09.迎撃
よろしくお願いします!
「さて、と」
「……こんなあっさり侵入できていいのか……?」
翼を折りたたんでいるメロアに、思わずティオは問いかけた。
現在地は王城のどこかの部屋のバルコニー。ティオは城の中を覗いてみようとするが、室内が暗いため何も見えない。
ここまでくれば、もはや入ったも同然だった。厳密に言えばまだ侵入したわけではないが、窓ガラス一枚はあまりに薄っぺらい。
「……問題はここからだな」
「王女の居場所か」
「そうだ」
王城には大小合わせて五つもの塔があった。渡り廊下でつなげられたそれは、一つ一つが恐ろしいほどに高く、巨大。
全てをまわるとすれば、一夜ではとうてい足りないだろう。
「王女の居場所の目星はあいにく全くない。
こうなったら手頃なやつに、お伺いをたてるしかないだろうな」
「……」
お伺いをたてる、ねえ。一体どんなふうに聞くつもりなのかティオには不安しかない。
もし通報でもされてしまったらそこでティオ達の運命は決まったも同然だった。王国未曾有の大犯罪。王城侵入の罪は重い。
それなのに、ティオがこうも冷静でいられるのは、メロアの気楽な態度と、純粋に王女が心配だという気持ちが強いからだった。
ほぼ半年間も眠り続けていたという王女。半年より前の記憶のない自分。どちらも世界に置いて行かれた存在なのではないか。
彼自身、はっきりと気づいているわけではないが、そんな感情がどこかにあった。
「王女を目覚めさせたのは本当にフェイなんだな?」
「こういうことはあいつにしかできない。状況的証拠はそう言っているな」
「わかった。さっさと確かめてここを出ようぜ。さすがに冷や汗が止まらねえ」
「ふん。臆病者め」
鼻で笑われたが、素直にガラスに手を当てるメロア。
一瞬、彼女がどうやって窓ガラスを開けるのか疑問に思う。魔法でも使うんだろうか?
ぼんやりと見ていることしかできないティオの目の前で。
「それじゃ、行くとするか」
威勢良く言ったメロアの拳が勢いよく振り下ろされ……窓ガラスは気づけば粉々になっていた。
メロアは腕を振り下ろした格好のまま、美しく円形に割れた窓を見ている。心なしか得意げだ。
ようやくティオは何が起こったかを把握する。
「めめめ、メロア?」
「なんだ? 痛くはないぞ?」
「いやいやいや! そうじゃなくて。今割ったよね?」
「ああ。割ったな。で? それがなんだ」
ティオは今すぐ頭を抱えて絶叫したい気分にかられた。
窓ガラスは無事割れたが、当然その音は盛大に響いた。これでは、おそらく城中から警備が……。
「そんなはずがないだろう? 来ても精々この階の見回りの兵ぐらいだろうな」
「なわけ……あれ?」
あるのかもしれない。
その証拠にいつまでたっても誰一人として近づいてくる気配がない。
「誰か一人ぐらいは寄越しそうなものだが……やはりお飾りの兵隊か」
その言い方はあんまりだが、結局五分ほど待っても誰もこなかった。メロアはもうバルコニーから部屋に入り、部屋内を物色している。
「おい、早く来い」
「……」
腹をくくる時だった。見張りの兵士はこない。事態は好都合に進んでいる。気持ち悪いほどに。
ティオは一つだけ深呼吸をすると、ようやく窓枠を乗り越え王城内へと侵入した。
「さて。王女がどこにいるのか、まずは聞きに行くとするか」
部屋の物色を終えたメロアは廊下を指ししめす。重厚な造りの入り口の扉に手をかけ、開け放つ。
「させると思うか」
声がした。静かで、そして冷たい声が。
瞬間、鼓膜が破けてしまいそうな轟音とともに、扉の左右の壁が砕け散る。
視界の隅で瞬いた閃光が一瞬で膨らみ、鋭い棘となって飛んでくる。全てが避ける間もないほど刹那に起こったことだった。
「……!?」
反射的に目を閉じる。途端、何かが覆い被さってくるような鈍い衝撃。
視界を塞いだ何かを、ティオは無我夢中で振りほどこうとして暴れるが、それはビクともしない。
「落ち着け!!」
緊張を含んだ声に、ようやくティオは覆いかぶさっているのがメロアだということに気がついた。
「厄介な奴に気づかれた……!」
毒づく彼女の顔に血の気が無い。抱きしめるようにしてティオに覆い被さっているメロアは、苦しげに肩を上下させていた。
彼女の服に滲む赤い色を見てティオは息を呑んだ。メロアは何かに脇腹を切られていた。
「メロアっ?! 怪我を」
「静かにしろ。名前を、呼ぶな……いいか? よく聞け」
「?!」
口を塞がれティオは頷いた。メロアは一度深呼吸をし、彼の耳に口を近づけた。
一言。
「逃げろ!」
叫んだメロアがティオを突き飛ばす。攻撃を仕掛けてきた敵がいるはずの方に向けて。敵は不意を突かれたのか動かない。
敵の真横を通り抜けて廊下に投げ出されたティオ。
「走れ!!」
ティオは、その言葉に背を押されるようにして走り出した。
逃げろという彼女の必死な言葉だけが、行くあてすらない彼の足を動かしていた。
*
(殺ったか?)
こういうことは初めてでは無い。たまにあるのだ。中途半端に才能と考えを持った輩が、こうして城に入り込んでくることは。
だからいつも通り迎え撃ち、何事も無いように処理するはずだった。それが命令だから。
出会い頭、氷の魔法で生み出した弾幕で決着はつくはずだった。いつもならば。
「逃げろ!」
意外なほど幼い女の声。まだ生きているのかという驚愕に、一瞬彼女の思考が止まる。
その一瞬のことだった。埃と瓦礫の向こうから、何かが飛んでくる。黒い塊……恐らくは人間。
切るか、刺すか、それとも……止まっていた思考が動き出した時にはもう遅かった。
飛ばされてきた人間――どうやら少年、の背が遠ざかろうとしていく。その背を反射的に追おうとしたクロスは、
「行かせない」
声と同時に飛んできた鉄の針を咄嗟に軍刀の柄で弾き飛ばす。埃で曇る視界に映ったのは、異形の姿。
「天使……?」
そんな言葉が零れ落ちた。巨大な部屋を、覆うほどの大翼。
その翼が所々折れ、血が滲んでいることから、おそらくそれで棘が防がれたのだろうと見当がついた。
「お前みたいなものにそう呼ばれるのは、吐き気がするくらい光栄だよ」
銀髪の少女は憎々しげに笑う。
両手に構えているのは歯が全て鉄の針になっている扇……鉄扇と呼ばれるものだ。
ちらりと振り返るが、少年の姿はもうそこにはなかった。ため息をついてしまいそうになる。これでは、後が面倒だ。
顔に出ていたのだろう少女の目に宿る光が鋭くなる。
「私が相手では不満か」
「……ひとつ聞くが、一体どうするつもりなんだ?」
昔から会話は得意では無いが、今のは我ながらひどいとクロスは密かに思った。
――自分を倒せたとしてどうするつもりなのか? この先にはもはや絶望しかないというのに。
本当はそう問いかけるつもりだったのだ。言葉が足りないにもほどがある。
ここまで生き残って見せた奴は彼女が初めてだったから、少し緊張していたのもあったのだろう。
「ふん。そんなの当たり前だ」
けれど彼女は言葉足らずの質問に答えて見せた。まさしく天使のような微笑みを浮かべ、
「目的を果たす。それが終わったら帰らせてもらうよ」
言い切ると同時に扇を一閃。数え切れないほどの鉄の刃が全てクロスに向けて飛んでくる。
それら全てを軍刀で弾き、クロスは向かってくる少女に呟いた。
「無理だよ」
「……?」
少女の表情が年相応のものになる。何が何だかわからない、というような困惑の表情。
その視線がゆっくりと下がっていく。自分の胸に。正しくは、そこから覗く軍刀の黒々とした刃に。
少女の小さな唇から、赤い霧が舞った。
「……っぁ……」
――信じられない。
そんな瞳をクロスに向け、少女は俯せに倒れこむ。その後ろに、軍刀の血振りを終え、鞘に収めたグレイシャーの姿があった。
描写が...下手...
ありがとうございました(。-_-。)




