02.賢者(?)
よろしくお願いします!
*改稿しました
王国アーフェン。太古から存在しているその国は、大陸一つを全て支配している大国だった。
かつて北に存在していたと言われる魔族たちの王国・ギル王国と争っていたという事実は、もはや伝説になりつつある。
長きに渡るギル王国との戦争は、神竜と呼ばれたドラゴン達の力で幕を下ろし、王国アーフェンには平穏が訪れていた。
トパーズ、ルビー、オパール、ラピスラズリ、エメラルド、アメジスト、そしてダイヤモンド。七つの宝石の名を冠する区がそこにはある。
それぞれは神竜の織り成した結界に守られ、安寧の歴史を刻み続けてきた。
偉大なる父・エディン・バールフが王国アーフェンを興し数千年。人々は変わらぬ日々を謳歌していた。
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ルビー区。三方を海や山に囲まれ、自然で溢れているその区の東。北方山脈の山裾には、大草原と呼ばれる場所がある。
大草原――正式な名は別にあるものの、その比類なき広大さにただそう呼ばれている草原。その一角に、
「フェイ――――!!!」
少年特有の幼さを残した声が突如として響き渡り、鳥や、草を食んでいた草食動物たちが驚いて逃げまどう。
叫んだ少年は肩を怒りに上下させ、視線を四方八方に向けている。黒い瞳が血走っていた。
年の頃は17ぐらいだろうか。まだ大人になりきれていない顔立ち。その顔を今は煮え立つような怒りが歪ませていた。
「なぁーにー?」
しかし、少年の怒号に遅れて返ってきたのはそんな気が抜けるような声。
遥か頭上から返ってきた声に、少年は睨みつけるような視線を頭上……木の上に向けた。
呼ばれた青年フェイは、そんな少年の怒りを知ってか知らずか……いや、明らかに知っているはずだというのに、枝の上でのんびりと本を読んでいた。
葉の緑に埋もれるようにして、僅かにフェイの薄緑の頭が覗いている。
その様子にますます怒りが募ったのか、少年は意を決したように深呼吸をすると、
「ふん!!」
と息を吐き出しながら、木を力一杯に蹴飛ばした。
それほど太くはない幹が揺さぶられ、葉や枝が大きく弧を描く。
当然、腰掛けていたフェイもただでは済まないはず、だったが。
「わわわっ!! なにするのさー、ティオ!」
驚いた顔をしながらも、躊躇いなく木から体を踊らせる。そのまま、青年は音を立てずに地面に降り立った。
「まったく。木がかわいそうだろー!」
振り落とされたにもかかわらず、汚れひとつない。
まるで子供のように拗ねた顔をしてみせる青年。少年ティオは思わず舌打ちをしてしまいそうになった。
今にも頭痛がしてきそうで、ティオは思わず頭に手をやった。いや、実際に頭痛がしている気がした。
「なにをそんなに怒ってるのさー。すぐに怒るのはティオの悪いクセだよー!」
いちいち間延びした声で、フェイはそんなことを言った。
得意げに人差し指を立てる姿に、額に青筋が浮くのが自分でもわかった。大きく息を吸いこむ。
限界だ……。
「誰のせいだっつーの――っ!!!」
再びの怒号。今度こそ、ここら一帯の動物たちが根こそぎ逃げ帰った。
残っているのは目を丸くしているフェイと、酸欠でよろめきかけたティオだけだった。
もはや大草原の日常となってしまったこの光景。
そもそもは、フェイが全ての仕事を放り出して、知らぬふりを決め込んでいたのが原因だった。
フェイは耳を塞ぐような仕草をしながら、ティオを軽く睨みつけている。けれどティオの言葉は止まらない。
「お前のせいで俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ――っ! 何回あいつらを追い払えば良いんだよ!!
なにが、『賢者殿は森の奥で精霊の御心を探っております』だ! 実際に精霊がいんのか? ぁあ?!」
もはや最後の方は完全に喧嘩腰だった。でも彼の言い分はもっともだ。
「賢者」。明らかに胡散臭いそれがフェイの仕事だった。見ればなるほど、彼は暑苦しいローブに身を包んでいる。いかにも、というような格好をしていた。
フェイは彼も思い出せないくらい前から、賢者と呼ばれていた。賢者を求めて、この草原には日々大勢の人々が詰めかける。
その当の本人はというと、賢者の自覚があるのか無いのか、毎日あの手この手を使って人々から逃げようとしていた。
そして例によって今日もティオは、今朝から姿が見えなかった。
ティオは逃げていたフェイに代わり国中から「賢者殿」を求めてやってくる者たちの相手をしていたのだ。
何人も何人も途切れることなくやってくる者を、賢者の弟子にふさわしい慇懃無礼な態度を保ちつつ、追い返す。
そんなストレスフルな作業を続けて昼を回った頃、客足が遠のいた隙に、ティオはフェイをようやく探しに来たのだった。
そんなことを怒号を交えて話し、ティオはうな垂れた。その背からは仄かに哀愁さえ漂っている。
さすがに悪いと思ったのか、フェイは申し訳なさそうな顔をしている。おずおずと口を開くと、
「えっと、ティオ……?」
「……なんだよ」
「精霊はいるよ!」
笑顔で言い切ったフェイに、ティオはもはや諦めたように地面にがっくりと膝をついた。
その姿を見て、“深緑の賢者”ことフェイは首をかしげたのだった。
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草原の中心に、どっしりと居座るようにして生えている大木。そこにはどんな病気もたちまちに治し、森羅万象に通じる知識を有する偉大な賢者が住まうという。
それはある意味正しくて、けれど致命的な部分を間違っている。
まず、フェイが特別な力を持っているのは事実だと思う。どこで習ったのかと思うほど膨大な知識を持っているのも、癪に触るけど正しい。
でもひとつだけ、絶対に認めたくないことがある。
“偉大”な賢者というのは、仕事をサボったり、家事を押し付けたり、部屋を散らかしたり……つまりナマケモノのような生活など、絶対に送らないはずだ!
――と、ティオは信じている。というか信じたい。
目の前で微かによだれを垂らしつつ昼寝している(一応)賢者を見る限り、それは到底信じられることではなかったが。
無言で拳を振りかぶるティオ。
彼が賢者の弟子(?)になって半年が過ぎ去ろうとしていた、ある日の昼下がりのことだった。
賢者の元を訪れたある一人の人物から全ては――ようやく動き出した。