、だなんてな)

女が足を振り上げる。



「これを。お前の魔力なら十分使えるはずだろ?」

「何を……?」

ライザが懐から虹色に輝く石を取り出した。表面に何やら文字が刻まれている。

「これは?!」

「さっさと行け」

メロアは石を一目見た瞬間、それが何であるかを見抜いた。同時に、それを発動させる。

 石の表面にある紋をなぞり、魔力を指先に集めるイメージを展開。石から光がほとばしり……消えたとき、傷の癒えたメロアがそこに立っていた。

 両の翼も問題なく動く。メロアは躊躇せずに地面を蹴ると、倒れこんでいるティオを拾い上げ、扉から外へ飛び出した。

 外はまだ暗い。でも、街の明かりははっきりと見えていた。翼をはためかせる。ティオを抱えたメロアは高く夜空に舞い上がった。


  *


 今まさに足を振り下ろそうとしたところで。目の前に倒れていたローブ姿の少年を、忌々しい天使が攫っていく。

(あれほどの怪我をどうやって?)

今は考えている場合じゃない。

 クロスは思わず舌打ちをすると、閉まりかけている扉から外へ飛び出した。もちろん、逃げた彼らを追うためだ。

 後からグレイシャーも付いてくる。

「くそっ……」

彼はクロスの後を追って外に出たが、そう毒づいて足を止めた。後ろで扉が完全に閉じた音がする。

 クロスもまた足を止めた。天使の姿は既にない。何処とも知れない場所へ、空を超えて行ってしまった。

 失態だった。王の命に背いてしまった。だが、こうなってしまえば、もはや打つ手はない。

 諦めて振り返ったときだった。

「……!?」

ひどく懐かしい気配。同時に吐き気がするほど、気持ちが悪いそれ。


「キャアアアアアアッ!!」


 甲高い悲鳴が空気を叩く。それは城の中から聞こえてくる。もはや扉が開くのを待つほどの余裕はない。振り抜いた足で分厚い扉を蹴破って、クロスは中に駆け込んだ。

 粉砕された扉に一瞬目をやって、グレイシャーも後を追う。

 クロスはそいつの姿を目にした。王子にぐったりともたれかかっている王女。酷く顔色が悪い。彼らの目の前でそいつは笑っていた。

 短刀を閃かせて、ニタニタ、ニタニタと。醜悪で、不気味な黒い影を滴らせて。


「アルフレッド……」


 呆然と呟くグレイシャーの声がした。そうか、あいつの名は……。


「ネぇ、クロス……チャン?」


 影が動いた。

ありがとうございました(。-_-。)

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